29話 邂逅
ゼファーとアトラスのバトルが開始されるのと同じころ、ローシャ市駅前でも一つのバトルが発生した。サビ猫がラファエルの足元から離れ、駅前の池に小走りで向かっていく。喉でもかわいたのだろうか。それともおしっこするために土のある場所を目指したのか。そのどちらかはわからなかったし、今となっては知ることもできない。サビ猫が池のほとりに到着したそのとき、池の水が一気に沸き上がる。水の中に潜む危険な存在、出現したのは一匹の魔獣…ではないが、魔獣に匹敵する王国の災厄、大蛇と呼ばれ王国民から畏怖される蛇。全長6Mはあろうかというアナコンダという大蛇がサビ猫を捕食せんと襲い掛かかってきたのだ。しかしサビ猫もさすがの反射神経、すぐさまその場から飛び跳ね回避する。サビ猫はまるで猫の様に素早くアナコンダが入れない小さな隙間に隠れてしまった。そうなるとアナコンダの目的は別のエサを探すしかない。幸いこの駅前には身長170cm前後の大きな、力の弱い餌が何匹も蔓延っている。もちろん狙うは食べやすい餌だ。アナコンダから一番近く、そして無力な餌。そこにぺたんと座り込む130cmくらいの小さめのエサに、アナコンダはじりじりと近寄る。そのエサは恐怖のあまりママと叫ぶが、ママは不在のようだ。アナコンダ相手に闘える一般人などいない。一度締めあげられたらもはや人力でほどくことは不可能。駅前の一般人たちももうだめかと諦めている中、一人の赤毛の女性がアナコンダに立ちはだかる。
赤毛の女性を締め上げるべく襲い掛かるアナコンダ。大きな体でゆっくりした動きから想像できないくらいの瞬発力で、一気に距離を詰め仕掛けるが、その巨体を拘束する太めの金属線。赤毛の女性は、その両腕両足を変形させ数多の金属線でアナコンダを拘束したのだ。アナコンダの重量はゆうに100kgを超える巨体、そして怪力を誇る。が、そのパワーを持ってしても外れない。その線はアナコンダならば簡単に折ったり曲げたりできそうものなのに。もはや動けないアナコンダに、赤毛の女性は諭すように言葉をこぼす。
「アナコンダくん、ここは貴方が生きていける世界ではないの。森に帰りなさい」
「はい、すみませんでした。これからはネズミとかリオックを食べて生活していきます」
女性の不可思議な鉄の腕に恐れをなしたアナコンダは、すごすごと池の中へと帰っていく。
「大丈夫だった?」
「うわぁぁぁぁあぁん!」
少女は大声で鳴き声をあげる。周囲の民間人は、そしてラファエルは、女性の鉄椀に目を向ける。
「こっちです!行きますよ!」
ラファエルは女性の手をひっぱり人気の無い場所を目指し駆ける。鉄腕dash。こんな物を多くの人が注目しては、絶対よからぬ考えをもって近づく者が来るかもしれない。そう、ラファエルのように。
「ハァ…ハァ…ハァ…さすがに人前でアレはいろいろとまずいですよ…」
「それはわかってたけど…あの子が食べられるかもしれないと思ったら、ね。ありがとう、私茜って言います。君は?」
「俺はラファエルです。その義手、普通じゃないですよ。きっと悪い奴らが近づいてくるからこれから気を付けないと」
「そう…ですね。まいったな、病院に通院しづらくなっちゃう」
「よかったら俺があんまり人のいない道を案内しますよ、地元だし」
「へぇ~、君は悪い奴じゃないのかな?」
「えぇー、ひどいなぁ。悪い奴だったら串刺しにされそうだし良い子になるよ」
「アハハ、じゃあラファエルくん、お願いしてもいいかな」
「もちろん」
3日後の外来リハビリ受診の予定日。その日に二人は再会を約束した
「兄さん見たかい?あの女の腕…そして脚も」
「もちろん見ていたぞ、あの鉄腕は魔界でもわりと珍しい金属、スーパーチタニウム合金に違いない。…魔界との戦争に”役に立つ”やもしれんな…」
ビルの屋上から下界を見つめる二人の人影。ラフェエルの危惧するように、アカネは新たなハイエナを寄せ付ける…。
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それから半日が経過し、時刻は丑三つ時を刻む。トッシュは体がある程度回復したと判断し、委員会の巣の入り口である村長ン家の納屋へと到達した。納屋の入り口はギギィ…と音を立てる。静まり返った丑三つ時、その音は村の中へ響き、納屋の中にも反響する。この音はもし見張りがいたのならば間違いなくバレるし、たとえそうでなくとも寝入った者の目を覚ますには十分な音量だ。
「ま、大丈夫なんだけどね」
トッシュは八卦龍拳・風の技を応用し音が外に伝わらないように納屋の周囲に真空の帳を作り出す。そして地面を伝わる振動は八卦龍拳・地の技を応用し、振動に振動を当て相殺する。今は亡き地風将軍アーウィンは、トッシュの技として今も息づいているのだ。
「勝手に殺すなとか言われてそう。あと技の精度もしょっぼ!とか言われてそう。好きに吠えるがいいさ、お前はもうこの世界にはいないんだ、あーあー聞こえない聞こえない」
トッシュが納屋の中に入る。何もないがらんどうだが、地の技で地中を探ったトッシュには地下への階段が隠されていることはもはや承知。問題はどうやって開けるかだが…
「全く、そんなことだろうと思ったよ」
トッシュの背後から聞きなれた声。まぁ案の定バレていたということか。
「マユ姐さん、起きてたんか」
「起こされたんさね、まったく夜中に物音立ててねぇ」
物音は全く立てていなかったわけだが。きっと起きて警戒していたのだろう。なんとも面倒見の良い人だこととトッシュは感心する。
「ビィはいない…か。じゃあ行きますか」
「危なくなったらすぐ逃げるよ」
「あい」
足音を殺し、トッシュとマユは委員会への階段を下る。随分長い階段だ。5分ほどかかってようやく階段の終わりが見えた。そこにはエレベーターが設置されている。どうやら委員会への入り口はこのエレベーターが最初の関門のようだ。
「案の定動いてないねぇ。アタシの雷で動かすことはできるけども…」
「まぁエレベーターから出ることにはバレますよねぇ。ていうかあのエレベーターの手前まで行く時点でやばいでしょ、監視カメラとか絶対あるでしょ」
「ということはあのダクトから行くかい?」
おあつらえ向きに設置された換気用のダクトだ。人一人入るのに十分な広さ、怪しさ満点である。
「あれに入ったら罠あるでしょ間違いなく…さて、ここは霊脈にアクセスしやすいから、八卦龍拳でいくよ」
トッシュは壁に手を当てる。この委員会の口は村の地下に設置されている。ならば、地の技の出番だ。トッシュは地が移動にすっごい使える便利な技だともう知っている。その便利さは、大地に穴を開けて進む土遁潜行だって可能だ。
ズズ…と壁が揺らぐ。ゆっくりゆっくり、エレベーターのラインにそって穴を開ける。トッシュの得意技の気配探知と合わせることで適切な侵入経路を作り出し、酸欠にならないよう風の技で空気を送り込む。
(魔王軍に復帰したらニンジャ軍団長になれるんじゃね?俺)
そして大地の中を渡り、人気の無い場所に穴を開けて侵入成功。到着、ここが委員会。
「ここは…掃除用具の倉庫かい?」
「のようだね。さて出口にカギは…やっぱかかってるか」
「壁に穴を開けるのは目立つしカギやドアをぶっ壊すのも音が鳴るからねぇ。じゃあこうするかね」
八卦龍拳・雷の応用、その名も電磁力。電気の力で作り出す磁力により鍵の内部構造の金属を動かし、いともたやすく鍵が開く。地下への侵入もこれで楽勝だった、カギなどでもはや止められると思うなってな。
倉庫の外は寝静まった暗闇の世界。見張りも何の気配もない。トッシュの気配察知は眠っている相手は察知できないため、いないのか寝ているのかはわからないが念のため気配を極力殺して進む。もちろん明かりも無いため、生活魔術暗視の術を使い、目指すは唯一察知した異質な雰囲気を纏ったその気配が待つ場所。この委員会の巣の施設構造の最奥部に、それがいる。
(本当に先代魔王が蘇っているのか…?)
これまでで得た情報、委員会に潜む先代魔王グランガイザスの存在。母ジャスティスが嘘を言っているとは思えない。が、信じられないのも事実。人は自分で見たものしか信じることができない。まずはその存在を確認しなければ
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「ぐわああああ!」
その通りだった。委員会最奥部に待ち構えるその影の正体。まさしく魔王グランガイザスその人である。トッシュはグランガイザスと面識はなかったが、グランガイザスとの戦いに参加していた聖女サンことマユが、確かにそうだと言った。
「姐さんをどこにやった!?」
それからは一瞬だった。ほんの一瞬の間にマユがその場からいなくなった。そしてトッシュも、一瞬で殴られた。気配は察知した。殴りに来るのはわかっていた。だのに、躱せない。気付いたら殴られている。これが魔王の力なのか…。
「懐かしい気配故待っていたが…30年物のビンテージものの方ではないか…せっかく15年物のボジョレーヌーボーを取り寄せたというのにな」
ちなみに王国の禁戒山周辺の地域はボジョレー地区と呼ばれている。
「うおおおおお!」
トッシュは暗黒真拳最速の奥義、マッハの構えから繰り出すスーパー・ソニック・アタック!闘気を推進力に変え超速で相手に体当たり!たとえ躱されても遅れて生じるソニックブームで相手をズタズタにする危険な技だが…不発!
加速し始めたその瞬間を狙いすましたように魔王グランガイザスのパンチがトッシュの顔面にクリーンヒット!
「余は魔王グランガイザスなり。貴様如きが相手になるなどと自惚れぬことよ」