28話 魔窟、委員会が潜む山
「うわぁ…マジグロイなぁ…」
暗闇の中に散らばるウニヒトデの残骸、その中央に一人の少年が一瞬で降り立つ。その場にいたトッシュたちは既に去り、人間の存在は少年一人である。散乱する魔獣の破片、命の灯無き暗闇の中に彼が降り立った目的。それはこの暗闇の中に確かに存在する命の種を回収すること。トッシュがウニヒトデから搾り取られた子種を、彼は直接触れることなく回収する。他人の精子に触れるというのはゲイでもなかれば難しいが、空間を支配する彼ならば造作もない。ウニヒトデの口腔から胃の中へと飲み込まれたそれを、別の空間に移動させる。勇者の血を引く委員会最初の完成品、流星は、ジャスティスを取り逃がしたためこんな気持ち悪い業務に駆り出されていた。
「やれやれ、この種で何をするつもりなんだか」
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「うわあああああ!!!」
トッシュは大声と共に目を覚ます。時刻は午後二時といったところ。あの廃墟を捜索していたのが午前十時頃だったので随分眠っていたようだ。これは今夜寝つきが悪くなってしまうかもしれない。
なぜ眠っていたのか。思い出そうとするまでもなく脳裏に焼き付いているあの不快な感触。自分の体内に上から下から侵入するつぶつぶの感触。レイプは痛くて怖いということを身をもって体験してしまった。
「はぁ…で、ここはどこだ?」
「ここは王国の東南の隅にあるヴァルヴァラス村、東の密林の国シャンバラと南の砂と山の国サンダイル、二国との国境に近い片田舎ですよ」
「あぁビィか、助けてくれたこと素直にありがとうしとくよ」
「僕がいることに驚かないんですね」
「まぁついてきてるのは気付いてたからな。…何か目的があるんだろ?」
ビィは少し笑みを浮かべる。傍から見たら10代前半の少年が自然に見せる悪戯ぽい笑顔。それもそのはず、彼の心中はそれそのものの感情があるのだから。
「委員会の場所、知りたいんでしょう」
「!」
「だからついてきたんですよ」
「どこにあるんだ…?」
「それはひとまずマユ姐さんが戻ってからにしましょう。姐さんは今お薬を調達してるとこですから」
「薬?」
「ええ、虫下しの」
「あっ…そう…」
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それから10分程度でマユは戻ってきた。このクソ田舎なだけあって山には草が無駄に生えている。その中から薬草を調達し、虫下しの薬を作り出す。
「姐さんすげぇのな、薬まで作れるんか」
「いろいろあったからねぇ、それに魔術だけじゃ治療はできないのさ。もちろん医療だけでもダメだけどね。両方使ってこそよ」
「一応僕も薬学には覚えがありますが、僕は毒物の方が専門なのでね。参考になりますよ」
「そりゃどうも。ほら、飲みな」
マユから出された薬は青臭くて苦い。ウニヒトデに呑まされた体液はしょっぱかった…とまぁ関係ないのにいちいちあの記憶が呼び起こされて本当にしんどい。心的外傷後ストレス障害とはこういうものなのだろうか。
「さて、ビィ君。トッシュが起きたら教えてくれるんだろ、委員会の場所」
「えぇ。ところで姐さん、この村ってクソ田舎じゃないスか」
「まぁそうだねぇ」
はっきり言って山である。狭いまがりくねった道が山の中に一本だけ走り、、年季の入った小さい家がぽつぽつと点在し、手入れがされていない山林は枝がこれでもかと人の領域まで伸びている。限界集落の4歩手前といった様子のクソ田舎である。
「今僕らが泊まってる宿、人の往来がなさそうな田舎のわりに…やけに客室多いと思いません?」
「温泉あるからじゃないのかね?でも観光地になりそうなものは他にないねぇ」
「この村、シャンバラとサンダイル、二国との国境が近いんですよね」
「じゃ外国から客が来るってことか?」
観るもんが無いこんなとこに外国から客から来るとは思えないが。
「えぇ、シャンバラは密林が、サンダイルは砂漠と山で国境を遮っているから休むのにちょうどいいんですよね」
「観光客がかい?仮に観るものがあってもそんな悪路で来るかねぇ」
「客なら来ませんがね。取引先だから来ないといけないんですよ、仕事ですから」
「取引先?」
もったいぶった話し方をするビィの気持ちを察して二人は相槌を打つが、二人ともこの時点で完全にわかった。取引先とは、つまり。
「委員会のね。彼らは委員会から要求された物資を持ってくる際にここに泊まるわけです。ここまで言えばもうわかるでしょう?」
「ここまで言われなくてもわかってたけどな。つまり委員会はここにある…そういうことだろ」
「なるほどねぇ…行きたい場所ってのはそういう意味かい。アタシらを委員会に売るつもりなのかい?」
まぁそういうわけではないだろう、とは思っているが。一応念のためにマユは警戒する。本当に委員会に引き渡すつもりならもっといいタイミングがあるはずだが、万が一のために。
もちろんビィはそんなことを考えていない。逆だ。ビィは頭が良い。彼の知恵が訴えているのだ。このままレイやゼファーの言いなりになって良いのか、と。ファーストロットの四つ子に兄弟の縁など無い。彼らは各々が自らの企みのもとに動いているだけだろう。故にビィもまた、独自の行動を起こす。それが委員会の情報をトッシュたちに流すということ。その目的は一つ。自らの命を脅かす委員会の壊滅である。
(さて、さすがにカチコミには行かないでしょうがね。2日後にはフォーゲルがローシャ市にやってきますし)
「アタシも周りを散策したけどただの村にしか見えなかったけどねぇ?住民もそんな雰囲気なかったしどういうことだい?」
「そりゃ村人は知りませんからね。業者は生活用品も卸に来てるわけですから疑問にも思わないでしょうし」
「村人にも知られてないってことは秘密裏に建設されてるってことか?無理じゃね?」
「一部、協力者がいますので。村長とか。そして入り口は村長の家の裏にある納屋ですよ」
「よし、行くか」
立ち上がろうとするトッシュだが、バランスを崩し倒れてしまう。妙に体がだるい。これもあのウニヒトデの毒のせいなのだろうか。倒れ込むトッシュを抱き起すマユが彼を制止する。
「よしなよ、アンタはあの魔獣を爆散させるのに死ぬ寸前まで力を使ってるんだよ」
「へ?俺が?姐さんとビィが助けてくれたんじゃなくて?」
「どうやら覚えてないようで。体の自由が効かない貴方は生命エネルギーを直接放出してウニヒトデをやっつけたみたいなんですよ」
「おいおい生命エネルギーって、下手こいたら死ぬじゃねぇか…ていうか俺そんなことできねぇぞ…」
おそらくはギリギリの瀬戸際で発言した火事場の何とやら。それならばこの異様な気だるさも納得ができる。これじゃ調査は無理かもしれない。
「というわけだ、今回は一旦退散するしかないさね。二日後はローシャ市に敵もやってくるしねぇ」
「ですね。あ、僕がバラしたことゼファーには内緒にしててくださいよ」
「それはどうしようかしらねぇ」
マユは悪戯な笑みをビィに返す。今日は一晩ゆっくりして、明日帰ることにした。トッシュは今晩、動けるなら1人こっそり侵入してみるかな、と内心考えながら、ゆっくり休むことにする。
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今はお昼の14時。所要でローシャ駅前にやってきた僕はラファエルくん19歳。ちょっと前まである山賊の下っ端で働いていたけど、カチコミ喰らって山賊団は壊滅、僕は腕を折られながらも命からがらローシャ市まで逃げてきたんだ。こないだローシャ市に魔王の手下がやってきたとき、山賊の巣にカチコミかけてきたクソガキくんが手下と戦っているのを見てびっくり。なんとかバレないようにひっそり折れた腕の治療をしながら生活しているんだ。生活費は山賊の巣から逃げ出したときのドサクサで金目の物をパクってきたから贅沢しなければそれなりに生きていけるかな。あとは腕の治療費だけど、きれいに折れてたから手術の必要はなかったのでなんとか費用は抑えられたよ。
「ラファエル、最近噂で聞いたがすごい義手を付けてる女がいるらしくてな」
こやつは僕の腕の治療をしているお医者さん。もう40代なかばのわりとベテランな医者で、実は山賊団にも顔を出していた闇の産業医さんでもある。山賊団の社長が気に入った女の子の腕と脚を切断したのもこやつの仕業だ。どうやら性的に興奮するらしい。そんな性癖だからか義手義足の情報にすごい詳しく、彼が話すには最近ローシャ市に超性能の義手義足をつけた子がいるらしい。思い通りに動かせるその義手義足を量産できたら一財を築けるかもしれない。というわけで闇医者形態になった彼から汚い仕事を任されてやってきたは良いが…。
「あいつ、茜ちゃんじゃねえか…」
その義手義足の持ち主がよく出没する駅前を張りこむと、駅前でまったりしているサビ猫さんをもふっている女性の姿が。その顔には見覚えがあった。幾度か、自分の下で泣いていた、その顔。そして失ったはずの手足を自由に動かしている姿から、記憶の中のダルマ茜ちゃんと、目前の茜ちゃんが繋がらなかった。それほどまでに自然に腕が、脚が、生えているのだから。その腕は二の腕の真ん中までの長い手袋を纏っているためパッと見では気付かない。というより、よく見ても気付かないほどだ。これが義手だとは、もし知らない女性なら信じることができなかっただろう。ダルマ化した茜ちゃんが自分の記憶の中にあるからこそ、それが義手だと信用できるのだ。
「にゃー」
サビ猫さんがこっちに歩いて来ちゃったと同時に、茜ちゃんがこっちを見た。しもた、目を凝らして観察することに夢中だったから隠れられんかった。やばい、バレたか?
「あはは…ネコかわいいッスよね…」
他人のフリ他人のフリ、茜ちゃんを抱いた男はいっぱいいるし下っ端だった僕は抱く機会少なかったし覚えてないハズ絶対そうだって。その祈りは届いたのかどうかはわからないが、茜ちゃんの応答で窮地を脱することができたのがわかった。
「えぇ、かわいいですよね。病院の帰りによく会うんですよこの子」
腕ばかり見ていたから気付かなかったが、彼女のお腹もやや大きくなっていることがわかった。すぐに目を逸らす。なぜだろう、山にいたときは全く感じなかったのに、心がすこしズキンと痛む。逸らした目線の先は彼女の腕だ。普通なら火傷を隠しているんだろうなと思うようなその手袋。彼女もその目線に慣れているのだろう。すぐにこう言った。
「この腕ですよね、気になりますよねやっぱり」
「あ、いや…」
うっすらと涙で潤んでいるように見えるその瞳。山の中では彼女の涙を見て、逆に嗜虐的な興奮を覚えたというのに。やはりあの山賊の一味たちが作り出す異様な雰囲気に飲み込まれてしまったんだろう。あの環境のせいだ、俺が悪いわけではない。先ほどから感じる心の痛み、俺は普通の人間なんだ。
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時は午後14時。午前一杯しっかり休憩を取り、昼食で休憩を取り午後から探索を開始したジャスティスの案内でゼファーは三騎士がキャンプしている地点までやってきた。滝が生み出すマイナスイオンが心地よい、空気の綺麗な山奥の秘境。川でのんびり泳ぐお魚さん、山奥に響く小鳥さんの囀り、石の下でもぞもぞ蠢くムカデさん。自然豊かなこの空間は正に天然のプラズマクラスター。この素晴らしい世界に、彼らはいた。
「ほう、アレックスを倒したのか」
なんかかっこつけてる魔族がゼファーにかっこつけて言っている。
「そういうことだ、次はお前たちだからな」
「ケッ!オスガキとメスガキのたった二匹で俺たちとバトろうとはふてぇ奴らだ!」
わかりやすい脳みそが筋肉でできてそうな亜人が、筋肉的台詞で返してくる。
「ちょっと待って。戦うのはゼf…アルお兄ちゃんだけよ。私は見てるだけだからね」
わざとらしくお兄ちゃんと呼ぶジャスティスが実にいやらしい。自分はあくまでお兄ちゃんに守られてるか弱い妹です、ってか。どうやら本気でこの俺一人にやらせる気かよとゼファーはあきれる。
「ブフォオ!聞きましたかピクシー氏、あのお子さまお一人で拙者とやるござるようでしてよ!」
「バカにしないでよね!お兄ちゃんはローシャ市にやってきた竜将フォーゲルに重症を負わせた必殺技ゼファーソードと山をも吹っ飛ばすゼファーガンがあるんだからね!ゼファーソードは輝く手から伸びる生命エネルギーの刃で、ゼファーガンは両手に構えた二刀を銃身に生命エネルギーをそのまま撃ちだす禁断の超奥義!乱発はできないけど、まさに必殺の技なんだから!」
まじかよこいつ俺の切り札を丁寧な説明台詞で平然とバラしやがった、とゼファーはうんざりする。どうやら本気でゼファーソードとゼファーガンを使わせないつもりらしい。これじゃ警戒されて不意打ちもできやしねぇ。
「へぇ、面白いな。アトラス、どうする?」
「子供一匹に二人がかりは恥!エントリーはこのアトラス様ソロだぜ!ピクシー氏はすっこんでな!」
「りょーかい」