27話 触手!純潔を散らす性の魔獣①
これで勝負が決まるはずだったサガの殺人パンチ、しかしその殺人パンチは今にも死にそうだった英雄を捉えることができず空を切る。別に死にそうで倒れてたまたま外れたというわけではない。とても大げさに距離を取って回避した英雄の、その先ほどまでと一変した空気に戸惑う
「むむむ、奴のふいんきが変わった!」
魔神指令サガは英雄の全身のダメージが回復していることに気付く。そして先ほどまで全く感じられなかった強大な魔力。はっきり言おう、この魔力、魔王イクスをも超えている!
「なんという魔力!イクス様の魔力はおよそ1800万パワーだというのに!こやつのこれは正に桁違いだ!」
「そうか、魔王イクスってのはそんなに強いのか…」
嫌な奴!サガはそう思った。そのイクスの魔力の20倍以上は感じられるパワーを持っていながらのその言い方が。しかし英雄はいやがらせでそう言ったわけではない。イクスの魔力は貯金の金額によるものなので、使った魔術の金額分引き落としされて利子以外ではもはや増えることはなく、それに消費量も現代社会で同じ現象を起こした場合に必要になる金額となるため、場合によっては多く失われてしまう。
もちろん場合によりけりだ。単純な現象なら少ない金額で起こすことができるし、現代社会で不可能な事象、空間や時間に干渉する魔術はまず使えない。が、十分だ。殺傷能力に限れば…少額で殺人することは十分可能である。例えば。
「ぬ!」
サガの嗅覚が嫌な臭いを察知する。その瞬間!ボン!と爆発音と同時に炎に飲み込まれるサガ。
(可燃性のガスと静電気により起こす爆発…金額はスプレー1本分数百円だ」
英雄の起こした爆発魔術によりサガは燃え盛る。これで決着となれば楽なのだが、そう英雄は願うが相手はただの魔族ではない。そう簡単にはことが運ばない。
「うおおおお!」
サガがローブを脱ぎ、プロテインで鍛え上げた大胸筋が露出される。男のくせになんという巨乳、そう言いってしまいそうば分厚い胸板は、すこし焦げた程度でダメージはほとんどない。おそらくあのローブのみしか燃やせなかったということか。
「かあああ!」
咆哮をあげ突っ込んでくるサガ。魔法が使えない彼はただただ前に行くしかない。英雄はこの世界では割と優れた方である身体能力から全力で回避する。武術の達人でもなんでもない彼はギリギリ紙一重の回避やその後のカウンターもできない。大げさに逃げ回るしかない。
(そんなに動き回れば体力を失い動けなくなるだけだ!そうなったら頂くのみよ!)
サガは英雄の大げさな回避を見越して、最小限の体力消費で攻撃を繰り出す。力が程よく抜けているため当たっても致命的とは言えないが、それでも大ダメージは間違いなく、英雄はやはりばたばたと逃げ回るしかない。
そしてしばらく時間が経過し、ついに膝を地面に付いた!
「ハァ!ハァ!バカな!なぜそれほどまでに動ける!」
サガはとうとう英雄について行けず足が止まってしまった。この英雄という男が持つ無尽蔵の体力はどういう原理か。肺が4つあるとでもいうのか!
(…体力が尽きそうになる度にホテルで一泊して休養を取った分の回復効果、これを5回も使わせてくれた…出費は一泊4000円分の5回分か…ちょっと高いな)
傷を癒す効果を一瞬で出すならば、体力を回復する効果も一瞬で出せるだろう。病院に入院したと同じようにホテルで宿泊したときの回復効果を引き出したのだ。休養するならホテルではなく実家で良いのでは?と思うかもしれないが、実家はみんなのお父さんやお義父さんが30年以上のローンで買っているわけで、つまりウン千万円するわけである。時が経ち父の背中が小さく感じてきたかもしれないが、それでも勝てないなぁ、と思わざるを得ない。
(さて足が止まったのなら改めて。爆発で吹っ飛べ!)
サガの鼻に先ほどと同じ悪臭が届く。次に爆発が起きたらローブも無い以上ただでは済まない!敗北だろうが何だろうが命あっての物種。魔神テレポーターを起動、その場から退散する。念のため徒歩で来てて助かった。早く往復できるテレポータが出来ればいいのになぁと起動する0.3秒の間に思考し、王城へと帰還した。
ボン!とスプレー缶一本分の爆発は大規模であり、まともに受けたら魔神と言えども死は免れない。しかしそれは直撃したらのこと。テレポーターでその場から消えたサガは爆発を受けることが無いので当然ダメージも皆無である。
「逃げたか…」
サガの敗走と同時に、周囲にいたはずの親衛隊たちも散り散りになって帰還した。いかに好かない上司と言えども、強さは本物。その上司が勝てない相手に戦いを挑むほど愚かではないということか。
「本格的に戦が始まるな…」
英雄はついに始まった魔王軍との戦いに身が震える。しかし今、そこにいるがため、英雄は戦うしかない。すべては生きてお家に帰るために。帰ったら久しぶりに実家にも顔を出そうと、思い出にふけるのだった。
・
・
・
「廃墟、ぽいね」
トッシュはマユの記憶にあるかつての委員会の建物を捜索する。中はがらんどうであり、もう長年人が使った形跡は見られない。ネズミがうろちょろしていて粘着シートを仕掛けたい気分だ。
「まぁ、アタシが逃げたから巣を変えたんだろうさね。アタシが委員会を吹いて回ったり傭兵雇ってカチコミでもするかもしれないしね」
「なんでしなかったんだ?」
「簡単に言ってくれるね。怖かったんだよ。殺されるかも、ってね。…レイプってのはね、痛いし怖いのさ」
「…」
冷静に考えたら、性暴力の被害にあった女性に対してその場所を案内してというのはあまりにもアレすぎたかもしれない。まだ10代のトッシュはそこのところあまり気が利かない子供である。
「そんな顔しなさんな。アタシは感謝してるよ。アンタがあの男を埋めてくれてね、すっきりしたのさ。だから何でも手伝うさね」
「そう言ってくれると…下!?クソ!」
会話の途中、トッシュは地下から突如昇って来る気配を察知する。今まで動きが感じられなかったということは潜伏か眠っていたか、空間転移してきたか。その存在感は巨大、人間のソレではない。魔獣。人に害を振りまく魔界の獣。魔族にとってもそれは天敵である。人類がヒグマを駆除するように、魔族も魔獣を駆除してきた。クロホーンの軍団の魔獣はあくまで躾された存在というわけである。
その迫る魔獣からマユを逃がすべくトッシュが飛び上がり、マユをドロップキック!蹴るというよりは押すように。マユはバランスを崩しその場から離れたその時、床を割り触手がマユのさっきまでいた場所に生えてくる。そしてその場には今、トッシュがいた。
「うおおおおおおお!!!!」
触手がトッシュの四肢を縛り上げる!ロクな抵抗もできないまま、トッシュはそのまま床下へと引きずり込まれた。
「トッシュ!クソ、何だいアイツは!?」
「アレは魔獣ウニヒトデ…。神経を麻痺させる毒と、人体に外傷を与えることなく靴下以外の衣服を溶かす体液を分泌する、大昔に王国を襲った伝説の魔獣ですよ」
背後からマユの疑問に答える声。マユは振り返り、その存在を確認する。
「お前は…」