2話 展開!スクラムクレイモア!
ラムザ砦と不死の軍団本陣を挟んだちょうど中央の地点、不自然に広がったその空間に、4人の騎士が集う。一人は王国騎士団長ジョニー。メタルソルジャージョニーと呼ばれる騎士である。見るからに防御力が高そうだ。もう一人は騎士団長ジョニーの小姓ラン。女の子のようなかわいい顔をした少年騎士見習いは、女はまだ知らないピュアボーイ。
その二人に応対するのは魔人騎士トッシュ。サーフボードのような巨大な大剣を抱える人間の騎士。そしてその傍らには青い肌のいかにも魔族な男。トッシュの副官ギャミである。
「よくぞ来た騎士団長よ。察しは付いていると思うが俺の目的は貴様だけだ。貴様さえいなければあとはザコのみ。じっくりコトコト嬲るのみよ」
「そう上手くいくかな裏切りの騎士よ。貴様さえいなければ貴様の軍など野犬の群れにも劣る知恵無きザコどもぞ!」
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2時間前、騎士団長ジョニーは自らが予測したトッシュの狙いを参謀長に伝える。本当に長期間の持久戦を挑むのならば王城に引き込もるべきであるが、あえて打って出てきたのには理由があるはずだ、と。その目的は王国騎士団の出鼻を挫いて士気を落とすこともあるだろうが、何よりも指導者のみを潰すことにある。まず王国に電撃戦を仕掛け中枢を潰したも、そして騎士団長との一騎打ちを挑むのも。トップを潰せば軍は瓦解するだろう、と。しかし人間は魔族のようにトップダウンの指揮系統ではない。各部門の指導者がいて、それらが纏まって全体の方針が決まる。それが国という得体の知れない巨大な集団なのだ。対して魔族は基本的に単独や少数の団体で暮らす。単体での強さ故にまとまりが悪いのが魔族である。
「奴が本当に勇者ジャスティスの子というなら、人間に迫害され幼少より魔界で過ごしたというのが事実ならば、人間であっても人間世界の常識を知らずに魔族社会の物差しで判断しているとこになる。そこに付け入るスキが出来るというもの。勝てぬとも相打ちに持ち込み魔王軍の戦線を崩し、出張で戦火を免れた王子を旗印に反撃に移るのだ…!」
トッシュが勇者の子という事実を知る者は現在のところ騎士団長と参謀長のみである。人間が魔族を率いているというだけでも衝撃なのだ、それが勇者の子となれば民に奔る衝撃は計り知れない。故にこの事実を知る者がいない今のうちに、トッシュを討たねばならない。一騎打ちは実に都合が良い。余計なことを言われる前に処することができるのだ。これほどの好機はもう無いだろう。騎士団長ジョニーは一騎打ちを決断した。そして相打ちにさえ持ち込めばジョニーの勝ちである。勇者の子の裏切りを闇に葬り、死者の軍を瓦解させることができるのだ。もはや生きては帰ろうとは思わない。仮にトッシュを討てたとしても生きて帰れないだろう。それでもジョニーは往く。騎士となったときからこの剣この命は、王国のためにあるのだ。覚悟はもう昔から完了している。
「これは俺でなければ務まらない。参謀長、そして騎士たちよ。後は頼んだぞ!」
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「魔人よ!我が剣のサビにしてくれる!」
ジョニーが構える。全身を鎧に包むまさにフルメタルファイターの鉄壁の防御は斬り崩すことは容易ではないだろう。トッシュのスクラムクレイモアがいかに魔王軍屈指の剣と言えども、だ。…あくまでも斬るならば。
「堅そうだな、騎士団長。しかし動きが鈍い。残念だがこのスクラムクレイモアは斬る剣ではなくてな。超大な質量で押し砕く鈍器ソードなのだ!ぬあああああああ!」
トッシュの鈍重な一撃が地を割る!そこにジョニーの姿は無かった!
「なに!?」
ジョニーはトッシュの右側面に回り込む。トッシュは右手で剣を振ったため背中が右を向いている。ジョニーの動きを追うが体が追いつかない。自らの肩越しに見るジョニーは、細剣を向けてすでに踏み込んでいた。
(取った!)
(ちぃ!)
トッシュはすかさずスクラムクレイモアから手を離し飛びのく。トッシュを追ってジョニーの剣がヒュンと音を立て迫る。回避に精一杯で反撃に移れないトッシュ。これぞジョニーの奇策。メタルソルジャーなどと呼ばれたことも無い二つ名を名乗り、見るからに重そうな全身鎧で身を包み、いかにも鈍重な騎士と言うイメージを押し付けた。ジョニーが纏うこの鎧、実際軽いのだ。これは1mmの薄いプラスチックを加工して作った鎧であり、塗装により金属のような重厚感を表現した一品である。音でバレないように動きを最小限にすることも逆に身重さを表現することに繋がった。
「なめるなぁ!」
「なにィ!?」
トッシュは右の掌を細剣に貫かせる!そのまま細剣を握るジョニーの右手を掴み、上へ持ち上げる。ジョニーは自らの右手で視界が塞がれた。その一瞬にトッシュの前蹴りがジョニーの体重がかかる右ヒザへ炸裂する。ゴッ!と嫌な音を立てジョニーは地に伏せた。体勢が悪いため膝を砕くほどの威力はないがそれでも無傷ではあるまい。
「ぐはぁ!」
ジョニーの右手の力が抜けた瞬間、細剣を引き抜き投げ捨てる。その動きにつられてジョニーの視線が膝から正面へと移動する。ジョニーの目が見えた瞬間、トッシュは右手から流れる血をジョニーの目に振りやる。ジョニーの世界が鮮血に染まった。
「ぬっ!目つぶしか!」
「さぁマウントポジションだ!」
そのままジョニーを押し倒しまたがるトッシュ。ランはいつも自分にのしかかるジョニーが、いつもとは逆に男にのしかかられる姿にすこし溜飲が下がった。
「うおおおおおお!!!」
トッシュは拳をジョニーに繰り出す!プラスチックの鎧はあっという間にバキバキと壊れる。防御のための鎧ではないのだから当然である。ジョニーはガードをしながら隙を伺う。ガードでプラスチックの手甲が砕け、袖が露出した。ガードを継続しながら露出した袖を目にあて血のりを拭い、視界を少し取り戻したジョニーは反撃の拳をトッシュに向け繰り出す。当然マウンドポジションの下であるから腰が入らず大した威力は無い。しかしそれでいい。ジョニーはこの右のパンチにトッシュの意識が向いた瞬間、左手で砂を掴みトッシュの目に向け、投げた!目つぶしだ!
「ぐお!」
反射的にのけぞるトッシュ。結果、ジョニーを押し付ける体重が減少。その瞬間ジョニーが腰を浮かせそのまま寝返る!ランを毎晩泣かせるこの強靭な腰で!トッシュを!弾き飛ばした!
マウントを返されたトッシュはすかさず距離を取り目を擦る。ジョニーも追撃したいところだが視界は不十分のためまず目を拭う。そして視界を取り戻す二人は状況を確認する。武器は双方とも離れた地点に落ちている。相手に背を向け得物を取りに行くか、そのまま素手の闘いに前進するか。
(動けん…!奴はどう動く…!?剣を取るか前に進むか…おそらくは…)
動けないジョニー、一方トッシュはどう動くのか。
「…アンタ、迷ってるな?」
「む?」
「体術ではだいたい互角、武器の勝負なら鈍重な俺より速力に勝るアンタが有利…。かと言って背中を晒して剣を取りに行くことはリスクが高い…。さて、どうしようか?そんなところだろう」
「私が剣を取りに行くなら…貴様はどうする?剣をとるか?拳で戦うか?」
「…男なら黙って行動で示すのみよ!」
トッシュが前進する!剣なら不利の勝負と自覚しているならば、こう動くのは必然である!そして!これをジョニーは待っていた。狙いはカウンターでの迎撃!トッシュの動きを止めてから剣を取る!
(好機!)
トッシュの掴みをさばき、ジョニーのカウンターパンチが炸裂!ガァン!甲高い金属音が鳴り響く!
「グッ…!」
ジョニーの拳が捉えたのはトッシュのやーらかい肉ではなく硬度9を誇る魔界の金属でできた巨大な盾は、よくよく見えるとそれは盾ではないことがわかった。まるでサーフボードのようなその物体こそ、そう!スクラムクレイモア!
「何故剣が!?」
まるでトッシュを守るかの如く、否!守っているのだ、この剣はどういうわけかトッシュの目の前の地面に刺さりジョニーの拳を遮った!
「俺の答えは両方よ!武器を手に、前進!行くぞぉおおおあ!展開!!」
(結局言うのね)
冷ややかな視線を送るギャミをよそにスクラムクレイモアがトッシュの意思に応え分解する!そう、この剣は持ち主に応える意志ある剣。トッシュに応え目前に降り立ち、そしてトッシュの声で剣は展開!ばらけたパーツがトッシュの脚に、腰に、腕に、肩に、胸に、頭部に装着される!最後に刀身が二つに分かれ両肩からぶら下がる。これがスクラムクレイモア最大のギミック!その名『ブリガンディフォーム』!
「おああああああ!」
そのままトッシュはジョニーの腕を掴み…投げた!そしてもう一度!今度は横に振り回して…ぶん投げたァ!
「ぐわああああ!」
投げ飛ばされたジョニーは自らの不利を悟るしかない。武器を持たない自分と、切り札を展開したトッシュ。この状況で相打ちに持ち込むにはどうすればよいか。
(打つ手なしか…無念…!)
ジョニーはランへ目を向ける。まるで女の子のような愛らしい少年の顔を。2時間前、決戦に臨むジョニーは最後にランと床を共にした。腕のなかで震えるランは、たまらなく愛おしかった。この愛がジョニーに勇気を与えてくれる。
(だめだ諦めるな…!ランに情けない姿は見せられぬ!最後の最後まで!かっこいいジョニーでなけれなならない!)
ググ…とジョニーは最後の気力を振り絞り立ち上がる。体力はまだ十分残っているが、フルアーマー状態のトッシュに対し無手のジョニー。その差は歴然である。生半可な打撃ではあの鎧を砕くことはできず、かといって背を晒してまで剣を取りに行くことの危険を冒すわけにはいかない。残る手段は関節技くらいだろうが…トッシュの鎧はいたるところにトゲトゲや刃が生えており寝技に持ち込むことは困難だ。そう困難なのだ…無理ではない!
(腕の3本4本くれてやる!代金はその首だ!)
ジョニーは寝技に持ち込むべく前進!その直後、ジョニーの目前に金属の鎧も突っ込んできた。その金属の拳がジョニーの顔面に迫る。ジョニーは躱さない。あえて真っ向から受け、技後の硬直を狙って寝技に持ち込みすかさず首を折る!全身がズタズタにされようとも関係ない!
「いけない!逃げて!」
ランの声も届かない。ジョニーの集中力はもはや正面にしか向いていない。ゴッ…!ジョニーは顔面に拳を受け、確信した。自らの…敗北を!
(この拳は…空洞!?まさか!)
金属の鎧の背後、ジョニーの死角に潜むのはトッシュ。鎧を纏わぬ私服姿。何という早着替えか。横から見ていたランは気付いていた。トッシュ自身はその場に留まっていることに。スクラムクレイモアはトッシュに応える意思ある剣。トッシュに応え中身のない状態で走ることもできるのだ。ブリガンディフォームはトッシュの切り札であり、そしてその切り札をあえて脱ぎ捨てるトッシュの的確で冷静な判断力の前に、ジョニーは敗北し…いや、この男は諦めない!
「うおおおおおお!」
そのまま空の鎧を押し出しトッシュに押し当てまとめて押し倒し、強引に寝技に持ち込む!が…ダメだった。気付いた時には大剣の姿に戻っていたスクラムクレイモアがジョニーの腹部を貫いていた。ブリガンディフォームの小さめの刃なら致命傷ではないだろうが、ソードフォームはサフボードのように大きなまさに鉄塊である。腹部を貫いたというよりも腹部をざっくり斬り裂かれたという方が正しい。
「む…無念だ…」
騎士団長ジョニーの敗北。その姿を遠めに見ていた砦の騎士たちは撤退するしかない。たとえ仇を討とうと前に出ても、トッシュの背後にはアンデッドの軍団が控えている。トッシュが後方に逃げれば結局追いつけずそのままアンデッドに袋にされるだけなのだ。戦いが終わり、見物していたギャミはランの首根っこを掴みながらトッシュに声をかけてきた。
「剣と鎧。二つの姿を自在に操る魔界の名剣スクラムクレイモア。まるで相反する二面性を持つ誰かさんみたいでお似合いの武器だねぇ」
「二面性?俺にはそんなもんねぇぞ。俺は人類の敵、それだけだ。さぁ砦を制圧するぞ」