97話 悪意③
ポツ、ポツ、と水滴が落ちてきた。水滴の量はすぐに増え、雨となりトッシュたちを濡らす。地面に流れる赤い血を、洗い流す。
「声もない。成仏した?こんな歳で死んでなんの未練もない?」
子供の亡骸を調べるトッシュ。無惨な死に方をしたものはほぼ間違いなく成仏できず魂が残る。まりやが3年そうだったように。しかしこの子供の魂の存在は全く感じられなかった。
「トシさん…」
「わかってる。彼から情報は得られない。急いでさっちゃんを追おう」
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「いやー君ぃ、背けっこうあるねぇ。170cmはあるんでない」
さっちゃんの隣に座る男が話しかけてくる。その手はぐにぐに、と乱暴な手つきで、さっちゃんの胸部をいじりまわす。
「胸はないねー。身長に持ってかれたんだなーかわいそ」
さっちゃんのパワーなら、こんな与太者秒殺できる。しかし、それはあくまで対等な条件の上で、だ。
最初は与太者3人。この程度の数なら問題なく勝てる。増援が3人。これも問題ない。しかし、増援は1人だった。その1人が引き連れてきた二人、小さい子供だった。
「この子供がどうなってもいいのかな?抵抗はやめとけ」
追い与太者は天啓的なセリフを吐く。さっちゃんにとって、こんな小さな子に危害が加えられるのはとても嫌なことだ。隙を見て救い出す、そのために思慮を巡らせていたところだった。
「なーんかよからぬことをかんがえてるな?そんな目したらこうだよ」
容赦なく、1人の子供の胸に突き立てらえるドス。小さく呻き、すぐに子供は息絶えた。目の前で、小さな子供の命が、あっさりと、花を摘むように奪われた。
さっちゃんはその場に座り込む。声が出ない。力が入らない。さっちゃんは、抵抗する気力をなくしてしまった。故に、今も自分の身体を蹂躙されていても、意識が向かない。
「おいお前、いい加減にしとけよ。一番最初はサトーさんのモンだからな」
「わかってるってよ。でも少し触るくらいは問題ないだろ、こんくらいは許してくれよ」
「チッ、バレたら殺されるぞ」
最初。男たちの会話で出てきた順番。さっちゃんは自分の運命を悟ったが、それでも心は折れたままだった。
男たちの乗る車は港町の倉庫に到着した。男たちはさっちゃんを倉庫の中にエスコートする。荷物も積まれているが、それは手前までで、奥の方へ向かうと不自然に開けたスペースがある。中央にはベッドだ。
「サトーさん遅いなぁ」
「とりあえず縛っとくか」
「靴下は当然脱がすからな。当然だよなぁ」
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ザアアアアと雨が降っている。雨音に紛れて、トッシュたちもまた倉庫の前に到着した。
「ここだ」
「正面から入るとバレますよねぇ」
「うーん。あのさっちゃんを捕らえる連中だしなぁ、何があるかはわからないし、正面から行くのはやめとこ。…あっこから行くか」
トッシュが指さしたのは、横の方にある窓だ。
「あっこからこそこそ行くけど、まりやは今スケルトン状態でさっちゃんに見られたら困るから隠れといて」
「じゃああの棚の影にいますね」
「りょ。んじゃ侵入は任せとき」
八卦龍拳。大気や大地に流れる霊気を操り、様々な現象を発生させる秘術。トッシュが選んだのは…
「大地が生み出す力の顕現、物質を操る【地】!」
「音、振動、空気、全てを伝える力【風】!」
「森羅万象に満ちる、命の源、根源【雷】!」
キメ台詞と共に、使う八卦を選択したトッシュはすぐさま侵入に取り掛かる。まず地の力、これで鉱物を操る。すなわち窓のカギを動かして…開けつつ!同時に風の力、これで鍵の周囲の空気を遮断し鍵を開けた音が響かないようにする!
カチ
小さな音を鳴らしつつ、鍵が開いた。この音はとても小さい。大気を操る風の力だ、鍵の周囲を真空に保つこのなど容易い。窓をカラカラと開ける音だってあっちまで届かない。
「よし潜入成功。さっちゃんはそこに隠れといて。なんかあったら呼ぶから」
「りょ!」
さっちゃん救出のため、トッシュのこそこそ作戦スタート。