97話 悪意②
ガシャーン
窓ガラスを割って飛び出すトッシュ、そしてまりやが続く。まりやはまだ骨がスケスケのスケルトンモードではあるが、形状を整えるのに時間がかかるためすっぴんのまま急いで出立となった。スケスケとはいえお洋服は残っているので完全にすっぽんぽんではないが。
先頭を走るトッシュは、さっちゃんが攫われたポイントまで向かう。というのも、その場に一人さっちゃんが倒したと思われる死体が転がっている。今攫われたさっちゃんがどこに移動しているか、トッシュの気配察知でわかっているのでまずこの死体、というかその魂をひっ捕らえて情報を吐かせる腹積もりである。いつの世も情報は武器である。
「!?」
瞬間、トッシュは尋常ならざる殺気を探知する。気付いた時にはすでに目の前だ。全身黒いコーディネートをしたその男、手には長いドスがある。交差するその一瞬、上下黒い服の奴の抜刀がトッシュに迫る。
(手練れ!)
トッシュは敵の強さを理解する。その抜き打ち、神速。
ガキン、と甲高い音。トッシュはギリギリのところでその刃を叩き落すことができた。地面のアスファルトを叩いた刀身にはなまくらならダメージが入るだろうが、この剣椀ならばそんなことはないだろう。きっとブランドものの名刀に違いない。
そのまますれ違い、トッシュたちは手練れを背に向け走る。トッシュのあとにすれ違ったスケルトンにキぎょっとした黒い服の男は、来ている服とは趣の違う派手なカラーリングのスニーカーの靴底に入ってるエアで衝撃を殺しつつ反転、自らに背を向ける二人を追おうとするが、すでに距離は離されており、そこで彼は諦めた。
「来るなら、あそこだろうし」
男は仲間のいる場所に向かうことにした。
「痛いぃ…ちくしょう次あったら承知しねぇぞあのヤキソバめ」
フードから覗く顔は、その右半分がチリチリとした長い髪で覆われていたのでトッシュは彼を便宜上ヤキソバと呼称することにした。そのヤキソバの太刀は、トッシュの太腿をザックリと抉っていたのだ。ついさっき銃弾で貫かれた体を治したばかりで、ある程度気のチャージができないことには次の回復はできない。しばらくは我慢するしかない。
「トシさん…あれ…」
「なに?…ッ!?」
傷を見ながら走っていたので先に気付いたのはまりやだった。今二人が辿り着いたのはさっちゃんが攫われた場所。さっちゃんが、自分を囲むゴロツキの一匹を討伐した場所。
…そう思っていた。
「ひどい…なんで…」
「どういうことだよ…」
その場に横たわっている亡骸。トッシュは幼いことから魔王軍の強大な闘気を肌に感じながら生活していた。自らの闘気も、鍛えることで常人とは比較にならない強さにまで叩きあげた。
だから。
気付かなかった。気付けなかった。
トッシュにとって、一般人の気は誰も彼も差を感じることができない。ゾウさんがいたらある程度離れていても大きいわけだからゾウさんだとわかるだろう。では、カナブンとコガネムシを遠くから見て、どっちがどっちかわかるだろうか。
トッシュにはわからなかった。トッシュにとって、その亡骸と、あのゴロツキはどっちも大差ないちっぽけな気だから。
その場に倒れている亡骸は、まだ年端も行かぬ子供だった。