96話 探偵!トッシュとさっちゃん⓸
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「まったく、人騒がせなガキどもだ。せっかくのラーメンがもう伸びちまったよ…」
田中がラーメンにお湯を注いでそろそろ3分というところで通報が来たため出動せざるを得なかった悲しさ。捨てるのももったいないし、金がねーが口癖の食べるんだろうが、伸びて冷めたラーメンはおいしくない。哀愁ただよう背中。うなだれる田中。うなずく山田。食後は警邏。安い労働の対価。休まらない休暇。実際もうやだ。しかし辞めても当てがないだから。
「はぁ…働くしかねぇんだよなぁ…」
こんな先輩に、自分の悩みなどわかるはずもない、と田中はその背を見下した。
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捜査の基本は脚。靴を履き潰す勢いで聞き込みを続ける。が、ここにきて致命的な失敗がひとつあった。
「いたたた…」
さっちゃんのブーツだ。はっきり言って長距離歩くのに向いていない。しかも買ったばかりの靴だ。靴擦れもできて、これがまた痛い。
「とりあえず、ここまでにするか」
「うー…そうする」
探偵事務所タルタロスの一行は、とりあえず地域で一番大きな医療機関である王国労災病院の周辺で聞き込みをしていた。まずは病院の中に突撃して医療事務のおねーちゃん(42歳)に聞くも、派遣社員でここ最近働き始めたため3年前のことは知らなかった。事件のことは覚えていたようだが、続報が無いことに変だねぇ、と言っていたのも印象に残る。最初は報道されていたわけだ。が、それだけ。噂では上級王国民が関与してるとかも言われている。故に捜査も報道も何もなくなった、と。
そうやって世間話をし、知ってそうな人を紹介してもらおうと思ったが、それはダメだった。患者もいるし、業務に支障をきたすので、まずアポを、とのことだ。さっきのおばちゃんは世間話に付き合ってくれたが、仕事がしんどいから息抜きを兼ねてのものだったという。したたかなお方だ。医療事務の業界、なかなかストレスも多いらしい。派遣さんをとりまとめる派遣会社のおばちゃんは、昔労災病院の外科部長で今は開業した医師と不倫関係で、そのためか派遣さんにも偉そうに当たるのだとか。こんな世間話でいろいろくっちゃべるから怒られてるだけじゃねぇのかなと思いつつ、一行は眼科へと向かう。
「眼科で左目をなくした患者さん見かけたことないですか?」
患者の人たちも心当たりはないそうだ。まぁ、そんな大けがは救急搬送されてそうだし、一般患者には接点がないのかもしれない。が、そんなことはわかりつつ一行は聞き込みを派手に続ける。一人一人、探偵事務所タルタロスの住所が記載された名刺を渡しつつ。
そうして労災病院を出、周辺を歩き回っていたらさっちゃんが脚の痛みを訴えてきたため、そこで捜査は中断となる。一行が向かうのは探偵事務所タルタロス。その住所はふつーのアパートだ。看板とかも特に無い。ガチでふつーの。
「探偵事務所といいつつただのアパートって…ねぇ」
「怪しさ満点じゃないですか?トシさん」
二人の同じ顔をした少女がトッシュに疑問を投げかけてくるが、トッシュは気にしない。
「いや、俺が昔バイトしてた興信所もこんな感じのふつーのアパートだったよ。そりゃ大手のでかいとこはちゃんとした事務所構えてるだろうけどさ、こういう個人でやってる小さいとこはこんなもんよ。大手から仕事まわされて小間使いみたいなこともやってるよ」
「へえー、探偵やってたんですねー」
「バイトだけどね。時給1000円だったなー」
「やっぱ普通のバイトより割りはいいのね。最低賃金の1.5倍はあるかぁ」
そうやって、生活感のないアパートの一室で資料を整理する。まぁ特にこれといった情報はなかったわけだが、一つ気になる情報が入った。
探偵事務所タルタロス一行と同じように捜査をしていたデカがいたが、突然遺体となって発見された、と。怪しさ満点である。
「これ、来るかな?やっぱり。腕が鳴るわね」
「ま、来るだろ。そのために派手に動いたんだから」
「大丈夫…ですか?」
「だいじょーぶ、これでもアタシは王国でも屈指の剣士なんだから。そこの男の出番なんて無いわ」
もし、万が一さっちゃんが同じような事態に巻き込まれたりしないか、まりやは心配するが、さっちゃんはそんなのどこ吹く風、20人程度なら返り討ちにしたると自信満々である。所謂フラグである。
「だといいけどねー。まーさっちゃんになんかあったら助けてやるから安心しとけー」
「さっちゃん言うな!ふん、それより私はまりやちゃんが心配よ。君はまりやちゃんをしっかり守護ること!わかった?」
まりやは今アンデッドなので、今本気出せばさっちゃんすらもドレインタッチでスルメやあたりめみたいにできるくらい強いわけだが、それは内緒なので黙っておく。まりやも自分の裸(つまり骨)を見られるのも嫌だろうし。
「はいはい、任せとけ任せとけ」
「心配だわね。まぁそろそろ18時だし帰ろうかな。見送りはいらないよ!君はまりやちゃんについてること!いいね?
「別に二人で見送りに行ってもいいと思いますけど…」
「ダメよダメダメ!どうせ敵が来たらこいつそっちに夢中になって君から目を逸らして結果君が攫われるから!」
「んー、微妙にありそうな展開…反論しづらい…」
さっちゃんは荷物を纏め、タイムカードを押す。服は今日買ったお気に入りの探偵ファッションのままだ。足は痛いが、はやくこの編み上げブーツに慣れたいので我慢する。オシャレとは我慢することだから。
「じゃあ帰るね、また明日ね」
「ういー、明日もよろろん」
「はいー、またお願いしますー」
冬の18時はすっかり暗い。探偵事務所タルタロスの事務所は人気の無い町はずれのアパートだ。灯りも乏しい。
「ブヘヘ、かわいいじゃねぇか」
「攫って遊ぼうぜぇブヘヘ」
「ブヘヘ、ブヘヘ」
案の定、暴漢たちがやってきた。事務所を出たときから気配は感じていた。あえて、さっちゃんはおびき寄せたのだ。
「アタシも舐められたものね。全員叩きのめしてあげるわ」
さっちゃんも背中から棒を抜きだす。中空だが金属製のそう簡単には折れないさっちゃん自慢の棒だ。
「ブヘヘ、3対1でもヤルってさウレしくなっチャうぜ」
~一方、探偵事務所タルタロス~
バン!と勢いよく開けられる事務所入り口。カギは掛けてたはずだが、気配を殺してピッキングをし、そのまま勢いよく突入してきた不審者たち。
が、直後、地面に叩きつけられる。
「なにっ!?」
「バレバレ、もっとうまくやらないと」
「おのれこのガキめー!」
トッシュは気配探知が上手だ。多少気配を殺した程度じゃすぐにわかる。さすがに潜伏されればそうはいかないが、行動を起こせば話は違う。ピッキングに集中することで気配遮断は半端になり、取り巻き立ちも突入の気合が殺意としてむんむん臭うのだ。
「さっちゃんが心配だ、すぐ制圧するよ!ドレインであたりめにしてやれ!」
「はい!」
トッシュとまりやが暴漢たちに牙を剥く!