22話 竜将!魔王軍最強の男フォーゲル!
「助ける…って言われてもねぇ、どこにいるかわからんし本当に生きてるかもわからんしねぇ」
ゼファーの発したその言葉、それは嘘だ。ゼファーは…ゼファーだけは知っている。知らされている。ジャスティスは、既にこの世に存在していない。仮にジャスティスの記憶をそのままに持つ者がこの世界にいたとしても、それは精巧な複製品に過ぎない。人は死んだら二度とは生き返らない。少なくともゼファーはそう考えている。複製品を本物と信じる者からすれば、その者にとっては本物なのだろうが。
(かといってもう死んでるだなんて言うわけにもいかないしねぇ。最後に勝つために情報の使いどころは見極めなきゃね)
「アカネさん、それは無理です。僕たちは潜伏しなければならない身です。委員会に僕らの存在を悟らせるわけにはいかないので下手に刺激されては困るのですよ」
「…俺も反対だ。そんな非人道的な計画をする組織だ、どんな危険がアカネさんに及ぶかわからない」
「…そう、だね。ちょっと冷静じゃなくなってた。でも、このまま放置するわけにもいかないよ」
ちょっと前まで虜囚の身であり、子を孕まされたアカネにとってジャスティスの現状は他人事には思えなかったのだ。
「ま、今は無理でもいつか機会はあるさ!そのときに全力で助けよう!な、アル!ビィ!」
話をゼファーが纏める。そしてゼファーとビィは潜伏に必要な手段を考える。アルは猫カフェで働くことにしたらしい。ローシャ市から生活を保障されているのになぜわざわざそんなことをするのかゼファーはわからない。そう、ゼファーは働くふりだけするつもりなのだ!金はフィリップからの仕送りがあるので何とかなる。
(生活のためにもこの通帳は絶対になくさないようにしないとね)
一方、ビィは頭が良いと自負しているので頭脳労働をしようと考えている。若干13歳でありながら九九を完璧にマスターしており、次は分数の足し算に挑戦するつもりだ。この頭脳を活用できる仕事は何か?先日まで考えていた傭兵は却下だ。あまりにも肉体労働すぎる。
(やっぱり化学のお仕事だよなぁ。毒使いとしてその方面には自信あるし)
アルは不安だった。この二人…まさか居候するつもりか、と。それは嫌なのでアルは説得を試みる。
「どころであんたらはどこで生活するつもりだ?ここはローシャ市の役人も来るから潜伏には向いてないんじゃないか?」
「心配しなさんな、ちゃんと隠れるから」
あ、やっぱりそのつもりなのね…まぁ、それならアカネを守ってもらえるか、と思考を切り替える。魔王軍の侵略があれば役人からお呼び建てがあるのだ、アカネ一人留守にするのは不安がある。どうせこいつらは潜伏を理由に戦いに行こうとはしないだろうし。
ぎゃおおおおおおお!!!!
「失礼しますアル殿!上空からドラゴンが!巨大なドラゴンがやってきました!」
噂をすればなんとやら。ドアの外から呼び立てる声にアルは迎撃の準備をする。ドラゴンなんて魔王軍なのは確定的に明らか。
「行ってらっさい。俺は潜伏しなきゃいかんから出れないんだわ」
ほらこれだ。改めて兄弟なのは確かなんだなと確信する。こいつがどんな奴か知らないはずなのにこういう奴なんだとわかってしまうから。
(どうしよう…いやほんとどうしよう…)
ローシャ市へ向かうトッシュ一行。トッシュは迷っていた。いや、迷っていたではない。迷う以前にその不可能なことをどうするか、途方に暮れていた。
トッシュは魔王軍の障害たる勢力を探るために魔王軍を表向き離脱した。その謎の勢力の情報を掴み次第イクスシェイドに報告し、その勢力に属する精鋭を味方に引き入れることが可能ならば魔王軍へと連れていく。その約束である。そしてトッシュは魔王に対抗するために作られた組織、通称委員会の情報を得、さらには勇者の子であるアル、そしてIIこと勇者の生まれ変わり(?)までも味方に引き込んでいる。しかし果たしてこの二人、魔王のもとへと素直に往くだろうか。だからトッシュは頭を抱えているのだろうか?否!
「息子を今まで育ててくれたなんて魔王イクスさんって良い人なのね、一度ご挨拶しなきゃね。馬刺しとチーズケーキでいいかしら?」
むしろ逆…!この母親ノリノリである。ジャスティスは魔王イクスに会えるものならすぐにでも会ってお礼を言いたいとまで宣っている。実際死の淵にいた幼いトッシュを救ったのは紛れもなく魔王イクスなのだ。感謝の気持ちは嘘ではないだろう。では、なぜトッシュは困っているのか?
(お母さんを職場に連れて行けるわけがないだろうが…!)
10代後半の男の子トッシュ。お母さんと一緒に出掛けるのが恥ずかしいお年頃。一応10歳くらいの年齢になっているので事情を知らぬ者ならばその幼女がトッシュのお母さんとは誰も思わないだろう。しかし魔王軍に連れていくとなると事情が変わる。この幼女はジャスティスであり、間違いなくトッシュの母です、息子が大変お世話になりまして…と挨拶しちゃうだろう。気まずいに決まっている!
(さっさと委員会の場所を吐かせてイクスシェイドたちに潰してもらお…)
ジャスティスから委員会の住所をどうすれば吐いてもらえるのか思考を巡らせながらローシャ市へと近づくトッシュは、ジャスティスとほぼ同時に気付いた。ローシャ市にあるはずのない巨大な存在感…竜!…を侍らせ、竜をも超える超人の殺気!魔王軍の刺客!
「フォーゲル…!」
反射的に口に出る魔王軍最強の男の名。イクスシェイドからまだ動きの報せは来ていない。ともすれば単独行動か。
「トッシュ…魔王軍にはとんでもない化け物がいるのね」
「魔王軍で一番強い男だよ…相手しているのはアルか?」
ローシャ市でフォーゲルと戦うことができるのはアルくらいなものだ。感情が薄いアルにしてはえらい自己主張が激しい気配なのは違和感があるが、今はそれよりも現場に急行するのが先決だ。記憶を失い力を十全に発揮できないアルではどこまで戦えるか…。急いで救援に向かわなければならない。
「ジャスティス、あんたはサンたちとホテルガラスの城201号室へ向かってくれ!俺の友達がいるんだ!」
「…アンタはあの竜の場所に行くのね。お母さんも一緒に行かなくていいの?」
お母さんだから一緒に来られたら嫌なんだよ、わかれよ…。と心で悪態を吐きながら大丈夫だと返事をし、トッシュは駆ける。
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「剛竜剣ソード・ドラゴンV!我が竜の一族に伝わる伝説の剣!この一刀、受けてみせよアル!」
「やだよ、そんなもん受けたら死んでしまうわ」
フォーゲルの突撃とともに振り下ろされる剣をアルと名乗るその少年は一瞬で背後へ躱す。これは彼の必殺技の一つ『烈風脚』。八卦龍拳・雷の奥義『雷速』よりも速力で劣り、直線的な軌道でしか使えないが燃費の効率は優れている。自らの気を足の裏に圧縮して勢いよく弾くことで跳ぶように動くその超速歩法を、フォーゲルは初見で見切っていた。
「いてぇ…」
すれ違い様にフォーゲルの左肘に備わっているドラゴンファングと呼ばれるトゲが右肩を引き裂いていた。
「貴様の動きは単純だな。これが勇者の子の力か?」
「フン、調子に乗るなよ…」
「雰囲気が変わった…?」
緊張した空気が両者の間に張り詰めるその時、フォーゲルはこの場に近づいてくる見知った気配を察知した。
(トッシュ?)
(隙あり!)
その隙を逃さない!とっておきの奥義をフォーゲルにぶちこむべく温存していた超必殺を繰り出す!
「ぬ…!」
一瞬注意が逸れたフォーゲルは反応が遅れたため、その技がどんなものか見えなかった。気付いたときにはフォーゲルの脇腹を貫通していた。その直後、トッシュが到着する。
「フォーゲル…!アル!」
トッシュは目の前の光景が信じられなかった。あのフォーゲルが血を流しているのだ。その傍らにはアルが頭から血を流して横たわっている。アルが捨て身の一撃か何かでフォーゲルに手傷を負わせ、反撃で地に伏せたということだろうか。それでもフォーゲルを出血させたのだ、大金星なのは間違いない。
「トッシュ、勇者の子と行動を共にしているのは誠のようだな」
「…」
「3日後だ」
「?」
「3日後、我が配下と共にこの街に再び訪れる。決着はそこで付けよう。さらばだ」
フォーゲルは竜の背にのり飛び去る。フォーゲルが去った後、アルが起き上がる。ケガは思いのほか軽いようだ。
「くっそ、バケモンかよ…」
「アル、大丈夫なのか?」
「あー…アルね、はいはい。アルならそこの瓦礫の中にいるよ」
「は?」
アルが指さす建物が崩れた瓦礫の中から出てきたのは…アルだった!腰に布を巻いただけの姿で!裸のほうのアルが頭から血を流してる方アルに恨めしそうに睨みながら恨み言を口から紡ぎ出す。
「ゼファー…なんでパンツまで取るんだよ…」
「お前のパンツ、俺の股によく馴染むぜぇ」
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~ホテル・ガラスの城~
「おじゃまします!」
突如アカネの部屋である201号室に飛び込んでくるジャスティスとサンたち。ジャスティスはトッシュの友達の名前を聞いて性別女の子と判断し、張り切って突っ込んできた。息子も年頃である。彼女の二人
や三人いたっておかしくない。母親目線を抜きにしても我が息子トッシュはイケメンだ。
(いやそんなことはないさね…)
と思ったことを口には出さないマユはさすが大人の女性、アラサーは伊達ではない。
ジャスティスは思い出す。息子は所謂ジャニーズ系だ。ジャスティスがこの世界に飛ばされる前、女子中学生だった頃はビジュアル系バンドがぶいぶい言わせていた時代。しかしジャスティスはバンドとかは好きになれなかった。確かに歌は好きだったし、どう見ても日本人なのに言葉を発せず通訳を介して話す姿は面白かったが。ただ、顔の好みはジャニース系というわけである。
そんなわけで息子の彼女と勘違いしたジャスティスは張り切って扉をぶち破ったわけだが、まず目にするのは勇者の子であるアルの姿。
「え!?」
たしかに勇者の子の一人と行動を共にしているとは聞いていたが、今は魔王軍の幹部と戦っているはず。ではこの少年は一体!?
少年は固まっている。突如飛び込んできたのは同じ勇者の子であるII、さらには先日禁戒山で遭遇した聖女も一緒と来ては自分を狙ってきたと思わざるを得ない。…が、にしては様子がおかしい。聖女たちは扉の外でIIの行動をドン引きした様子で見ているだけだし、IIも自分ではない誰かを探している様だ。
「あの…どちら様でしょうか…?」
そこに奥から何事かとアカネが顔を出してくる。ジャスティスはアカネの顔を目にした途端、少年をほっぽって接近し説明する。
「トッシュから話は聞いているわ!魔王軍が来るかもだから私が守ってあげるね!」
「え?トシくんのお友達ですか?」
「そんなとこよ!そこのアルくん、だよね?彼のことも聞いてるから」
どうやらIIは自分をアルだと誤認しているようだ。なぜIIが赤い衝撃ではなく記憶を失った後に名乗ったアルという名で呼んでいるのかは気になるところだが、今はアルの振りで凌ぐしか…
「あ、その子アルくんじゃなくてお兄さんですよ。ね、ビィくん」
ちょ!あっさりアカネに素性をバラされ、ビィは空気が緊張するのがわかった。
「ビィ!蜂王か!おまえなんでこんなとこに!またボクを狙ってきたのか!」
「ちがうちがう!俺は委員会から逃げてきたんだって!」
「全く、どういうことさね。…ジャスティスはそれどころじゃないみたいだしアタシらに説明しな」
ジャスティスはアカネに興味津々である。アカネのちょっと膨らんだお腹に気付く。まるで息子をNTRれたような、そんな寂しさを感じながらも孫が生まれるという事実に嬉しくなり、そしてこの歳(10歳くらい)にしておばあちゃんになるのかと嬉しいような悲しいような複雑な気持ちに混乱する。
(あの子ったら全くあの年で子持ちだなんて…ちょっと早すぎるわよ。でもまあまあかわいいわね、私ほどじゃないけど)
当然ジャスティスは知る由もない。アカネが山賊に攫われ、犯され、誰の子かわからぬ子を孕んだという事実を。
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「ゼファー…おまえそんな趣味があるのか…」
「ジョークだよジョーク!わかれ!わかってくれ!」
「あー、要するにお前はアル、蜂王、流星と同じ勇者の子で最後の兄弟というわけ?」
「そう、分け合って身分を隠す必要があってね。アルのフリをしてあのフォーゲルって奴と戦ったってわけ」
アルのフリをするのになぜパンツまで奪う必要があるのかはわからないが、当人はジョークと言っていたしそういうことにしておこう、
「じゃあ部屋に戻りながら説明してもらおうか…ゼファーだっけ?」
「そう、四兄弟の次男、東方不敗!今は訳あってゼファーという偽名を名乗ってます!」
「いいから服返せよ…」