95話 宝物、守護りたい人⑤
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「おかえり」
「うん…」
自宅から出てきたマリアを迎え、トッシュは市中へ向かう。マリアもついて行く。しばらく会話はなかったが、マリアが先に口を開いた。
「不思議な感覚だった。自分にお線香あげるなんて」
「まぁ…そりゃそうでしょ」
「お母さん、辛そうだったなぁ。話しながら泣いてて、私も泣いちゃって」
「…」
「私が私って言いたかったけど…今の私、骨だもんね」
「…」
「ていうさ、名前聞かれてついマリアって答えちゃったの。そしたら娘と同じ名前なの?って。まずいと思ってマリアは苗字ですって言いつくろって、だから今から私のフルネームは真里谷…真里谷リリー、ってことで。
「まりあからまりやね、りょーかい。…まぁ、まりやもしんどかったろうしちょっと茶ーでもしばきにいこか」
「なにその言い方ウケるんですけど」
「笑ってないのにウケるとか言うのやめてくれます?」
二度と会えない親子のその気持ち、トッシュは痛いほどわかる。大切な娘を奪われてしまった母の慟哭もそうだし、娘も親御さんを泣かせたくはないと思うのは至極当然のこと。下手な慰めでその傷口に触れるのは怖い。だからトッシュは行動で示す。犯人を捕まえる、と。
「お?天然たいやきだって。ちょっと食べたいかも」
「たいやきに天然って、意味わかんないんですけど」
「俺も俺も。ちょっと買ってくるからそこなベンチで待っといてちょ」
「えー………そっか、私今お金持ってないか」
トッシュが屋台に並ぶ。といっても大した行列ではない。トッシュの前に二組のお客さんがいるだけだ。すぐに順番は回って来る。並んでる間に、トッシュはそこなたいやき屋の売り文句を見ていたため、店員に開口一番こう注文する。
「しっぽにはあんこ入れないでくれます?」
「え?」
トッシュにとって、たいやきのしっぽにあんこが入ってるのは逆につらい。あんこは甘い。トッシュは超多数派であるこしあん派だ。なぜなら、つぶあんの甘さはこしあんに比較して下品だ。自己主張が激しい。そんな口の中を無駄に強い品の無い甘さで甘ったるくされてしまった後に、あんこの入っていないしっぽで中和する。チョコレートパフェに乗ってるウエハースとかのスナックみたいなもののように、味にメリハリをつけるために、しっぽにあんこは不要なのだ。たいやきがこしあんならしっぽまで入っててもよかろうが、たいやきは基本的につぶあんだ。しっぽにあんこは不要なのだ。が、その天然たいやき屋さんはしっぽまであんこが入ってますと、しょーもない、否、余計な手間を売りにしている。これはなんと愚かなことだろうか。戦後の甘い物に飢えていた当時の人間にしっぽまで甘いよと言うのは確かに当時の売り方としては正しかろう。しかし今は違う、違うのだ。…ただ、まぁこういう大衆を相手にしている屋台では、それが売りになってしまうのだろう。なにもわかっていない連中はないよりあるほうが有難いと思うもので、定価より少しでも割引価格の方に行ってしまうもので、そんな大衆相手にしっぽにあんこが入ってないと言ったらケチとネガティブな評価が下されてしまう。だから、トッシュは大人だから、ただ個人の好みとして、しっぽにあんこは入れないでと注文をする。怪訝な顔をした店員は、手に取った取り置きのしっぽまであんこが詰まったたいやきを戻し、一から焼き始める。この店員に、トッシュの意図は通じていないのだろう。余計な仕事させやがってみたいな顔をしている。しかたない。所詮バイトかなんかなんだ。お安い大衆向けの屋台のバイトごときにファーストクラスのキャビンアテンダントの接客を求めてはいけない。
とかなんとかトッシュがいろいろ頭の中でうだうだ思慮を巡らしながら注文をしている最中、マリア改めまりやは、一瞬目についたその男の姿に意識を引っ張られる。
「え…!?」
まりやもしっかり覚えているわけではない。が、その雰囲気になんとかく違和感を覚えた。うまく説明はできないが、その後ろ姿。前から顔を見たらわかるかもしれない。もし左目が無くなっていたら…眼帯でもしていたら…。トッシュは店員にドヤ顔を見せながらたいやきの出来上がりを待っている。あっちまで言ってる間に見失うかもしれない。一瞬トッシュの法を見て、視界を男の背中に戻すと、距離はさらに遠のき、次目を話せば間違いなく見失う。今行くしかない。まりやは駆け出す、大事な母を泣かせた、その憎い仇かもしれないその背中を。
「うぇええ!ちょ、おい!」
視界の隅でまりやが駆け出すのを捉え、トッシュは慌てる。たいやきはまだ焼いてる途中だ、慣性まで時間がかかる。今ここですぐに離れたいが、しっぽにあんこを入れていないイレギュラーなたいやきを注文した手前、離れられない。今トッシュがいなくなったら、このしっぽにあんこが入ってないたいやきは売り物にならないからだ。だからここでトッシュができることは二つ。一つはたいやきの出来上がりをお行儀よく待つか、もしくは金だけ置いてまりやを追うか。当然後者だ。
「あぁもう後で取りに来るから!」
トッシュは財布から2000円札を取り出し、それを置いてバイトの返事を聞かずに走る。すでにまりやは見失ってるが、まりやの肉体はトッシュの気でできているのでだいたいの位置はわかる。既に姿は見失ったが、その感覚を頼りに追いかけると、すぐに見覚えのある背中に追いついた。その背中は先ほどまでとは裏腹に立ちすくんでいた。
「見失った…」
まりやもまた、見覚えのある背中を追っていたが、既に人ごみの中に消えてしまっていた。もっと早く判断していたらと思うと悔やんでも悔やみきれない。が、あの男はもしかしたらまだこのローシャ市に残っているのかもしれないという情報、これだけでも一歩前進したと言っていいだろう。絶対に妻変えてやると、拳をぎゅっと握りしめた。
「おい!なにやってんだよ」
「え!?」
突如、右腕を掴まれた。振り返ると掴んできたのはトッシュだった。トッシュは平然とその掴んだ腕を引っ張りながら、喋り出す。
「急に走るからびっくりしたよ、ほら、あっこでたいやき食べるぞ」
「ちょ…ちょっと…!」
トッシュが有無を言わさず腕を引っ張るため、状況が呑み込めずそのままずるずると引っ張られる。そんな強引なトッシュに、視界の外から声がかかってきた。
「あれ、誰その子?」
「あー?この子?急に走り出すから…って。えぇ!?」
トッシュに声をかけてきたのは、他でもないまりやだった。
「じゃあこの子は…」
おそるおそる振り返る。トッシュは腕を引っ張っていた子は、顔を真っ赤にして、涙目で、今にも爆発しそうだ。
「き、君は急に私をどこに連れて行こうというんだ!」
「ま…まさかさっちゃん!?」
「さっちゃんて呼ぶな!」
迂闊だった。まりやの骨を肉付けするのにとりあえずモデルにしたのは、直近であった女の子のさっちゃんだった。つい顔を見て、気配探知を疎かにしてしまったし、よく見たら服も違う。が、あまり女の子の服とかに興味ないトッシュだから、そこまで確認していなかった。ヒヤリヤットというやつである。いや最早これは事故だ。
「わ、私にはてっちゃんがいるのに…!」
「い、いや誤解だ!顔が同じだったからつい…!」
「なんで私と同じ顔なら連れて行こうとするの!?きしょいきしょい!」
すっかり騒ぎになってきた。トッシュの肩がポンと叩かれる。
「何してるの君」
ナイトポリス…警察騎士の山田巡査と田中巡査長が騒ぎを聞きつけてやってきた