94話 矜持、自分が自分であるために④
かつての魔王・不死王イーケプラくんとの熱戦を思い出したトッシュは、自分のスタイルの原点を振り返る。拳・剣・闘気の三点はあくまでも拡張されたスタイル。トッシュのスタートは見切り、目である。
気を読むのではなく、相手の初動に対する後の先、相手の初動を潰す先の先。イーケプラくんは死者であるが故に生命エネルギーたる闘気を持たず、気を読むというカンニングが通用しない相手だった。そして不思議なことに今トッシュが相対しているゼス。と、そこなオーラ。宇宙海賊連中は生きてるのに闘気を持たない。
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「トッシュ、あんたは気を使うのは下手だけね」
「よく言われるねーマイペースだのなんだのって」
「それは気を遣うだよ…まぁその分気を読むのが上手だけど…世の中にはアタシみたいに気を持たない子もいるし、気で嘘をつく子もいるんだ。それに頼り切りじゃいけないよ」
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というわけで魔界の一勢力を築いたイーケプラをやっつけてこいと言われたわけだ。不死故に気を持たない連中だから苦労したわけで。それ以来、気に頼らずに目を鍛えてきた。けども、どうしても見えてしまうもんだから、普段は相手の気をついつい読んでしまう。その結果、ゼスの変な構えの意図を読めず不意をつかれて殴られてしまったわけで。
「油断したけど、次はそううまくはいかないよ」
傷を癒さず、脱力した姿勢でトッシュはゼスの動きに注目する。
「ほー、なら次に出すのはゼロの6連発、爆裂拳だ。避けてみなよ」
次の技を予告したゼスが徒歩で近寄って来る。トッシュは少し脚を広げ、肩を落とす。ゼスが腕を伸ばせばトッシュに届く、その距離で止まる。
「ふっ!」
ブオオオオン!とすごい音と同時に繰り出される6発のゼロ。その全てを、トッシュは躱して見せた。間髪入れず、ゼスの右脚の繰り出す蹴りがトッシュの胴体に迫る。爆裂拳の後にすぐに技を出すとは聞いていなかったトッシュだったが、ゼスの6発目右腕のゼロを引くと同時に妙に体を捻った動きから、それを見切った。その蹴りがトッシュのいた空間を裂く頃、トッシュはバックステッポゥ!で見事回避。
が、ゼスも甘くない。ゼスの蹴りはその場に止まったままではなく、前進しながら繰り出されていた。その蹴りの勢いを殺さずにくるりと回転し、逆の左足で追撃の回し蹴りだ。バックステッポゥ直後の硬直でうまく回避できないトッシュは、そのまま地面に尻もちを搗くことでなんとか回し蹴りを回避。そして案の定、ゼスの回転は止まらず、右足でトッシュを蹴りに行く。
スカっと、その蹴りは空を切る。トッシュは地面に潜っていた。八卦の地はとても便利な技だ。が、さすがにゼスに見せすぎてしまった。その行動はゼスの予想通りであり、それに対応した4発目の蹴りを繰り出す。そして、トッシュは地中にいるが故に、それを見ることは叶わず、ゼスには闘気がないため察知もできず、直撃を受けることになる。
「ふん!」
トッシュに躱された3発目の蹴りは、当たればまぁいいか程度のものだった。本命は、その高く上げたその脚で勢いよく地面を踏みつける!
震脚。地面に伝わるその振動、というには激しすぎた。まさに衝撃波!それがトッシュが柔らかくした土を弾く!ゼスの前方に3mほどのクレーターが生じ、その中央にいるのが我らが主人公トッシュである。その予想外の行動に、完全に無防備になったトッシュ。に、その踏みつけた脚で地面を蹴り、トッシュを殴りにいくゼス。完全な勢いを乗せた本気のゼロ。時速300kmを超える速度を持つ超パンチ、ゼロ。別名新幹線パンチ。そう、今までのゼロがこだまだとすれば、今この瞬間のゼロはのぞみだ!
「当たると痛てぇゾ!」
ゼスの咆哮!そのパンチは連打ではない。右拳を後ろに回し、体の捻りと同時に繰り出してくる。当たると痛い程度ではない!骨も残らない!
「くっそ!」
トッシュは咄嗟にそのゼロを、ガードする。ガン!とまるで金属の板を叩いたような音。トッシュが出したのは、右の聖拳。使わないつもりだったが、使わなきゃ死んでた。そして当然、そんな強い一撃を受けた聖拳はバキバキと砕け、内包するエネルギーが爆発する!
ドカンと一発まるで爆弾が破裂したかのような衝撃。その余波でさらに大きくなったクレーターの両隅に、二人は倒れている。
「いたた…あっつい…あーもう」
ゼスは被害を受けながらも、その強靱な外皮で耐えていた。ダメージはさすがに受けたが、致命傷には遠い。その視線は、まるでボロ雑巾のように倒れているトッシュへと向いている。
「ふう…勝負あったなトシちゃんよ」
このままあっちまで走って一発喰らわさせたら確実に絶命するだろう。ゼスは勝利を確信した。
「あー…そうだね…決着だね」
ゼスの言葉を肯定するトッシュ。に、ゼスは意外だな、と感心する。なんだかんだで負け惜しみでも言うかと思ったが、さすがにこの状況で勝ち目がないのがわからない子ではないということか、としんみり納得した。
「でも、そっちが帰ったら引き分けでいいよ」
前言撤回。やっぱこの子は素直じゃないようだ。
「いやいや、引き分けにする理由がないし」
「そっか…」
「そうだよ」
「じゃあ俺の勝ちだね」
「そうそう、そっちの勝ち、ってなんでやねーん」
勝利を確信したゼスは軽くツッコミを入れていると、おもむろにトッシュがアルミホイルの帽子を外した。
「へ?」
「説明するの面倒だし適当に読んでちょ」
トッシュがそう言うより前に、ゼスの脳内にトッシュの思考が挿入ってきた。
ゾッ…!ゼスに戦慄が奔る!
「お、お前…!」
トッシュはアルミホイルの帽子をかぶり直し、そのまま体を回転させ仰向けになり、ゼスに向かって笑う。
「でしょ?」