94話 矜持、自分が自分であるために③
走馬灯。死が迫るその刹那、脳がその危機を脱する手段を見つけるために脳をフル回転させた結果、過去大剣した出来事をいっぱい思い出す現象である。例にもれず、トッシュもいろいろ思い出した。ほぼ全く同じ状況を、かつて経験していた過去を。
「トシちゃん、見切りが得意と言ってるけどさ~、お姉さんから見たらそれはカンニングだよ~」
暗黒真拳を学んだかつての死、不死者の王、ブラッククイーン、次期魔王と評される魔界三傑の一人ネネさん(537)のカウンターが、トッシュの顔面を捉えた。
「は…鼻が…」
トッシュの顔面の下が赤く染まる。折れた鼻から鼻血がブーである。ネネさんの暗黒真拳トマホーククラッシュと呼ばれる肘打ちがいい角度で直撃したのだ、そりゃあ痛い。
「トシちゃんは相手と周囲の気を読めるからね、その気のゆらぎで相手の動きが予想できちゃうわけ。でもアタシは不死者、生命エネルギーが根幹の闘気はないし、だから当然闘気でビームとかもしない。アタシの一挙手一投足だけで見ないとダメなのよね」
トッシュは気を使うのは下手だ。自分の闘気を物質化した聖拳は簡単に砕けちゃうし、八卦も自分の闘気を混ぜ込まないと自然エネルギーの霊気にいまいち干渉できない。ただ、気を読むのはすごいうまい。同じく気配察知に長けるイクスシェイドが直々に鍛えるほどだ。
「ただ、長所ってのは見方を変えたら短所。気が無い相手だとその攻撃の気配を察知できないわけ。まずは本当の見切りってのを鍛えてあげるね」
そうやってネネさんに鍛えられて、苦手をしていた気のない不死者にも負けない見切りを身に付け、そして不死者の軍勢を従える不死の軍団長にまで上り詰めた。
とまぁ、そんな思考が脳の中をぐるぐるとしている間に顎にいいのを貰ったトッシュは、地に這いつくばりながら状況を理解しようと脳を働かせる。攻撃が効かないゼスを斬る手段を見つけたはいいが、それで調子に乗ってしまった。だから良い感じでカウンターを受けた。意識が一瞬飛んだけど、なんとか現実に戻ってこれた。追撃が来る前に立ち上がらないといけない。集気法で傷を癒すべきか、しかしそれは闘気がすっからかんになってしまう。そうなったら打つ手がなくなる。思考がまとまらない。
ガラガラ、とトッシュの耳に何かが崩れる音が届いた。なんとか首を上げて前を見る。ゼスが、トッシュがさっき掘り起こした人骨を砕いていた。
「趣味が悪いよトッシュくんよう…祟られるのはいやだよ俺」
トッシュに向かって改めて前進するゼス。の足首を、砕かれた人骨さんの手が掴む。
「死体を操るなんて、なんて趣味が悪いんだ。恨むならあっちを恨んでよね」
ゼスが、その手首を振り払い、頭蓋を踏みつけようとする。
「マリアちゃん!」
トッシュは叫ぶ。ゼスが驚いた顔でトッシュを見ている。
「もういいから、大丈夫だから。ありがとね…うん、わかってる。わかってるって。約束は守るからさ、あとはゆっくりしてて。まぁ見ててって、俺勝つからさ」
ゼスのなんかやばいものを見たというドン引きな目線が、トッシュに向けられているのがわかる。
「トッシュくん、君、誰と話してんの…?」
恐る恐る尋ねるゼス。トッシュは答える。
「あぁ、マリアちゃん…そこの骨の子ね。マリアちゃんを犯して殺した犯人を見つけるって約束でお手伝いしてもらってたの」
「えぇ…君って死体を操るんであって…死体と会話とかできないんじゃ…?」
トッシュが持つ魔王の印、死体を支配する秘宝。それはかつて何代か前の魔王とされる不死王イーケプラが持つ秘宝だった。
不死者にも負けない成長を遂げたトッシュは、魔界の一地方、不死者蠢く不死都市シヅオカを制圧、秘宝・魔王の印を手に入れ魔王イクスへと献上、その実績により不死の軍団長へと就任し、魔王の印を授けられた。
~トッシュ、14歳のころ~
「その齢で暗黒真拳をそこまで身に付けるとは大した奴だ…トッシュ…だったか?」
「うん」
「あのネネさんが弟子にするだけのことはある…これを受け取り給え」
「これは?」
トッシュに手渡されたのはくすんだ金色をしたタリスマン。いかにも年代物って感じ。
「魔王の印、と名付けている。我が不死の軍団の長たる証であり、死者との対話を可能とする秘宝である。我が不死の軍団、君に託そう」
「わかった。我が主、魔王イクスがシヅオカを庇護することを約束する」
「この印の本質は対話だ…支配ではない。そこを覚えておきたま…え…」
支配ではなく対話。不死王イーケプラは、彼は善王だった。拠り所の無い不死者たちをまとめ上げ、魔王にまで上り詰めた。彼もまた、持たざる者だった。
「イーケプラさん!?」
「我が存在理由はなくなった…あとは…まかせた…シヅオカを…頼んだぞ…」
「…わかった。俺がうちのボスが魔王にする、魔界を平定することを約束する。偉大な王よ、安らかに眠りたまえ」
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「できないなんて、言ったっけ?。今まで悪党の死体だから有無を言わさずこき使ったけど、この対話こそ本当の使い方なんだよね」
「…」
ゼスは、足元のマリアちゃんの骨の前で屈んで、両手を合わせて拝む。
「まかはんにゃはらみたしんぎょうかんじざいぼさつぎょうじんはんにゃはらみったじしょうけんごうんかいくう…」
般若心経で故人の供養をするゼス、意外と信心深い子のようだ。
「…じゃあ、続きやろうか」
故人の供養が一段落し、ゼスは構える。
「うい」
トッシュもまた、構える。数分ほどの休憩ですこし体力は回復している。あとはさっきの走馬灯で思い出した見切りの基本を活用し、勝機を見出すのみだ。