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復讐、始めました。  作者: 中島(大)
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21話 妊娠、この子は誰の子

 ローシャ市が用意した宿にいまも宿泊しているアルとアカネ。無料で暮らすことができているため生活に困窮することはないが、あれから魔王軍の襲撃も無くもういらないと言われてしまったらそれまで。アルは仕事を探し始めている。一応腕に覚えはあるのでそれ系の仕事を探していた。兵隊さんだの傭兵さんだの用心棒だのボディーガードだの。そして見つけたのは猫カフェの店員さんのお仕事。アルは猫が好きだった。猫のうんちの世話も苦じゃなかった。というわけで来週から猫カフェに勤務することになったのだ。


「トシくんどこに行ってるんだろうね」

「そうだね…ちょっと外出するみたいな言い方だったのに」

「大丈夫かなぁ、ケガとかして帰れないとか」

「まぁ大丈夫だとは思うけど…」


 アルの不安はトッシュが魔王軍に復帰していないか、である。その辺の悪者なんかに負ける弱者ではない。そしてアルのもう一つの不安。アカネの、お腹の子だ。


「うっ!」


 アカネがばたばたとトイレに駆け込む。妊婦が妊娠8~10週ごろからピークを迎える悪阻つわりである。ビチャビチャとトイレから聞こえる水音。アルもトイレに走りアカネの背中をさすっている。


「アカネさん…大丈夫?」

「えぇ…何とか…。いや、やっぱ辛いわ…」

「そりゃ…辛いでしょ」


 アルにはわからない。アカネはお腹の子を産むつもりなのだろうか。なぜだろう。アカネにとってその子は誰が父親かわからない忌むべき子のはず。悪夢のような陵辱の果てに孕まされた忌み子。辛いと自分でも言うその命を断とうとしないアカネが、アルには理解できない。


「ごめんね、アル君にも心配させて」

「いや、俺は…」


 下手に聞くのも怖い。感情が無い、とは言わないまでも弱いと自分でも思っていたのに、気を遣うとはこのことか。随分人間らしい感情があったんだなと自分でも驚いている。それだけこれはデリケートな問題だろう。


「…私はこの子をね、産むつもりなんだ」

「…そうか」


 やはりそうか。そう考えているのはだいたい予想できていた。なぜ、その考えに至ったのか。それがわからない。


「この子を殺すことはね…私自身を否定することになるんだ」

「それって、どういう…?」

「私ね、お父さんの娘じゃないの」

「…」

「お母さんが…乱暴されて生まれたのが私…。そんな私をね、お父さんは育ててくれたの」


 20年ほど前の魔王の乱。人間社会は混乱に陥り治安が崩壊する地域も多くあったという。今でも野盗や賊がのさばっているのだ。当時の治安の悪化は今の比ではなかっただろう。最も魔王軍の侵攻が本格的に開始されたのならばそうとも言い切れないが。


「ミサキはお父さんの娘。でもお父さんは分け隔てなく育ててくれたからその事実を知ることはなかった。お母さんが病気になってもう長くないって言われたあと二夜中に人で話してるのを聞いたの。お母さんはありがとうって。お父さんは、当たり前だ、って」


 アカネの父親にとって、アカネは血の繋がらない娘ではない。愛する女性が生んだ娘だ、と。アカネはその事実を父親にも問い詰めなかった。間違いなく、自分の父親だったから。母親に先立たれ、後を追うように亡くなった父。


(私もお父さんみたいな人と出会えたらいいな…)


 なでり、とお腹をさすりアカネはいずれ産まれてくる命を愛おしく思う。なんだかんだと理由をつけてはいるが結局のところ一番の理由はそれである。実際強姦からの妊娠であっても出産する少女は少なからず存在している。作者が初めて付き合った女性も処女をレイプで散らされていたのだが、もし妊娠していたら産むつもりだったと言っていた。できたことはいやでも、泣くし苦しくても、忌むべき産まれだかという理由だけで闇に消えていく命の操作は畏れもあってできないと言っていた。そのレイプした男には憎くともあなたを愛しているから産みたいと大ウソをついて、DNA鑑定も駆使して責任を取らせるつもりだったと言っていた。幸いできてはいなかったが、できた、責任を取ってと嘘を言った時は案の定との逃げたとのことだ。しかし、もし、本当に妊娠していたら、そして責任を取らせたら、その男はマイ●●●フ●で働いたり内閣でなんたら委員になったりwikiで個人ページも出来ているくらい成功していらっしゃるので優雅な暮らしができたかもしれないなぁ、と思ったり。久々に調べてて割と本気でムカついたのでここで一旦止めます。


 コンコン、とドアをノックする音が響く。トッシュが帰ってきたのかと返事をしそうになるアカネの口をアルが塞ぎ、小声で耳打ちする。


「静かに。客じゃないかもしれない」

「…?」


 きょとんとするアカネを待たせ、アルがゆっくり入り口のドアに近づく。ここは家ではなくホテルである。客が来たのであればまずフロントが連絡してくるはずだ。侵略者なのは確定的に明らか。そもそもトッシュなら自分の宿泊している部屋だ、普通に入ってくるはずである。


 ドアまで接近し気配を探る。ドアの向こうに感じる人影は二人。敵意は感じられないが警戒を緩めずアルは尋ねる。


「どちら様で?」

東方不敗ロードゼファーだよ。とりあえず開けてくんない?」


 知らないはずの名前なのにどこか聞いたことがあるようなその名称。アルは不意打ちを警戒しながら扉を開ける。


「やあ久しぶりだね」

「生きていたんですね、まったくしぶとい子だ」


 同じ顔がそこには二つ並んでいた。兄弟だろうか。こっそり背後から覗くアカネもその顔を見て驚く。来客はアルと同じ顔の少年だった。


「アルくん!?もしかして兄弟!?」

「そうそう、兄弟だよー。仲良し4つ子だよー、って今は覚えてないんだよね」

(?????)


 兄弟と言われても当然記憶が無いアルには全くピンと来ない。顔が似ていると言われてもどこが?とすら思っている。いや、そう思うってことはやはり兄弟なのかもしれない。同じ顔でも長く生活することにより見分けがつくようになる、その理屈で似ているけど似ていない、そんな不思議な感覚を記憶になくとも頭のどこかで感じているのだろう。


「あっ、どうぞこれつまらないものですが」

「えっ、いやそんな…」

「いえいえ遠慮なさらず。いやー弟がうらやましですよこんなきれいな人と一緒に過ごしてて」


 東方不敗ロードゼファーことゼファーは持ってきた馬刺しとチーズケーキをアカネに押し付ける。そのやりとりをじとーっと見ながら、蜂王ザ・ビーことビィはゼファーを急かす。


「ゼファー、まずは彼に事情を説明しましょう。どうも混乱しているようだ」

「おっ、そうだな。すみませんねぇお邪魔して良いですか?えっと…」

「あっ、私はアカネです。アルくん、立ち話も何だしお兄さんたち中にお通しするわよ」

(ふむ、アルというのが今の赤い衝撃(フレイムインパルス)の名前ですか)


 ぞろぞろと4人は部屋の中へと入っていく。

 ・

 ・

 ・

「委員会…勇者ジャスティス子達チルドレン…」

「そう、そして委員会は俺たち勇者の子達を裏切った。だから長男の流星レイズナーの指示で潜伏することにしたわけ。…流星って呼ぶとどこで誰が聞いてるかわからんかし…これからはレイと呼ぶことにしよう」

「最初に裏切られたのは貴方なんですよアル。まさか生きてるだなんてね」

「あなた達はジャスティスの…。あなた達はお母さんが今どこで何をしてるのか知っているの?」


 かつての勇者の子たちが決戦兵器として育てられている。母親はそれを承知しているのか。アカネは子を宿す母としてそれが信じられなかった。アカネのお腹に宿る、たとえ望まずに宿した命であっても、この子に罪は無い。この醜く美しい世界に生を受けたからには正しく健やかに生きてほしい。そう願うのが母として当然だと思うからだ。


「さて、僕らは知りません。ただ、もしかしたら今も子供を作っているかもしれませんね」

「それって…!」

「すみませんねアカネさん、そういうわけで俺たちの生まれは訳アリなんですよ。でもこれから許されるなら普通の男の子になりたいわけでして、だから一緒に潜伏させてほしいってわけ。な、アル。お兄ちゃんのお願い聞いてくれるかな?」


 アカネは生まれてくる我が子には真実を伝えるつもりはない。父母がそうしたように、ただ愛を持って育てるだけだ。子供がそれを、凌辱の果てに生まれた命だと知ってしまったら、子供は何を思うだろうか。アカネは辛かった。望まれなかった命だと、そう思ったから。しかしそれは誤りだと気付かせてくれたのが父母だ。確かな愛情を感じていたからこそ、自らの出自を呪わずに済んだ。しかしそれはあくまで自分はそうだったというだけだ。この子は自分の生まれを呪い、自棄になってしまうかもしれない。


 彼らは生まれが特殊故か。自分たちで言うように生活能力が皆無な、戦うために生まれた正義の兵器だから何も感じないのだろうか。同じ勇者の子だと聞いたトッシュは母の仇を討つために魔王軍に志願したというのに。


「そんなの間違ってる!」


 アカネの絶叫に3人の兄弟がビクっとする。


「お母さんを助けなきゃ!」

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