90話 奪還、テッサイの誇り①
「貴方、何をしてるんです…か!」
バシーッ!とさっちゃんの竹刀がトッシュを押し返す。振り下ろす竹刀が中途半端な形で止められていたこと、突然の事態に思考が追いつかないこともあり、トッシュは簡単に後ろに押され込んでしまう。
「うわ…っと」
力の抜けたトッシュに、さっちゃんの鋭い突きが迫り慌ててその一刀を捌く。突きは一点に向かうのでちょっと体をずらし側面からはたくことで簡単に躱せるのだ。左に避け、さっちゃんの突きをはたいて姿勢の崩れたさっちゃんに向かって、ちょっと大人しくしてもらおうと肩をどんとおして地面に倒れ込んでもらおうと思ったトッシュの、その油断。
「へ?」
姿勢の崩れたさっちゃんの肩を押そうと思ったら逆に肩が突っ込んできた。さっちゃんはあえてそのまま倒れこもうと勢いをつけ、悪質なタックルをトッシュにかましてきた。
当然トッシュは不意を突かれ、いっしょに倒れてしまう…だけならよかった、さっちゃんは倒れていない。トッシュを押し込む勢いで姿勢を整え、トッシュの顔面に竹刀を突きつける。
「なんでてっちゃんをいじめてるんですか?」
「ま、待って…!誤解誤解だって!てっちゃんにいじめられてるさっちゃんを何とかしたいと思ったんだよ俺って!」
トッシュはこの刹那の立ち合いで悟った。さっちゃん…その剣士としての資質はテッサイを遥かに上回る。剣聖Jだってさっちゃんには勝てない、というか剣だけの勝負なら…。
(俺、この子に勝てるか…?)
慌てて事情を説明するトッシュ。しかしさっちゃん、ピンと来ない様子だ。
「いじめ?私が?」
「え?だってあいつ…」
「…よくわからないからとりあえず一発ぶち込みますね」
竹刀を上段に構え、全力で振り下ろしますと言わんばかりに力を込めるさっちゃん。
「うそ…ちょっとま…!」
「ちょっと待てー!」
トッシュが制止しようとするその瞬間、テッサイの声が道場に響く。
「デカ美お前ー!これは俺の勝負だ首を突っ込んでくるんじゃねぇー!」
「な…なんで!?」
そのテッサイの声にさっちゃん、驚きを隠せない。
「お前は昔からそうやっていつもいつも…!俺はお前のそういうところが嫌いなんだよ!」
「…!!!!!」
さっちゃんがもんのすごいショックを隠し切れない様子、トッシュもわかった。そしてテッサイのコンプレックスの原因も。このさっちゃんのとてつもない剣腕がそうなのだろう。
「…なんであの時、手を抜いた」
「え?」
「中体連の準決勝!」
「…だって、てっちゃんに優勝してもらいたかったから…」
「だよねぇ!俺はお前に勝ちを譲ってもらわないと優勝できない、その程度の奴だもんねぇ!」
なるほどなるほど、ここまで聞いたらアホでもわかる。それでプライドずたずたになったテッサイは剣を捨てた、と。
「あのー、お二人さん。ちょっといいかな」
「よくないです。貴方のやったことは許せません」
トッシュの喉元に付きつけられるさっちゃんの竹刀。殺意がムンムンに込められている。向こうではさっちゃんを止めろと騒いでるテッサイがいるが、テッサイが止めてもこの子は聞かないのだろう。
「さっちゃん、君はテッサ…」
「馴れ馴れしい呼び方やめてくれます?きしょいです」
「…すんません。で、さっちゃん。君テッサイから嫌われてるね」
後ろでそーだそーだと騒いでるテッサイがいる。
「だから何です?今の貴方の状況にそれ関係あります?」
「大ありだね。とにかく俺がここに来た理由は君ら二人の関係を改善させたいと思ったからでね。テッサイから好印象持たれるならさっちゃんにも悪い話じゃないと思うんだ」
「…」
さっちゃんの正体、それは学校でのぼーっとした印象とは真逆の、かなり脳ミソが筋肉でできたタイプだとトッシュは判断した。もしくは脳の代わりにカニミソかカニカマでも入っているのだろう。テッサイのことが好きなんだけどテッサイが嫌がることもそれがテッサイのためならと平気でやらかす思慮が足りないタイプ。
ここでトッシュは思い出す。暗黒新陰流の神髄。たしか我は斬るんじゃなくて斬られないことが勝ちとかそういうアレを。ここで下手にさっちゃんと戦うよりも、さっちゃんとの戦いを避けることが勝利である。さっちゃんがここまでの手練れと知った今、二人まとめて魔王軍に勧誘するために。二人の好感度を上げなければならない。
「テッサイ、お前さっちゃんに勝ちたいか?」
「…!」
「ちょっと…!貴方何てこと言うんですか!?」
「俺がお前をさっちゃんに勝たせてやる!冬休みの間俺と特訓するぞ!」