19話 勇者-ジャスティス-
禁戒山の麓、サトミ町。マユの宿…というより巣はその過疎化が進む町の片田舎にあった。生計を立てるのには苦労していないらしい。八卦龍拳・雷の技で清流に電撃をかますことで鮎が簡単に浮かんでくるし、イノシシやシカも簡単にとらえられる。かつて聖女と呼ばれた彼女はすっかり山ガール(ワイルド)へと変貌していたのだ。あとは旅人の護衛でお金も稼いでいるらしい。よくこの辺を回っている商人さんにはすっかりお得意様のようだ。お洋服なんかも貰っているらしい。というよりもともとこの商人さんが所有する物件に泊まらせてもらっているのだ。
「ありゃあアタシに惚れているねぇ」
とは本人の弁である。まぁ、ありえなくはないかもしれない。つり橋効果と言うものもある。危険か環境に置かれた異性は種の保存本能によりお互いを意識すると聞く。山ガールなマユは強いので危険は感じないが商人さんはやはり襲撃とかされるかもと不安になるだろう。
「ていうか山ガールって山で生活する女のことじゃないからね」
「え?」
これだから田舎者は、と言うと人のこと言えないだろうと言い返されるのは目に見えているので黙っておく。トッシュは賢い男なのだ。
・
・
・
そんなこんなでいろいろお話して、ご飯食べて、ゆっくりぐっすり休んで、翌朝。
トッシュは一人サトミ町でお買い物をする。今回の遠征の目的は十分すぎる成果を得た。あとはローシャ市で待つアルとアカネにお土産でも買って行こうと物産館を回っている。サトミ町の名物『シクラメン』。豚骨に鳥ガラをブレンドすることでコクがあるもややマイルドな味わいのラーメンだ。もちろん生麺である。そして『馬カレー』。王国は牛肉豚肉鶏肉の他に馬肉の産地であり、この馬肉を使ったカレーは普通のレトルトカレーと比べて倍以上のお値段である。では味はと言うと…まずこの馬肉の塊がゴロっと入っている商品が目に付くだろう。が、これはイマイチである。ルゥは普通のレトルトカレーと同程度の味、メインの馬肉はボリュームこそあるもののこれまたルゥの味が染みついているので馬肉本来のあっさりとした味わいがすっかり消えてしまっている。そこでオススメするのがこの場すじカレー!馬のすじ肉は小さく刻まれているが、そうすることでルゥ全体に満遍なく肉が広がることで最初から最後まで馬肉の味を楽しめる。さらにあっさりした味わいの肉は刻まれることで存在感は薄くなるがそれ故に上品な口当たりとなっている。
「よし、シクラメンと馬カレーにするか」
そしてお土産屋と言えば食べ物だけではない。もちろんお約束の木刀やら模造刀もしっかりと取り揃えている。王国の英雄の使っていた武器を再現したそれらの中には、嫌な名前もあった。『模造刀/英雄グレゴリオ 拵え』。絶対に買わない。他にもジャスティスのナックルだとかアルベルトのヌンチャクだとかいろいろ揃っている。聖女サンの杖もあった。杖というわりに先端にえげつない刃物がついていてこれは完全に槍である。
「ねぇねぇ、ちょっと」
何か後ろから声がする。周囲には店員さんしかいないのにこの人を呼ぶ声は、自分を呼んでいるのだろうか?返事をして違ったら恥ずかしいのでとりあえず後ろを振り返る。
「やっぱり。あんたトッシュでしょ!」
声の主は10歳くらいの少女。ありえない。なぜ自分の名前を知っているのだろうか。仮に魔王軍の襲撃からローシャ市を守った強者としての名声がここまで届いていたとしても、この声のかけ方は全く異質。知り合い、それも目下の者に対する声のかけ方だ。いや、子供はそういうの気にしないで馴れ馴れしいものである。この少女もそういった躾がなっていない類かもしれない。
「ねぇトッシュ、見下してないでほら、しゃがみなさいよ」
「えぇ…」
人間不慮の出来事に遭遇すると反応できずに言われるがままになってしまうものである。トッシュにとって魔王軍や蜂王の組織が不意打ちしてくることは警戒しているのできちんと反応できるのだが、知らない少女に馴れ馴れしく寄ってこられることは完全に予想できていないことだ。…そういえば蜂王のやつ、一体どこにいったんだろうか。グレゴリオを沈めた直後、生き埋めの蜂王を探ったらいつの間にかいなくなっていた。グレゴリオがいる間はそっちに意識が集中していたため逃げることに察知できなかった。というより瓦礫は動いた形跡が全くなかったのだ。どうやって逃げたのだろう。イクスシェイドのように空間操作検定赤帯な連中もいるのかもしれない。空術は時術より難度が低いと聞いたこともあるし。
「なにボサっとしてんのよ、ほら早く」
「はぁ…」
考え事をしていたが今はそれどころじゃない。とりあえずこの少女をやり過ごして早く帰りたい。とりあえず言われたまま少女に目線を合わせるように膝を付く。すると。
(!?)
少女はトッシュにまとわりついてきた…というより抱き着いてきた。やさしくトッシュの顔を包むように腕を巻き、頬をくっつける。
「トッシュ…」
妙な懐かしさを感じる。そういえばこの声をいつか聞いたことがある。いつだったか…。そう思慮を巡らせていると少女が離れた。その目には涙がうっすらと浮かんでいた。そして、これまた予想外の事態がトッシュを襲う。
「この、バカー!」
「グハァ!」
少女の拳がトッシュの頬を貫いた!いや、貫通はしていないがまるで貫かれたような鋭い一撃がトッシュを襲った!全く反応できなかった!
「な、何しやがる!カーチャンにもぶたれたことないんだぞ!」
「なによ、たった今ぶたれたじゃない」
「…は?」
「久しぶりね、トッシュ。すっかり大きくなって…」
こんな状況、私が昔…小学生の時に見たマンガであったなぁ。主人公は小学校の先生で、生徒に起こったトラブルをその先生が解決するって漫画だったけど、生徒の中で一番メインだった男の子はお母さんを亡くしてて、そのお母さんが生まれ変わって年下のお母さんとして男の子のところにやってきた。あの漫画はグロいしエッチだけど、でもいい話が多かった。その漫画ではお母さんは最後ー…
「というわけでカーチャンだそうです…」
「えぇ!?うそぉ!?お姉さま!?なんで!?なんで!?そんなちっちゃくなって可愛いんですけどぉ!ちょっと舐めてもいいですかお姉さま!?可愛いお姉さま!」
「相変わらずねあなたは…ていうかなんであなたたち二人いるのよ」
「いろいろあったからねぇ、アンタもそうだろうしいろいろ聞きたいねぇ」
「二度説明するのは面倒だと思って俺もまだ聞いてないんだよね。とりあえず何で俺ぶん殴られたのかから聞きたい」
マユの巣でジャスティス(幼)の話を聞く三人、まず語られたのはトッシュの疑問に対する回答だ。
「アンタ魔王軍にいるんだって?しかも私の復讐のためで、国王のおっさんも殺したって聞いたよ」
「まぁ…はぁ」
「私はアンタに復讐なんてしてほしくなかったんだよ、幸せになってくれればそれでよかったのにさぁ~」
「だってしょうがないじゃんか、死にそうになった俺を助けてくれたのが魔王様なわけだし。ていうかもう元魔王軍だからね、もう辞めてるからね」
正しくは辞めたフリなわけではあるが。でもこれを知っているのはイクスシェイドと魔王、あとはトッシュの縄張りを守ることになったギラビィくらいか。
「まぁ魔界に行ったことはいいのよ、アンタを助けてくれたことは今の魔王に感謝してる。けどね、そのまま魔界で普通に暮らせば良かったじゃない」
一応トッシュは自分から魔王軍に志願した。魔王は確かにトッシュに眠る才覚を見込んでの打算の上での救出であったが、意外なことに魔王軍への参加を強制することはなかった。まぁ事情を説明すれば自分からそうなるだろうと考えてのことだったかもしれないが、選択の自由は与えられていたのだ。
「はぁ、まぁいいわ。アンタの気持ちもわからないわけじゃない。原因は私だしね、一緒に背負っていかなきゃね、アンタのやらかした罪は」
「お姉さまってほんとかわいいですわね」
「その感想おかしくないかしらね…」
「んじゃアンタが今まで何してたか聞かせてもらえるかいジャスティス」
「…」
グレゴリオの言っていたジャスティスが生きているという言葉。その言葉にはグレゴリオの組織がジャスティスを今でも捕えている、そういうニュアンスであった。今彼女はなぜ自由にしているのか。罠の可能性もあるが、それでもジャスティスの話を聞きたい。
「最近なんだよね。記憶が戻ったの」
「それはいつごろ?」
「…トッシュ、アンタが魔王軍として王国首都トーマスを攻め落としたと聞いたあとさ。委員会…アタシがいた組織。私はそこで次の勇者として育てられていた。私の4人の先輩たちをファーストロット、私はセカンドロットて呼ばれてた。私も勇者ジャスティスの娘ってことになってたけど、まさか自分自身だったなんてね」
・
・
・
「つまり、俺らは捨て駒。王さまからは期待されてないのさ」
どことも知れぬ場所で眼帯を付けた少年は、自らと同じ顔を持つ2人の少年に話す。1人は納得がいかない様子で疑問を呈する。
「ちょっと待て、君の話が本当だという証拠はあるのですか?赤い衝撃だけでなく、僕らまでそうだなんて」
もう1人はすんなりと受け入れてくれた様子だ。
「俺は信じるぜ、お前が来てくれなかったらずっとあの空間で一生チーズケーキ食えないまま死ぬしかなかったからな。俺たちを騙そうとするよりそのまま放置してた方が確実に一番になれるだろうし。お前だって生き埋めになってたのを助けてもらったんだしさ」
東方不敗と蜂王、彼らはこの眼帯の少年に救われ、彼の作り出した空間にかくまわれていた。彼は委員会の謀略を知っていた。
「委員会はセカンドロットを次代の勇者として見ている。」
「じゃああの聖女は何なんですか?何のために連れてきたと?」
「俺たちの中から魔王を討伐した者への景品としてモチベ上げに使う以外、何か目的があるということかい?」
「それが何かはまだわからんが、間違いないだろう」
「…いいでしょう、ファーストロットで最も期待されていた貴方…流星がそう言うのです。ただし、貴方の話が嘘だったら覚悟をしておいてください」
「で、どうするんだ?とりあえず魔王をやっつけることには間違いないんだろ?」
「あぁ。ただ委員会の言う通りに動けばいつか死ぬ。お前たちの戦死は王様にすでに報告しているから死んだものとして潜伏をしておいてくれ。指示は追って出す」
そして3人は現実空間へと戻る。流星はすでに姿は無く、その場には東方不敗と蜂王だけが残っていた。
「潜伏ねぇ、どうすればいいんだろうか?」
「さぁ…はっきり言って僕らは生活能力がありませんからね。とりあえずは傭兵でもやりますか?」
「そうだな、俺たちにできることは戦いくらいだし。じゃあ傭兵になる手続きをしようか、教えてれ」
「…どうやれば傭兵になれるんでしょう?」
「…」
「…」
「どうしよう?」
・
・
・
「私が思い出した記憶は、委員会にさらわれて、そこでアイツを見た。そこまでさ。」
「アイツ?」
サンとマユが同時に尋ね、ジャスティスが答える。
「…グランガイザス」
「!」
かつて世界を支配するために魔界から襲来した先代の魔王。18年前に勇者ジャスティスが討伐したはずの悪しき生物。
「正確には首だけね。意識もなさそうだった。消滅したはずなのになんで首だけ残ってたのかわからないけど。それを見てからは覚えてない。知らない間に私の子供が何人もいるなんてひどい話だよ。しかも相手はあのグレゴリオときたもんだ」
ジャスティスは自分の前にサンが勇者の母として選ばれ、そして辱められたことを知らない様子だった。知っていたら同じ陵辱を受けたサンに対してノーリアクションすぎる。
「それまでの私の記憶は…勇者の子としていろいろ訓練されてたってくらいしか言うことが無いのよね」
「なぁ、ジャスティス。アンタのその体は自分の身体なのか?娘の身体を乗っ取った…とかじゃなくて?」
「…これは自分の身体だよ。体の形が全く同じなんだ。7歳の頃に受けた傷も残っているし」
「時間魔術…か?」
「たぶんね。何のためにそんなことをしたのやら」
「きっとお姉さまにまた子供を産ませるつもりですわ!許すまじグランガイザス!はやくぶっ殺しましょう!」
いや、冗談ではなくその可能性は十分にあるかもしれない。意識を取り戻した魔王が勇者との間に子を作れば、それは光と闇を備えた最強の生物と成りえるかもしれない。しかし勇者は母となるには時間が経ちすぎている。もしかしたら幾度もの出産の影響で妊娠することができなくなったのかもしれない。そのための時間逆行だろうか。
「じゃあなんで最初からそうしなかったのかしら?」
「たぶんできなかったんじゃないかな。ずっと意識なさそうだったし。意識を取り戻したのはわりと最近みたいだし」
カサカサ…
「!」
「…へぇ、トッシュあんた気付いたのね。なかなかやるじゃない」
「え?なんですの?」
「…追っ手かい?」
一人、何者かがこのマユの巣に接近してきている。迷うことなくまっすぐ駆け足で向かってくるこの気配は目的が確実にここにあると確信している足取り。追手だろう。つまりジャスティスは委員会から逃げ出してきたということか。
「II、そこにいるのはわかっている。すぐに出て来るように」
家の中に聞こえるように大きな声で元気よく語り掛ける追手。IIが委員会でのジャスティス(幼)の名前だろうか。
「あちゃあ、流星かぁ。これはめんどうだわね」