18話 沈降、地へと沈む復讐の心
「グレゴリオ…!」
「…」
二人のサンはその男を忘れるはずがない。自分と、慕うジャスティスを陵辱した男。その果てにジャスティスに産ませた少年に対してはそこまで憎しみはなかったが、その元凶グレゴリオは別だ。その元凶、悪意の源。
(こいつが…!)
そしてトッシュも。そもそもは母の仇討ちのために参加した魔王軍地上侵略計画。仇の二人目、国王他勇者量産計画を立てた者、賛同した者はいるだろうが、話を聞くにこのグレゴリオは直接手を下した最も許せぬ存在。その子供たちは、その象徴なのは間違いないのだが、子は親を選べるものではない。彼らもまたある意味被害者ではある。憎むべきは生まれた子ではなく産ませた父親。
「そう、英雄グレゴリオだよ!さー一緒に行こうねサンちゃ…ん」
一歩前に出てグレゴリオと聖少女サンの間に割り込む女性、かつての聖少女。その顔に刻まれた年月を示す皺は、それでもその女性の美しさを損なうことはなかった。
「…今の君には興味ないんだがね。そんなに忘れられないのかな?」
「そりゃ今でも忘れられなねぇ、いまだに夢に出て来るし今晩は最悪の夢を見そうだよ。…ジャスティスは生きてんのかい?」
サンが今最も気になること。それはジャスティスが今も健在なのかどうか。トッシュも勇者量産計画の話を聞いたときから気になっていたこと。今も生きているかもしれない。今でも…。
…
…
…産む機械をやらされているのかもしれない。
「さぁ?気になるなら一緒に来るといい。その後ろのかわいい子も一緒にな」
「誰が行くもんかね。テメェはここで死ね」
「そうかい、蜂王、邪魔者をやってしまいなさい。俺はサンを連れて帰るから」
「…承知」
蜂王と呼ばれた少年が剣を構える。トッシュはその剣が自分に向いているのだが、意識が完全にグレゴリオの方に向いている。探し求めていた仇の一人。何としてもこの場で殺さなくては。
「よそ見していて余裕ですね」
そのため蜂王の接近を無防備に許してしまった。その毒剣に斬られたらどうなるか。悪ければ死、良くても行動不能に陥りグレゴリオを取り逃がすどころかサンも攫われてしまう。
だからトッシュは備えていた。自分に接近する者があれば自動で発動するそれを。ジャスティスリアクティブアーマー。外部からの攻撃にリアクションを示す右腕の装甲。トッシュのライトアームライトニングは外敵の接近に反応、貯め込んでいる光のパワーを全て放出!それは眩い閃光と強烈な爆発を起こし蜂王を吹き飛ばした!勢いよく弾き飛ばされ、岩壁に叩きつけられ、蜂王は崩れた崖に生き埋めになってしまう。
「な…!蜂王が一瞬で…!?」
後ろに吹き飛ばされた蜂王を見てグレゴリオは焦る。この魔王軍不死の軍団長となったジャスティスの長男は、勇者の子達で一番微妙と評価されている赤い衝撃に敗北、良くて引き分けた程度の強さだというのに、蜂王をこうまで圧倒するのはおかしいと。
「よそ見してて余裕だな」
グレゴリオに接近したトッシュは、一思いに殺す…ようなことはしない。これは油断でも余裕でもない。復讐するなら、まずは後悔させなければならない。たとえ全エネルギーを放出したことで右腕の聖拳が消えていようとも。
ガバっと振り返り身構えるグレゴリオ。いかに英雄と称えられた強者であろうともはやロートル、全盛期を超えた肉体では蜂王よりも強さは下回る。こんなときだというのに東方不敗は一体どこにいったのか。
「くくく…くそ!ジャスティスは生きているぞ!ジャスティスに会いたければ案内してやるぞ!」
トッシュは全神経を目の前のグレゴリオに集中している。そのため範囲は目の前のその男のみであるが、おかげでその男の心の揺れる様までも察知することができる。どうやら命を惜しむグレゴリオは心の底からそう思っているようだ。これは良い情報だ。
「そうか…生きているんだな」
「あぁ…そうだ!だから…」
「それだけ聞ければ十分だ」
「え…」
助かるかもしれないと匂わせたところで、じっくりと殺す。これが復讐の醍醐味。助かりたいとそう強く願っていたグレゴリオの心情は、本当にいい情報だった。おかげで気持ちのいい復讐ができる。
「ひぃ…」
グレゴリオの足元がぬかるみ、ずるずると体が引きずりこまれる。今日覚えたばっかりの八卦・地の技。この禁戒山に走る霊脈にアクセスし、大地を操作する技。すでにトッシュの中の闘気はすっからかんだが、この外気を使う技なら問題ない。本当に便利な技だ。
「た…たすけて…!」
腰までつかったグレゴリオは泳いで這い上がろうとするが泳ごうと移動すると同時に沼も合わせて移動するため無理である。あたりを見渡し、グレゴリオは昔自分が犯した女性と目が合う。
「サン…!助けて!もう昔のことだから水に流して!ジャスティスに会わせてあげるから助けて!」
聖少女サンは自分ではなく、その30代くらいの女性を【サン】とグレゴリオが呼んだことでその女性が何者なのかを察した。目の前に立っている未来の自分は、やはり自分を汚したその男を今でも許していない。冷めた目で沈みゆくグレゴリオを見つめるだけだった。その口元にはうっすらと笑みを浮かべて。
「あぶぶ…やめて…死んじゃう…本当に死んじゃ…」
最後には頭も完全に沈み、片腕が沼から生えているだけとなる。
「なぁ、一回引き上げて助かったと思わせてまた沈める?」
「助かったと思わせるのもいやだねぇ、そのまま死なせておきな」
「あいよ」
トッシュは腕まで完全に沈み切ったところで地面の上部のみを固める。内部はまだぬかるんだまま、自然に固まるのを待つ。下手に固めるともしかしたら飛び出してくるかもしれないから。
「あの…貴方は…ボク…なんですよね…?」
おそるおそるサンがマユに声をかける。自分は将来こんなかっこい女性になるんだなとうれしい気持ちがある。それを確かめたくて。
「あぁ、そうさね。苦労したんだかんね」
「アハハ、ですよね…」
マユは脱出後一人で八卦の洞窟寺院まで落ち延び、洞窟寺院の襲撃も一人で生き残り一人で逃げ延び一人で生きてきた。トッシュに助けてもらったサンに対して嫉妬する気持ちは否定しきれない。
「残念なことにねぇ。時間の経過って怖いよね」
茶々を入れるトッシュの首にマユの腕が伸びてくる。
「ぐええ…ギブ、ギブ」
「全くトシくんは女の子の扱いがわかってないね」
「しょうがないさね、こいつはずっと魔界で育ってきたらしいしね」
「えー、なんでなんで?興味あるなぁ」
「じゃあアタシの泊まってる宿に行こうかね。そこでじっくり話すとしよう」
「話す前にこの手を離して…」
三人は宿へと脚を向ける。少し遡って、王都トーマスに集まった魔王軍幹部たちの会議の様子は。
「さて、魔王様からの緊急招集なわけだが…なぜイクスシェイドとアーウィンがいないので?」
フォーゲルが疑問を呈する。自分は王国北の都市キエル市に出現したと噂される英雄との戦いの準備を切り上げてやってきたというのに。前回のトッシュのように先走っているのだろうか。魔王様もそこんとこ勝手なところがあるから。
「うむ。フォーゲルの言うことは尤もだ。魔王様、どういうことでしょうか?」
幹部を束ねる中間管理職サガもその事情は知らない。故に魔王イクスに尋ねるしかない。
「…フォーゲルとアーウィンはちょど現場にいたのでな、調査をしてもらっている…」
魔王イクスの言葉でアーウィンの代理で会議に出席しているカークスはどこか安堵した。魔王イクス様はまだアーウィンを見捨てたわけではない、と。
「ヒヒヒ、イクス様。此度の会議は…やはりあの大魔術でしょう?」
「さすがはパルパレオス…その通りだ」
パルパレオスの言葉で会議の目的が判明する。しかしその大魔術を察知している幹部は他には誰もいなかった。
「大魔術…?悪いが俺は魔術に疎くてわからないが…」
クロホーンは肉体派なので魔術には詳しくない。というより魔王軍は割と脳筋と呼ばれるような連中が多い。
「大魔術が理由として、それは一体どういうものなのでして?それは会議するほどのものなんですかねぇ?」
団長代理として出席しているギャミは率直な疑問を投げかける。
「…ふむ。パルパレオスよ、貴様なら察しは付いているのだろう?」
魔王イクスがその疑問に対する答えをパルパレオスにゆだねる。パルパレオスは魔王軍で唯一魔術に長ける存在。だからこそ、魔王イクスの意図も推測できた。
「えぇ…おそらくはあの大魔術は大時間魔術。世界を改変するほどの大魔術。そしてそれを現在行使できる存在は…おりますまい」
「えぇ…魔王様でもできないのですか?」
「クロホーン、失礼だぞ」
「ハッ!申し訳ありませぬ魔王様」
「かまわぬ。それになフォーゲル、クロホーンの言ったことに間違いはない。余にもできぬことはあるのだ。お前たちにも得手不得手があるようにな」
得手不得手。魔王イクスが集めた魔神たちは、各々が得意とする分野では比類なき強さを発揮する。しかし彼らは先代の魔王には認められなかった者たち。産まれと、そして魔力から。先代の魔王は魔族の評価する点として魔力を優先していた。故に、高貴な家であり、強靭な肉体を持ちながらも、魔力を持たぬサガは評価されることはなかった。
「ヒヒヒ。そしてその大時間魔術を執り行った者の魔力の残滓から推測もできております。やはりあの魔術を現在行使できる者はおりませんでした」
「ちょっと待ってください!いないって、魔術は発動してるんでしょう!」
「ヒ、ヒ…吠えるなギャミ…面白いのはここからじゃ」
「もったいぶるなパルパレオス。結論を述べよ」
「これは申し訳ありませんサガ様。そう、現在いない者が行使しているのです!そして過去その魔術を行使できる魔力を持っていた者!今回の魔力の残滓とデータに残るその者の魔力が9割以上一致しているのです!そう!」
息をのむ幹部たちに告げられる結論。幹部たちが憎むその者の名前。
「グランガイザス!我らの怨敵!先代の魔王!」