86話 秘宝、無限の心臓⑤
(おいラン、起きろラン…だめか、毒かこれ)
(あへ…)
ランが持つスクラムハルバードの中にいる三騎士筆頭のピクシーが持ち主のランに呼びかけるが、ランは全身の脱力によりもう何もできない状況である。頭の中がぐるぐるしている状況、筋力だけでなく思考力も奪われる毒物なのだろう。
(是非もなし…セッ!ミー!アッ!)
ピクシーの意思に応え、スクラムハルバードがブリガンディモードに変形、ランの全身をハイパーチタニウム合金のアーマーが包み込む。このアーマーがピクシーの意思に従い動くことで、ランがピクシーの動きをトレースする。表情筋までは作用しないため表情はアヘったままであるが。
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「アタシのとっておきを見せて…!?」
鎧がランを操っているなどとは露知らず、カズミはさらに強力な、とっておきの毒物を仕込んだマイクロモスキートドローンを起動させようとするその瞬間だった。
バン!と勢いよく開く扉。3人の乱入者だ。そのうち一人はよく知った顔である。
「ザグマー…!本当に裏切ったのね…!」
「カズミ!貴様の狼藉もここまでだ!」
「うるさい!」
カズミは咄嗟にマイクロモスキートドローンを3人の乱入者に差し向ける。どいつもこいつもかわいい顔してるのにカズミの邪魔をするのが本当にいやらしい。その中でも特に若くてかわいい顔をした少年…天才少年ビィが、生活魔術の扇風気術でドローンを吹き飛ばす。吹き飛ばすというほどの風力は無いのだが、小さいドローンに対してはこの夏場のお風呂上りに気持ちいい風を浴びせる程度の術でも十分追い払えるのだ。
「ちっ、妖術!」
形勢の不利を悟ったカズミは、窓からお外に飛び出す。散らばるガラス、常人ならば肉体がズタズタになるところだが、腐っても四天王。いかに技術畑出身と言えども肉体もその辺の一般人よりはるかに強いのだ。
「落ちた!」
伊集院がびっくりしたその直後、見たことのない物体が窓の外に浮かび上がってくる。それはカズミが移動に用いたホバードローン。人一人を乗せて空を移動する未来の乗り物だ。乗り物が大好きな伊集院はそれをすごく欲しいと思った。
「アナタも必ずワタシの物にしてやるんだからね!覚えてなさい!」
捨て台詞と共に空へと去っていくカズミ。追いたいところだが、なにせここにいる4人は全員魔術が不得手である。
「伊集院さん、とりあえず彼の治療を」
「あ、おお」
ビィに促され、伊集院が現金魔術により筋弛緩剤を解毒する。さらに減る貯金残高。どうせ不死身なんだし放っておいても良かったんじゃないかなと思う伊集院に、ザグマーが話しかける。
「伊集院、マッハソニックを呼ぶぞ」
「…ええ?だってアイツ逃げたけど…」
「ふむ、万が一を考えて治療を優先したけど、正解だったんですねザグマーさん」
「うん…カズミはすぐ来る。性格悪いからアイツ」
ザグマーは元宇宙海賊四天王、カズミの同僚である。故に彼女の性格から次の策を予想する。次はきっと、騒ぎを起こすに違いない。王都に侵入させている思考統領・電磁波攻撃などを行う下級ソルジャーたちを先導し、さらには本船にある巨大ロボットを呼ぶことだってありえる。もしそうなれば…。
「けど、マッハソニックのエネルギー問題は解決してないぞ。ここに来るだけでガス欠だ…。ぶっつけ本番でやるのか?」
「そうするしかないね。ビィくん、ランくんの様子は?」
「意識は戻ってますよ。ですよね?」
「う、うん…よくわからないけど、ぶっつけ本番で何をやればいいん?」
「それは…」
「キャー!」
ザグマーが説明しようとしたとき、城下がにわかに騒ぎ出す。女性の悲鳴を皮切りに多くの阿鼻叫喚の声が城下を埋め尽くす。
「まじで来たか!ザグマー、マッハソニックの前にまずはあれを処理しないと」
「だね、ランくんも手伝ってくれるよね?王都の危機だ」
「よくわからんけど…説明しながらでオナシャスよ」