86話 秘宝、無限の心臓①
「んー…」
眠る少年が起床する。その眠りを妨げる尿意に抗えず、起き上がった少年の見た景色は、いつか見た石の壁。ここは魔王イクスが居城、トーマ王国の主城、通称魔王城である。
「おはよう」
その傍らから聞こえる声は、母の声。勇者ジャスティスが息子の傍に付き添っていた。
「…うん」
トッシュは通常時の血圧は上が100前後である。故に起きるのが苦手だ。起床直後はIQも低下がみられる。推定IQ84である。覚醒が進むにあたり、IQは上昇し、数分でほぼ3桁まで回復。それでも抗えぬ眠気から、ぼーっとした感じでジャスティスに話す。
「…どうなったん?あれ」
「学校の騒ぎ?」
「うんー」
「…いずれ知ることだろうから、今言っておくわね。あれは宇宙海賊。地球の宝を狙う侵略者よ」
「宇宙海賊…?」
魔王軍は宇宙海賊を秘密裏に処理する予定であったが、さすがに騒ぎが大きくなりすぎたため、もはや隠すことはできないと判断し、魔王イクスの名の元、宇宙海賊の存在が王国全土に公表されることとなった。それから各地で起きていた思考盗聴、電磁波攻撃、集団ストーカーといった被害が宇宙海賊によるものだとわかった王国民は、助けてー!集団ストーカーに襲われてまーす!とそれはもう大騒ぎである。
「…というわけよ」
宇宙海賊について簡単に説明を受けたトッシュは、意外と宇宙海賊はアホなんだなと思わざるを得ない。最高幹部の四天王がいきなり二人裏切ってしかもそのうち一人は猫好きが理由で、今回の学校襲撃したテロリストを連れてきた四天王は偏差値をなんか貴重な品物と勘違いして盗もうとするわなわけで。
「そんなショボイ連中さっさと滅ぼせばいいじゃん」
「でもね、被害は出てるのよ。流星は宇宙海賊に囚われの身になって…邪聖拳ネクロマンサー…マーサ先生ね、彼女は学校の上空で四天王と一緒に爆発したわ」
「…は!?」
さらりと告げられる、マーサ先生、もう1人の勇者ジャスティスの死。あの魔王グランガイザスすらも寄せ付けない威力をもったあの伝説そのままの勇者が、いや、そうじゃない。死んだと思っていたけど生きていた母が…いなくなった。
その反応にジャスティスの心が痛む。ジャスティス・コピーとして生み出されたジャスティスの紛い物にすぎない自分ではトッシュの母と胸を張って言えないという後ろめたさ。少し前に遭ったフィリップ伯との会話をジャスティスは思い出す。
『偽物…か。私個人の考えだが、多分、君が記憶を一部失っているのも何か意味があると思うんだ。封印される自分に変わって君にトシくんを守護ってもらおうとしたんじゃないか…ってね』
ジャスティスを人知れず解放したフィリップ伯すらも、もう1人、10数年前から時間停止の封印を受けていたオリジナルジャスティスの存在は知らなかった。これはあくまでもフィリップの推論である。そしてその真意を確認する術はもうない。
「おい…じゃあマーサ先生は…偏差値を物か何かと勘違いしたアホと相打ちになったってことかよ…」
「そうなるね」
最早復讐のことを忘れていたトッシュの心を、再び漆黒が染めていく。
「ジャスティス…宇宙海賊は俺が潰…」
「ダメ」
「…なんでだよ」
「アンタはイクスさんから命令があるでしょ。あの学校の生徒と絆しなさいって」
「けどよ」
「ダメ」
「…あっそ、寝る」
ふてくされたように布団にもぐるトッシュ。どうせ何を言っても聞き入れられないと早々に判断し、寝ながら今後を考える。
(どうせ何を言っても聞いてくれないんだろうさ。ならなんとか出し抜いて潰しに行くまでだ)
トッシュを守護るため、宇宙海賊の危険から遠ざけるべく突き放すジャスティス。トッシュがそんな簡単に言うことを聞くとは思えないと理解している。
(どうせ何を言っても聞いてくれないんだろうさ。1人で出し抜いて行くつもりだってわかってんだからね)