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復讐、始めました。  作者: 中島(大)
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16話 非道、勇者量産計画

『勇者量産計画』


 魔王に蹂躙された王国が秘密裏に立ち上げた計画。来たる新たな魔王に備え、未来を守る勇者を前もって備える正義ジャスティス計画プロジェクト。王国秘密機関七人委員会が推し進めるその計画は、至極単純なものである。勇者の子を増やし、鍛える、というものだ。


 僧侶サンはその母体として囚われていた。魔王を討伐してから勇者ジャスティスは姿を消した。王国はジャスティスを探すが足取りは全く掴めない。予備計画として母体に選ばれたのがかつての勇者の仲間であるサンであり、種付けするのは同じく勇者の仲間であった戦士グレゴリオ。勇者と並ぶ英雄たちの子ならば勇者に負けない力を持つだろう、と。


「ブヘヘ、本当は勇者ジャスティスとヤりたかったんだけどよ…わりぃな、サン。あいつが消えたからお前が俺の子を産むんだよ」


 サンはまだ子を産むには若い。母体に危険が及ばないように出産は4年後と計画された。今すぐは孕めないが、孕ませないのならば他は自由にしていいという委員会の判断により、サンはグレゴリオにより汚されてしまった。


「今のうちに慣れとこうぜぇ」


 少女の上で上下する男の肉体。自由もなく欲望に貫かれる絶望の日々。そんな彼女を救ったのは教会から抜け出した一人の僧兵だった。


「教会は貴方を王国に売り渡した…!八卦衆を訪ねなさい!王国も教会も貴方の敵です!」


 彼はサンを逃がすためにグレゴリオに立ち向かう。彼はどうなっただろうか。生きていればいいのだが。しかし心配する余裕は今のサンにはない。ずっと走ってひどく疲れた。逃げ出した先はちょうど禁戒山の近場。ここには八卦衆の拠点があることを知っている。ここの長老とは顔見知りだ。ただ、今は山を登る体力もない。ちょうど見つけた洞穴で休むことにしよう。明日になったら八卦衆に助力を願い出る。八卦衆ならば王国も教会も簡単には手出しできないはずだ。あぁ、久しぶりにゆっくり眠れる。目覚めたときにあの男がここに居ないことを祈ろう。できるならば、勇者ジャスティスが、憧れたお姉さまが隣にいてくれたら良いのになと夢に思い、少女は眠りについた。

 ・

 ・

 ・

「なんということだ…非道すぎる!サン、とにかく今はゆっくり休みなさい。追っ手は追い払っておくからの」

「ありがとう…ございます…」


 サンがその身に受けた非道ジャスティス計画プロジェクトの日々を語るうちに、彼女は涙が溢れていた。かける言葉もない。勇者量産計画。少女が受けた凄惨な経験。もしかしたら、トッシュの母ジャスティスも…。


「たのもー!」


 突如、洞窟寺院の入り口から響く男の声。トッシュは咄嗟に探知を広げる。他のことに集中するとつい忘れてしまうのは仕方のないことだ。24時間ずっと意識を張るようなことはさすがに無理である。


「ひっ…グレゴリオ…」


 サンの様子からこの声の主が間違いなく追っ手だとわかる。長老はサンとトッシュにここで待つようにと告げ表へと向かった。


「吾輩は王国騎士団に属する百人隊長のグレゴリオである!この寺院に一人の罪人が逃げたのはわかっている!すぐに出したまえ!」

「はて、何のことでしょうかの?全く心当たりがありませんのう」


 トッシュはグレゴリオが乗り出してこないか警戒し臨戦態勢に入る。その瞬間、視界にノイズが奔った。


「え?なんだこれ?」

「トシくん…?」


 次の瞬間、トッシュの目前に倒れている人影。先ほどまで見た顔。洞窟寺院長老である。トッシュはすぐさま長老のもとへと向かう


「長老!」

「おぉ…おぬしはトッシュくんか。半年ぶりじゃのう」


 トッシュにしてみれば1分ぶりくらいなのだが。半年も時間が飛んだということだろうか。トッシュは訳が分からず長老に尋ねる。


「王国じゃ…サンを狙って襲撃してきたのじゃ…」

「なにィ…!」


 そして長老の私室に飛び込んでくる人影。それはやはり先ほど見た顔。聖女サンの姿であった。


「長老!…え、トシくん!?まさかトシくんが!」

「違うって!長老!」

「わかっておる…。ワシに触れている君の心がの…。これは奇跡という奴なんじゃろうな。サン、トッシュくんと一緒に逃げるんじゃ」

「逃げるって…もう無理です…ごめんなさい、ボクのせいで…」


 ドタドタと足音が近づいてくる。気配察知を広げるまでもなく蹂躙者がこの部屋に迫っているのがわかる。


「サン、脱出しよう」

「いいよもう…ボクはここで死ぬ。あんな目にまた合うくらいなら…みんなと一緒に死ぬよ」

「ダメじゃ、サン。ワシらはお主のせいで死ぬ。それはの、お主を助けるためじゃ。そこに責任を感じているのなら絶対に生きて逃げ延びて…幸せにならねばならん…」


 バタン!と強引に扉が開けられ、3人の山賊がそこにいた。長老は王国だと言っていた。山賊に偽装しているか、利用したか。いずれにせよこの程度は敵ではない。八卦衆たる武の一門が蹂躙されているのだ、きっと強者もいるのだろう。


「ブヘヘ、いたぜサンちゃんだ!」

「見つけた奴は好きにしていいって話だったなあ!」

「ひょー!憧れの聖女とやれるなんてたまんねぇ!中古なのが残念だけどよぉ!」


 好き好きに語る3人の暴漢に長老は立ちはだかる。明らかに重症を負っているがそれでもモブなんぞに負けはしない。一瞬で3人を打倒した。


「さぁ行け、サンを頼んだぞトッシュくん」

「…行くぞサン」


 大地の霊脈にアクセスし地面へと潜り寺院の外を目指す。ちょうど外に出てきた瞬間、矢がサンへと飛んできた


「まずい!」


 トッシュは咄嗟にサンの前に出る。矢の威力とはすごいものでトッシュの腹を貫くだけでなく、トッシュをさらに押し出しサンの肩も貫く。そのままそしてトッシュの視界にまたもノイズが奔る。


「いてぇ!」

「おや、おかえり」


 またも場面が転換し、トッシュは仰向けに倒れ込む。サンを下敷きにしないように踏ん張った結果である。そしてトッシュの目の前にはいつの間にかアラサー女子のマユがそこにた。さらにトッシュの背中にのしかかる軽い重し。


「ん?」


 トッシュの背中にはサンが意識を失ってのしかかっていた。サンの肩からは矢が飛び出している。トッシュが連れてきた少女を治療しようとマユが近づいたとき、その顔が見えた。


「この子…昔のアタシじゃん。やっぱかわいかったなぁ昔のアタシ」


 マユの口から少女が誰なのか語られる。それはトッシュの推察通り、マユがかつてサンだったことを示すもの。時の経過とは非情な物である。かわいかったんだなぁ、と。


「あー、やっぱそうなんだ」


 今一緒にいる少女サンを見たマユの反応から自身の推測が当たっていたことを理解する。ただなぜ同じ人物がここに二人揃っているかはわからない。今いるこの場所が過去の世界か現代なのかもすらまだわからない。


「そうさね。ところでどっから連れてきたんだい?早く帰してきなさい」

「そう言われても…この子が家なき子なのは自分が一番知ってるでしょうが」


 気を失っているサンの治療をしながらマユは話を続ける。


「そうさねぇ、その恰好はこの寺院の襲撃直後ってとこかね」


 マユが指をさすのは洞窟寺院跡。トッシュが先ほどまでいた洞窟寺院と比較すると入り口前は荒れ放題、人の気配は全く存在しない変わり果てた様相だ。おそらく10年以上は経過していると思われる。


「なるほど…で、何で俺は過去に行ったのかわかる?」

「んー、わからんねぇ」

「ならば教えてあげましょう。僕はやさしいからね。なぁに礼はそこの女の子を寄越してくれればそれでいいですとも」


 トッシュとマユの耳にふと届く声。トッシュは自らの警戒網に一切の反応なく出現したその声の主の方へ視線を向ける。そこには知った顔があった。


「おまえ…アル?」

 ・

 ・

 ・

「王さまー戻ったぞー」

「ふむ、お帰りなさいだ東方不敗ロードゼファー。朗報だぞ、大時間魔術が成功した」

「えー、もう何年も成功しなかったあの大時間魔術が成功したんですかー?」

「そう、あの大時間魔術だ。おかげでこの時代に連れてこれた。今蜂王(ザ・ビー)が迎えに行っている」


 東方不敗は影に覆われ顔すらも見えないその者を王さまと呼ぶ。そしてその脇に立つ筋肉質ないかにも側近的な男も、東方不敗へと語り掛ける。


「まぁそういうことだ。魔王へのカチコミは一旦中止して聖女のお迎えに行くぞ。お前も一緒に来い」

「えー、グレゴリオと二人きりかよ…嫌だなぁ」

「仮にも父親だぞいい加減もうちょっと呼び方をだな…まぁいい、王様、そゆわけで行ってきますぜ」


 出立するグレゴリオと東方不敗に王さまは念のために注意を呼び掛ける。


「あの母体はまだ幼いからな…おいたはダメだぞ」

 ・

 ・

 ・

「おいマユさん、あの子アンタをご指名みたいですぜ」

「もーしょうがいななぁこの子は。お姉さんにそんなに可愛がられたいのかい?」


 突如現れたアルとそっくりな少年は、あくまでそっくりなだけだとトッシュは瞬時に理解する。トッシュの闘気網を改めて広げることでこの少年が別人だとすぐにわかったのだ。そして少年がマユを指名したので少年のもとへと向かわせる。


「違う…いらない…あんたじゃない…」


 迫り来るマユに少年は小刻みに震えながら首を振り拒絶する。


「女の子はいくつになっても女の子なんだぞー」


 トッシュはサンとマユに言われたことを少年に投げかける。もろちん棒読みで。

 ・ 

 ・

 ・

「若…一体どこに…」


 軍団長アーウィンが地割れに飲み込まれ必死の捜索を続けるニンジャたち。アーウィンが呑み込まれた地点は八卦の技ですでに掘り起こしているが、そこにアーウィンの姿は無く、それどころか痕跡すらも見つからない。


「カークス…すぐに戻れ」


 アーウィンの副官、八卦の技のうち二つを極めた男の名を呼ぶ声。この感情が籠らない喋り方でかつ彼を呼び捨てにする者は一人しかいない。


「イクスシェイド様…それはできませんぜ。若を早く見つけねばならんのです」

「全てわかっている…それも含めてサガから貴様らに重大な話があるのだ。貴様は新たなニンジャ軍団長として団長会議に出なければならん」

「団長だと!?団長代理でしょうそこは!」


 まるでアーウィンがもうこの世にいないかのような口ぶりにカークスは激高する。たとえ相手が魔王軍幹部であろうとも、はいそうですかと主を見捨てるわけにはいかない。まるで今にも噛みついてきそうなカークスへイクスシェイドは非情な現実を告げる。


「そうだ、もうこの世にアーウィンは存在していない」

「何を証拠に!」


 そう言いながらもカークスは知っている。イクスシェイドが探知の達人だということを。超長距離の追跡こそパルパレオスに譲るが近中距離の気配察知においては敵うものはいない。今朝もイクスシェイドの距離に近寄らずに追跡していたのだから。どうやらそれも気付かれていたようだが。


「それをサガから説明をすると言った…。先ほどアーウィンが開いたゲートを再起動した…すぐに行け」

「…わかりました…アンタは戻らないんで?」

「念のためアーウィンの捜索を続ける…それとトッシュのこともあるからな」

「…詳しく話を聞いている時間はないんですね?」

「そうだ…行け」


 カークスたちは門へと向かう。イクスシェイドは闇の闘気を広げ近辺を探る。さきほどより範囲を狭めることでより正確に周囲の状況が察知できる。今しがたそこの岩陰でカエルがオサムシを捕食し、その傍に流れる清流でトビゲラが泳いでいる。地中では掘り進むミミズが同じく地中にあるセミの幼虫の部屋へとうっかり入ってしまい気まずい空気を作っている。そんな小さいことまでわかるが、アーウインの所在は不明だ。やはり魔王イクスの言っていた不安が的中したようだ。

 ・

 ・

 ・

 周囲が騒がしい。まるで夜の街で酔っ払いがケンカでもしているかのような騒がしさだ。…いや、当然だ。自分はつい今まで襲撃を受けていた。世話になった僧兵たちが奮闘するも一人また一人と倒れていく。寺院に侵入した賊はまるで山賊か盗賊かのような姿だったが、中身は明らかにそれとは別物、鍛錬されたつわものわざだった。狙いは自分なのは明らかだった。最初に捕まえた奴は自由にしていいって言われてんだぜ~と不快な笑みを浮かべながら笑う賊の言葉。そいつはこの半年間練習した八卦・雷の業で斃したが、それでも次々とやってくる男たち。またあんな目に合うくらいなら…。


「死んでやる!」


 ハッと目を覚ましたサンは、先ほどとは明らかに一変した周囲の状況が理解できない。あの強烈な血の臭い男の臭いも一切なく、むしろ周囲に漂うのは木々や土といった風が運ぶ自然の香り。そして視界に入る戦う人影。その一人はトッシュ。そして見知らぬ少年と、年配の女性だ。どうやら少年を二人がかりでいじめているようだ。


「トシくん!」


 咄嗟に止めようとサンは叫ぶ。その声に気が逸れたトッシュを少年が蹴り飛ばした。


「ぬっ…!」


 さらにマユの拳を交し、少年はふわりと飛び上がりサンの目前へと降り立つ。


「おはよう、サンちゃん。迎えに来たヨ」

「え…?」


 トッシュとマユは後ろから少年をぶっ飛ばそうと迫る。その動きを察知して少年は最後飛び上がり3人から距離をとる。


「ふう、彼女も起きたようだし説明しましょうかね。そういう約束でしたし」


 そして、教えた礼にサンを連れていく。少年はそう言っていた。


「それはそっちが勝手に喋るだけさね、この美少女は渡さないよ」

「そーだそーだ!」

「そうですか、まぁ聞かせてあげますよ。彼女にも聞かせてあげなきゃいけませんからね」


 少年はサンを見る。聞いていた通り美しい少女だ。既に傷物ではあるが、傷物にしたのが自分の父親ではあるが、そんなことを一切気にさせない素敵な少女。炎の様な赤い髪は太陽の陽を受け本当に燃えているかのような輝きを見せる。燃えるような髪とは反対に、青く澄んだ瞳はどこか暗く、少女が背負う悲しみを感じさせる。その光を完全に消したらきっともっと美しいと、少年は下卑た情熱に股間が熱くなる。


「何…?ここはどこなの!?一体何をしたいの!」


 サンは少年が自分を狙ってきたことを理解する。彼もまた先ほどの襲撃者の一味かもしれない。トッシュに救われここまで連れてきてもらったのだが、時が経ってもまだ追跡の手が緩まないのか、と。


「第三次…勇者量産計画。僕のお嫁さんになってもらいますよ」

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