83話 強盗、狙われた黒森峰①
(逃げろって言われても…大丈夫なのかな)
キキはマッハ丸の背中の勝手口からすこしだけ頭を出して伊集院の様子を見ている。伊集院が右手に巻きつけたチェーンの、余った部分がヒュンヒュンを回している。ムチのようにあれを叩きつけたらきっとミミズ腫れしちゃうだろう凶器だが、相手の情報が何もない。情報というのは何よりも勝る武器であり、その武器を欠いた伊集院が心配になる。
「あぁ?何言ってっだオメー!?」
最大限に警戒しているせいで口が荒くなる伊集院。いい年なのだが、意外と大人ほどキレやすかったりする。老化により理性のコントロールができなくなり、伊集院は元居た世界でもキレる団塊だのなんだのよく見かけていた。伊集院はまだ20代なのだか。
「!?」
対峙する二人を、ザグマーの市民たちが取り囲む。その敵意は二人ではなく片方、伊集院にのみ向けられていた…否、その対象は二人だった。
「この中にもう1人いるぞ」
「ギャー!」
「キキ!」
勝手口からまるで氷の穴から引きずり出されるアザラシの如く引っ張らり出されるキキ。伊集院が咄嗟にキキのもとへ飛ぼうとする寸前、市民を制止する声が響く。
「やめられよ!ザグマーの民よ!」
その声の主は、今伊集院が対峙していた男。彼が市民を止めたのだ。
「我は力也の中でジェロニモの声を聞いた!力也の民よ、我が声はジェロニモの声なり!」
市民…力也教の信者リキシタンたちは困惑する。ジェロニモとは、このザグマーの地でリキシタンを導いたカリスマ指導者。そして伝承に伝わる力也を動かしたザグマーは、正にそのジェロニモの一族であることは疑いようがない。そんな彼がそう言うのだから、止めるのが正解なのだろうが、この二人はその神を破壊した不埒物なのだ。一体なぜ。その疑問を、遅れてこの場にやってきた市長が問う。
「ザグマーさま、一先ず事情を説明してくだされ。あの教会でその声を市民に伝えてくだされ」
「えぇ、わかりました。そこな二人、君たちも来てくれたまえ」
「お、おう…」
「伊集院…」
市民たちに取り囲まれ、伊集院とキキは力也教教会へと送られる。そして市民の代表たる市長に加え、この教会を管理する枢機卿、他力也教の関係者らもちょうどやって来た。彼らもまた、神の復活を見に急いで向かってきたというのだ。
「さて、まず先に事情を説明しましょう」
まず口を開いたのは市長だ。当然、なぜ力也が復活したのかの経緯を知るのは彼とザグマーしかいない。見知らぬザグマーが話すことよりも、まず市長が説明をするべきだろうとの高度な判断によるものだ。伊達に市長はしていない。
「彼、ザグマー様はその名の通りジェロニモ・ザグマーの一族の血を引く者です。その証明はあの力也を目覚めさせたことが何よりの証拠でしょう」
「おお…!かつてこの地から輝ける船に乗り空へと旅立ったという一族…!まさかこの地に残っていた末裔がいたとは…!」
「しかし力也はあの不埒物二人の操る巨人に破壊されてしまった…これはすぐにでも処すべきでは?」
「まぁ待ちなされ。ザグマー殿がその処刑を止めたのですから。その事情を聞いてからでも遅くはなかろうて」
「その通りです。そしてその事情は私も知りたいところであります。ザグマー様、ご説明いただけますかな?」
教会の代表たちのざわつきが収まり、市長がザグマーへ説明を求める。
「…ジェロニモは、あの力也の中に囚われていました」
「なんと!数百年まえの人物なのに!なんで!?」
「えぇ、その通りです。囚われていたのはその魂。ジェロニモは私に開放を求めたのです」
「神からの解放を…!?バカな、神との一体は変えようがない喜びに他ならないのに!言ったら変わってあげたのに!」
「…ザグマーの一族が空へと発った理由、そして力也が封印された理由…それはある一つの事実が、そうさせたのです。ジェロニモはかつて幕府と戦うために力也を目覚めさせました。しかしその強すぎる力は幕府どころか、この大陸、いやこの星をも亡ぼしかねない危険な力だったのです。暴走する力也の中で、ジェロニモは世界を守護るために力也を眠りに就かせ、一族を力也と一緒に伝わる神の船で空へと旅立ったのです。一族の者が触れたら目覚めるこの神を、絶対に目覚めさせないために」
衝撃の事実にリキシタンたちがざわつく。ザグマーは一気に畳みかけるために、言葉を続ける。
「そして私は、この地に残った一族ではありません。その事実を知らずに空から帰ってきた最後のザグマーです。知らずに封印に触れ、目覚めた力也に囚われました。しかし、その事態に備え、ジェロニモの魂もまた、力也の中で眠っていたのです」
リキシタンたちが、神がそんな暴力装置だったなんてと嘆く。しかし聖書で人を殺すのは悪魔よりも神の方が圧倒的に多いよね、と一人が呟き、あぁ~確かにとみんなが納得した。
「その私を救ってくれたのが、彼らの巨人なのです。ジェロニモと私だけでは力也を止められませんでした。彼らの力あってこそなのです。みんな、盛大な拍手を送ってください!」
パチパチパチと教会に響く拍手。それは教会の外にいるモブリキシタンたちもの届く。よくわからないが、お外のリキシタンたちもつられて拍手を送った。
「なぁ、空から来たってアンタまさか宇宙海賊?」
「そうだね、でもその話はあとにしよう、今はこの場を切り抜けなきゃ」
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