80話 前進、後悔してる時間はない③
突如上空よりやってきた巨大な略奪者に、バパールたちは混乱の極み!矢を放つも鋼鉄のボディには数ミリの傷が入るのみ。
「あれは!」
馬車から降りたキキもその巨人を目にする。そしてその正体を知っている。ついこないだまで修理されていた鋼の巨人、自分を過酷な運命から逃がしてくれると期待したその機体は、見捨てたはずのキキの前に今舞い降りた。
「キキ!ええい馬車に乗っておれ!お前らはあの偏平足を食い止めろ!」
「ええ!そら無理ですぜダンナ!」
「そーだそーだ!その娘っ子が狙い何だからさっさと渡した方がいッスよ!」
しかし状況は詰んでいる。絶対勝てない相手を前に、バパールがとる行動は。
「ははー!この娘が狙いなら差し上げまするー!なにとぞお見逃しをー!」
「お見逃しをー!」
所詮悪者は自分の命が惜しくて大事なものも差し出すのだ。といってもキキは俺が守護るとか言って自らの愛を証明してみせたとしても止めないが。大事なのはキキの気持ちであって、キキが嫌がってるならただの押し付けでしかない。まぁ万が一その姿にときめかれたら嫌だったので、この悪者ムーブに伊集院は安心したのだった。
「罪を憎んで人を憎まず!その女を差し出すのならば命までは奪わない!これからはつつましく生きよ!さらばだ!」
伊樹陰はロボットアームでキキを掴み、外部への音声出力をオフにし、キキをハッチに招き入れる。
「一人用だ、狭いけど我慢してくれ」
「このー!」
「うお!」
キキが殴りかからんとする勢いで飛び込んできた。咄嗟に身構えた伊集院に、キキは全身で突っ込んできた。それは拳でも、悪質なタックルでもない。伊集院にしがみつき、ただただ泣いているキキが、そこにいた。
「うわああああああ!」
「よしよし、すまんな」
村からキキを連れだしたら、キキが出て行ったという状況を作ってしまう。そうなれば、きっと村にも、親御さんにも迷惑がかかるに違いない。一度バパールのものになったキキを奪うという状況が必要だった。
「来るならなんで黙ってたんだよー!わあああああー!」
「まぁ話はあとだ。飛ぶぞ。舌噛むなよ」
ゴゴゴゴゴ!とロボットは空を飛ぶ。ガソリンを大量に消費するが、致し方なし。バパールの前から早く姿を消す必要があったのだ。飛び立つロボの背を目に、バパールたちが悔しさから陰口を喋ってしまう。
「クッソー!あの偏平足め!ワシの花嫁をー!」
「全く鉄クズの分際で偉そうにしやがって!きっと夜も不能だから道具使うんですぜアイツは」
「違いないのう!処女はワシが貰ったが勃起不全なら別に中古でもいいんじゃろな!HAHAHA!」
高性能集音マイクが伊集院への悪口を三回拾った。この瞬間ロボに搭載された安全装置が解除され、慈悲深い仏のフォームから大激怒フォームへとチェンジ!
「仏の顔も三度まで!んんんんー!許るさーん」
「え?ちょ?え?」
伊集院の操縦を離れ、ロボは必殺兵器アトミックフレアブラストナパームミサイルディバイダーを発射!それはバパールたちを焼き尽くし、R-18の惨状を作り出すべく地上目掛けて突っ込む!
「アーリュケイオス、アレはなんだ?」
「あれは…大昔にあった神器ミサイルに似てますね。こっち来てますね」」
空から飛翔する物体に気付いたバパールは、それが何か手下の中で最も高い偏差値58を誇る賢きアーリュケイオスに尋ねる。そしてアーリュケイオスは、それが太古の昔に存在した神器ミサイルに似ていると気付く。その神器は超大型のものであれば都市すらもを焼き尽くす神器の中でも最強の威力を誇ると言われている。今こちらに向かって飛翔する物体はそれほどの大きさはないが、それでもヤバェ破壊力は持っているに違いないだろう。
「え?やばくね?」
「やばいっすね」
その刹那、飛翔するミサイルがバパールたちを焼き尽くす。後に残るのは一糸まとわぬ産まれたままの姿のバパールたちであった。
「やれやれです、こんがり焼かれましたね…やっぱ悪いことはするもんじゃないっすね」
「うぬぬ…こんな姿で帰らなきゃいかんのかこのバパールさまが!おのれー!馬車もないから歩きだしー!」
・
・
・
「どうした、やっぱ親御さんが心配か?」
「あんな娘を金で売ったような連中…!」
そこで言葉が止まる。
「金か、金は怖いな。金で人生簡単に狂ってしまう。でも、バパールが来る前は良い親御さんだったんだろ」
「…良いか悪いかはわからないけど、普通の家庭だったと思うよ」
「…つらいな」
「うん…」
キキに後悔は無いとは言えないだろう。なんやかんやで一緒に10年以上一緒にいた家族なのだから。もう二度と会えないのかと思うとやはり寂しくなる。それはきっと親御さんも同じかもしれない。金で売った、とは言えども、もし受け取らなければ力づくで奪われていたのは間違いないのだから。しかたなく娘を嫁に出す親御さんは、伊集院の元いた世界でもよくある話だ。
伊集院が読んだ漫画でもそういう話はあった。寿司屋の息子の主人公の同級生の女の子が、中学卒業したら父親の工場のために金持ちのおっさんの嫁にならないとけないと知った主人公は、その女の子に寿司を握る、そんな話。
伊集院は決めた。その主人公のようにただ女の子を見送るだけのマネはしない。寿司を握るしかできない中学生ではなく、貰いものとはいえ伊集院には力がある。宇宙海賊をシメたら、次はキキの故郷に来よう、と。この新しい世界を自分の足で見て回る、その最初の第一歩を。