80話 前進、後悔してる時間はない①
ゴオオオオ…。排気量1,047ccを誇る空冷4ストローク4バルブDOHC直列6気筒のモンスターエンジンが唸る。伊集院は自らの魂CBX1000を変形させた大炎神ソードをロボにぶち込み、ロボの主機とした。マッチング調整も一切せずにぶち込んだため細かいコントロールはできず、ただ地球へまっすぐ進むことしかできない。
「気にしてはいけないよ、彼女は自分から残ったんだ」
あのまま全員でこのロボに乗っても脱出はできなかった。レイと死神の犠牲で、ただ一人伊集院は逃れることができた。
「そんな風に自分を納得させたくない。俺は、仲間を置いて逃げたんだ」
あの時残って戦えば勝てただろうか?皆で逃げれただろうか。仕方のないことだった…なんて認めたくない!何がどうあれ助けずに逃げたのは変えようのない事実!自分が許せない!死神がハッチを閉めたなら、なんで開けて助けに向かわなかったのか!そんな打算が確かに自分の中にあったのだ。
「…助けに行って、君が死ねば、もう誰も彼女を助けることはできないよ」
「…そういう打算で逃げたのが、許せないんだ。俺は」
「なら、その弱さがいけなかったということだね。必ず助けて、しっかりowabiしなきゃ」
「…そう、だな」
死神と交わす約束。もう勇者じゃなくてもいい。ただ仲間を助ける。それだけだ。この世界に来て、いろいろ沸き起こる騒動にどこかワクワクしていた自分。しかし、もう違う。この世界に、ちゃんと向き合う。そう伊集院は誓った。
「恨んでいるかい、この世界に連れて来られて」
「…いや、恨んでなんかいないさ。ていうかさすが神だな、胸から上だけでまだ生きてるなんて」
「まぁ、この体が活動できる時間はあと少しだけどね。死にはしない、神だから」
「神か。そのロボットみたいな体で神って言われてもな。なんでそんな体なんだ?」
死神イクスデスの切断面から伸びるのはなんかの配線とかそんな感じの機械的なパーツたち。機械文明がそこまで発達してない世界で、なぜそんな体があるのか不思議に思う。だから、最後にそれを聞こうと伊集院は尋ねた。
「それはね…まずこの顔から見てもらおうか」
死神がその顔を隠すために被っているマスクを外す。その中身に、伊集院は見覚えがあった。
「お前…!」
「そう…ボクは神。君をこの世界に連れてきた白い女神の、その一部。死を司る一面さ」
「…」
この世界に来る前に出会った女神と同じ顔。さすが神、ロボットだってその奇跡の御業で拵えるのか。
「この体はご神体ってやつさ、かつて大昔の、前の文明が神を顕現させるために作った、機械の体。ボクの全てを受け入れるには容量が足りないから、死を司る一面だけダウンロードさせたのさ」
「そうか…お前だったんか」
「恨んでいるかい?何も知らない世界のために闘う運命を押し付けられて」
「確かにそうだな。知り合いは全然いないし、この世界のこと何にも知らない。でもな、だから俺は知りたいんだ。この世界を。滅びたら何も知ることができなくなってしまう。だから、守護りたい。そう思う」
「感謝するよ…ボクの本体もきっと喜んでいる…そろそろ時間切れだ…幸運を祈…」
死神は、もう喋らなない。
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「クッソ、難しいなこれ!」
そして伊集院は地球に戻ってきた。落下の衝撃でロボは壊れ、修理をしなければならない。ここは四国大陸の膿の向こうの、ほとんど知らない世界の、全くの見知らぬ国。
「まだ終わらないんですかー?はいこれ」
伊集院は傍らの少女から手渡された麦茶を飲む。この大陸の外、海の向こうで出会った少女の名はキキ。いろんなことに興味津々な14歳の女の子。村からこっそりやってきては、伊集院にいろいろ差し入れをしてくれている。食費の軽減になるのでとても助かっている。さらには村に寝床も容姿してくれていて至れり尽くせりである。ほんとうにありがたい。
「お礼はー?」
「はいはい、ありがとう」
「むー、感謝がこもってないぞ」
「ていうかもう来るなって。怒られるぞ」
「だってー興味あるんだもん。動いたら乗せてよねー」
「はいはい」
この見知らぬ大地に不時着した伊集院は、全力でロボの復旧に取り掛かる。伊集院の現金魔術、前の世界に残した預金残高5億を魔力にし、金で起こせる現象を再現する力。ロボなんて前の世界に無かったものだが、CBX1000のエンジンを搭載したこのロボは、バイクでもあると自分に無理やり言い聞かせてバイクの修理感覚で作業を行えるようになった。
そうやって修理費用の魔力を支払うことで少しづつ作業を進めていたところに、ふとこの少女キキがやってきた。見知らぬ巨大な物体に興味津々な彼女は、これが乗り物がと知ってある期待を胸に抱える。
この村から出ていきたい!
当然、伊集院にそのつもりがないこともわかっている。彼女は監視している。ロボの作業の進捗を。当然ロボの作業時代は全く理解できないので、伊集院の様子を見て判断する。完成したら絶対できたーって言う筈だから。その時、いかに伊集院を出し抜くか、キキはじっくりと策を練る。己の夢を叶えるために。