79話 決壊、未来を嘆く涙②
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「彼女、いや嫁さんの介護するために嫁さんの故郷に行くなんてなーいい子やであの子はー」
ザグマーは、あの日のアルの決意を尊いものを感じた。実はアカネの義手義足を修理すること自体はできたのだが、それはザグマーの望むものではない。ザグマーが地球に下った理由はアカネに愛を見たから。
「ニャー」
ズオーの抱っこから李徴が降りる。李徴の進む先には、子猫が4匹いた。子猫たちを咥えて、物陰の巣に連れていく李徴。
命が散る気配をザグマーは感じる。その場所では、一匹の蜘蛛が捕食されていた。捕食するのは同じ種類の、まだ小さな蜘蛛たち。彼女は自分の子供たちにその身を食べさせ、子供たちは巣立つ。
この地球のありとあらゆる場所に満遍なく存在する唯一無二の母の愛。そして自分がその愛を受けなかったからこそ、彼はその愛たちを守りたいと思った。アカネとアルにも、愛に満たされた家族を持ってもらいたい。だから、ザグマーはあえてアカネとアルを引退させるべくアカネの義手義足を破壊した。ザグマーが持つ『それ』が魔力なのかどうかはわからないが、それを満たせば義手義足は治る。が、修理すればアルとアカネは海賊との戦いに身を乗り出すのは目に見えている。
「海賊と戦うのは僕たちでいいさ」
「だな、俺も李徴やその子供の猫さんたちを守護るためにがんばるぞ」
「ま、そのためにやることがあるわけで」
「おう、俺も行ってくるで」
「うん、じゃあまたな」
「おう」
ザグマーとオーラは、あの日の翌日ゼファーに導かれ面会したフィリップ伯から紹介された場所へ向かう。
ザグマーはフィリップ伯からの紹介状を手に王国南西部、ザグマー湾を要する海の街ザグマー市へ。そしてオーラは、アルに変わり7代目猫カフェ上田屋へ。二人の新しい人生が、今始まる。
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王国ができるよりずっと昔。四国大陸にまだ風林火山と称される四つの国しかなかった時代。大陸の中央部のやや南西、ザグマー地方で一つの戦乱があった。
~リキシタンの乱~
当時大陸を囲む海の向こうから渡り、市民に流行っていた新興宗教があった。力也教と呼ばれるそれは、この世の神は全知全能なる唯一の神力也のみであり、力也を信じる者は救われ、不信なる異教徒どもは地獄に落とされるという教えの元、飢えと戦乱に苦しむ市民たちをその教義に染めていた。やがて大陸は統一され、時の天下人ミッツ・ヴァーチャーの時代、飢饉に苦しむ力也信者たち、通称リキシタンがミッツに向けて起こした反乱、それがリキシタンの乱である。
そのリキシタンたちをまとめ上げた一人のカリスマがいた。ジェロニモ・ザグマー。当時まだ10代であった少年だったが、見事に民をまとめ上げたそのカリスマは時の体制側にとって危険な存在であり、戦乱の中斬首されたと発表されている。しかし、反乱を生き延びた民の間にはジェロニモは天へ逃れたという伝承が残されていた。
その伝承は、民に絶望させないための優しい嘘、もしくは負けを認めたくないリキシタンの負け惜しみに過ぎないというのが歴史家の主流だったのだが、此度天からやってきた同じザグマーの名を持つ男。しかもその男は宇宙ではめずらしい妖術めいた異能を持つという。歴史が好きなフィリップ伯はその可能性を期待し、ザグマーをザグマー市へと向かわせたのだった。