14話 隠遁!影の一族ダークストーカー
遠い先祖は魔界に辿り着いた。裏切りの果てに人の世を捨てざるを得なかった彼らが住まう新たな大地、魔界。時の魔王に受け入れられた一族の長は魔王の血を受けた杯、聖杯を一族の至宝とし魔王の影として生きてきた。一族は人の身でありながら受け入れてくれた魔界に報いるために誰よりも魔族らしくあろうとした。
時代により彼らの扱いは一変した。魔王の影として生きることもあれば、魔王の怨敵として蔑まされることもあった。ただ一つ、いかなる扱いを受けているときも他の魔族からは良く思われていないことだけは変わらなかった。それでも彼らは魔界に尽くす。魔族よりも魔族らしくあろうと。それが彼らの誇りだった。
ダークストーカー
影を歩むもの。隠密を得意とする忍者一族である彼らに与えられた新たな名。そして、魔界の表舞台を歩むことを許されぬ日陰者と蔑まされた名。
そんな彼らを幹部として登用した現在の魔王。一族再起の機を与えてくれた魔王に報いるため、今こそ誰よりも誇り高き魔族として、アーウィンはここに立っている。
「若、落ち着いてくだせぇ。あの野郎はあぁやって若のペースを乱しているだけですぜ」
「わかっている。しかし、ここで怒らないわけにはいかんのだ!一族の誇りのために!」
アーウィンは影から飛び上がる。そのまま空中から繰り出される八卦、風の技!風手裏剣!
「フン」
トッシュは見えない鎌鼬の手裏剣4発を最小限の動きで躱す。そのままアーウィンの着地狩りに走る。アーウィンの着地と同時に顔面をぶん殴る予定。ズル!突如脚が沼に囚われる。アーウィンはそのまま着地と同時に影にまたも潜む。いや、あれは影に潜んでいるわけではない。文字通り地面に潜り込んでいる!
八卦龍拳は、自らの闘気を持たない技。闘気を持つ者はその大きさが大きいほど存在感が増す。隠密を得意とするダークストーカーに闘気の技は向かない。故に彼らが身に着けたのが自然界に存在する気を操る技、八卦龍拳!
今の大地を沼の様に泥濘ませたのは大地に巡る霊脈を操り大地を変容さえたもの。この大地を意のままに操作するのが八卦、地の技!これによりトッシュの足を取り、自らは地中を自在に動くのだ。
が、一度見た技を真似できるのがトッシュである。大地に潜ったアーウィンの位置を先ほどのように探知し、地に沈む自らの脚を介し霊脈にアクセスッ!アーウィンの潜る地面を炸裂させる!
ゴバァ!泥濘む大地故に簡単に弾ける。この状態なら未熟なトッシュの技でもアーウィンを宙に放り出すことができた。
「なにィ!」
「鎌鼬アロー!」
そのままトッシュは手刀から鎌鼬アローを生み出す。アーウィンもすぐさま風手裏剣で迎撃、弾ける空気の音にマユが耳を塞ぐ。
「うるさ」
マユと対峙するのはアーウィンの手下で唯一無傷の男。アーウィンと同じく八卦の技を二つ身に着けた一族の強者。アーウィンとこの男以外ははっきり言ってそんなに強くない。ということはつまり、この男は強敵だ。マユは別に魔族や魔王と敵対するつもりはない。ただ、このトッシュの敵ならば捨て置けない。トッシュの救援に駆けたいところだが、この男がマユの動きを縛り付けている。
「女…貴様も八卦龍拳を修めているようだな」
「ああ。雷をちょっとばかしね」
「若の邪魔はさせん。そこで黙って見ているがいい」
再度、落ちてくるアーウィンを狙うトッシュ。今度は空中に浮いている状態を狙う対空の技、暗黒真拳ジェットの構えから繰り出すジェットアッパーだ!
「甘い!」
アーウィンは奇妙な軌道を描き地に迫る。重力の働きに反したありえない螺旋軌道によりジェットアッパーを空振りさせさらにトッシュの背面を取る!
「取った!」
アーウィンの刃が脇腹に深々と突き刺ささる。これは痛い!
「超痛ぇ!」
トッシュの咄嗟の裏拳をするりと掻い潜りアーウィンは数mの距離を取る。その動きは地に足を付けずに重力の鎖に縛られない風のようだ。そう、これが八卦の風。
八卦龍拳は大地を爆発させたり真空破を生み出したりといった派手な技だけが全てではない。むしろ忍者であるアーウィンたちにとっては逆なのだ。地を風を操る自由な移動法、この八卦の応用こそ神髄。風を集め風に乗り風になる。その動きはトッシュにも見切れない。深々と刃を突き刺さられた脇腹に走る激痛。内臓が損傷しているかもしれない。動脈が切られているかもしれない。
(ちぃ、集気法で治療を…!)
ズキン!とトッシュの頭の頭痛が痛くなる。同時に激しい吐き気を催し、そして立つことができなくなる。体に走る痺れ、これは間違いない。短刀に毒が塗られていた!
「いかん!」
その様子を見たアラサー女子のマユが一瞬で姿を消す。動きを監視していたアーウィンの部下もそれを見過ごした。注意深く見てはいたのだが、まばたきをした瞬間、目を開けたときそこにいたはずのマユがいなくなっていたのだ。ただ一つ、バチィ!と激しい音が彼の耳に残っていた。
「なにィ!」
アーウィンは驚いた。一瞬で目の前にいたトッシュの姿が消えていたのだ。そして配下が監視していたマユもまた姿を消したことに瞬時に気付く。
「若!あの女!」
「くっ!雷速か!」
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暗闇の中、小さな明かりを灯しマユはすぐさまトッシュの脇腹の治療に取り掛かる。既にトッシュの意識は失われていた。脇腹の皮膚は青味がかって浮腫を呈している。呼吸状態は激しく、その体は痙攣を起こしている。何の毒なのかはわからない。このままでは30分もすれば死に至るかもしれない。
「全く、アタシがいて良かったよ…!」
マユはその手に法力を集中させ、患部に当てる。マユに医学はわからない。どのような毒がどのような悪さをしてどういう症状になるのか。そんな何も知らない状態では普通は治療などできない。普通なら、だ。マユは医学はわからないが幼い頃からとある経験があった。治癒の奇跡。治癒の術自体は珍しいものではない。肉体の回復力を促進させ治癒させるのはいわば常識、トッシュだって法力ではなく闘気を使ってできるのだ。ただ、人間の回復力を促進させるだけでは結局の所応急処置の延長でしかない。骨が折れたから治癒の術で回復させることはできるが、それでは骨が変なつながり方をする。きちんと治すのはやはり医者なのだ。
「けどアタシならできるからねぇ」
マユは人体の構造に熟知している。もちろん医者のように技術や知識があるわけではないからできないこともあるが、今回のケースならばマユは得意なのだ。人体に存在しない異物をただ取り除けばいい、それだけである。マユの法力がトッシュの全身を巡り、見つけた異物、すなわち毒物を法力で閉じ込める。あとはそれを傷口に誘導し、放出すればいい。そうやって医者にかかれない人々を治療してきた経験。医者にかかるにはお金がいっぱいいるから、マユは人助けを昔にやっていた。
ドロっと血液に混じり毒が排出される。短刀に塗られている程度なので量自体は多くは無い。具体的にどの程度の量があるかはわからないが、この四国大陸最強の毒蛇タイリクナイバンの毒ならば0.1mgで大人一人殺すことができるとも言われているから油断はできない。
「ふぅ、久しぶりに八卦の雷使ったから疲れた…」
八卦の雷。よく雷を放出する技かと尋ねられる。もちろんそれも可能だが、その真髄は今見せた雷速にある。己の肉体を司る神経に闘気を変換した雷を流すことで超人的な反射行動を可能にする。雷の技は使った際にバチィ!と大きな音を立てるため忍者の隠密には不向きの技ではあるが、見つかって逃げるときなどには有効である。
マユはその場で横になる。この場所は禁戒山にかつて存在した洞窟寺院の跡。十数年前にここで修業をしていた僧たちは、皆人間に殺されている。
「とっさにここに来たけど…嫌なもんだねぇ」
その凄惨な現場を思い出すマユ。己の運命を受け入れていたら、彼らは今もここで修業に励んでいたのだろうか。しかし歴史は変わらない。歴史にもしは無い。これがマユの運命であり、彼らの運命だったのか。
「割り切れないさ…アタシはどうしたいんだろうか」
マユが憧れた、姉のように慕っていた女性も人間に殺されたと聞いた。彼女が生きていれば、自分の手を取り導いてくれたかもしれない。
症状が落ち着いたのか穏やかな呼吸で眠るトッシュ。魔族に育てられた人間である彼が、一体何を考え生きてきたのか。話を聞けば自分の道しるべになるかもしれない。禁戒山の奇跡の湯。試練を乗り越え湯に浸かった者に困難を解決する奇跡が訪れるという。そのマッカーサーの湯で出会った少年。この出会いは奇跡がもたらしたものか。答えを得るために、今は少年を守護らなければ。
その時だ。ゴゴゴゴ…!と洞窟寺院跡に響く音。
「地震か!?」
もしそうなら洞窟寺院跡は落盤で潰れるかもしれない。すぐさま脱出をしなければ!トッシュを抱えすぐに出口に向かおうと雷速を発動させるが同時に地面が砕けた。
「な!?まさかあいつが!?」
アーウィンが霊脈にアクセスしこの地震を起こしたのだろうか。そのまま二人は奈落へと飲み込まれてしまった。
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「うおおおおお!地震だあああああ!」
「若!危ない」
「え?うわあああああああ!」
同時刻、アーウィンも地震が生み出した地割れに飲み込まれ消えてしまった。