74話 子宝③
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トン、と軽い衝撃が走った。そのお腹の中に宿る新しい命の成長の証。今もなおすくすくと大きくなる、自分だけの子宝。いや、自分だけではない。あの人も、この命の誕生を受け入れて…喜んでくれた。
…本当に?本当に喜んでいる?受け入れられている?いつも不安になる。彼のその優しさを疑う自分の心が嫌になる。いっそこの命が失われれば、辛くはあるでも楽になれると思う自分の心が、嫌になる。最後に、彼は笑ってくれる。それがうれしくて、でも不安で、そんな自分が嫌で。堂々巡りする感情、喜びと不安と嫌悪のまるで終わらないワルツ。
この子のことは愛している。たとえ望まず宿った命であっても。1人ならこんな苦悩はしなかったのに。優しさが人を苦しめることもある。…苦しんでいる?そうだ、苦しいんだ。でも、彼の気持ちは嬉しいんだ。だから、今、自分のために戦ってくれている彼の力になりたい。彼のために自分も傷つけば、この心の苦しみも和らぐから。
「インパルス・ホームラン!」
アルの物質化した闘気で作られたバットによるフルスイングが、アカネを襲う怪人カマキリ男の頭部目掛けて炸裂する。
「キシャー!!!」
鋭い絶叫と共に5mばかし吹き飛ばされる怪人、しかし致命打には届かない」
「何がホームランですか、片腹大激痛ですね。せいぜいピッチャーゴロ程度の飛距離にすぎませんな」
カマキリめいた怪人のくせに、やけに丁寧な言葉も使うギャップがなんとなく癪に障る。アルの後ろからアカネのワイヤーが怪人を縛ろうと飛んできた。360度全集から襲い掛かるそのワイヤーを、怪人はするりと躱す。
「無駄です、カマキリのドーム状の複眼が持つ視野はほぼ360度。たとえ背後からでも当たりません」
「くっ!クモの巣にちょいちょい引っかかってるくせに!」
アカネの悪態に、トン、とまたも胎児が動いたのがわかった。親の心子知らずというが、どうやら今この子はアカネの心と一致しているようだ。子供はイライラすると壁を殴りたくなるものである。その穴の修理、板金7万コースだったりするのに。
「しかしなぜ、あなた達はその胎児を守ろうとするのです?そこのアルくんにとっても悪い話じゃないでしょう。自分と血の繋がらない、不幸な陵辱の果てに宿ったその命、君にとって重荷です。いっそいなくなれば楽になるでしょうに。…貴方も、ね」
アルに向けて放った言葉、しかし最後はアルではなくアカネへと向けられていた。
「…ッ!」
どうやらこの怪人、アルとアカネの個人情報をこれでもかと持っているらしい。山賊に攫われて2か月レイプされてましたなんて過去、そりゃあ誰にも話すわけがない。そんな黙された事件を知るとは、実に不気味な、まるでストーカーめいた怪人だ。
「いろいろ知ってるみたいだけど…その提案は受け入れられないね。あの子はアカネさんの子だ。他の何者でもない、俺の大事な人の子だ!」
「そう!だからこそ興味が虫のように湧きますね!普通なら捨てるはずの子にそんなに執着するなんてきっと何か価値ある子宝なのでしょう!ならば!価値あるものは奪っていきます!海賊らしく!」
「海賊!?」
「いずれ知ることになるので今教えて差し上げましょう!私は宇宙海賊ネオデビルクロスのA級ファイターパラドキサマン!この世界の価値ある宝を奪う者です!」
「させねぇ!インパルス・ドライバー!」
闘気のバットの形状をアルは変形させた。全体を細く、先端に塊を作って重心を集中させ、まるでゴルフクラブの5番アイアンのような形状だ。そのアイアンを思いっきり唐竹割りのようにパラドキサマンの脳天へ振り下ろす!
「なにがドライバーですか!その形はアイアンじゃないですか!」
パラドキサマンは両手のカマをクロスさせ、アイアンを受け止めるべく構える。しかし、接触直前、そのアイアンはまるで霞のごとくカマをすり抜けた。
「何!?」
そのまま下段に構えたアイアンを…いや、霞から再度物質化しまたもバットの形状に変化したそのエモノを、思いっきりパラドキサマンの顎目掛けて振り上げる!
「インパルス・ホームラン!」
ゴッ、とノーガードの顎にクリーンヒット!上からの衝撃に備え踏ん張っていたパラドキサマンだったが、完全に意識していなかった顎への一撃に、上空4mまで浮き上がり、そのままくるりと空中で回転し、脳天から地面に落下。人間ならば完全に死ぬ衝撃を受け、パラドキサマンは…。
「!?」
「えぇ!?」
アルとアカネは驚いた。パラドキサマンの肉体はあっという間に溶け、その中から一匹のカマキリがひょこひょこと逃げ出していったのだ。残骸の中には、奇妙な鉄(?)の箱が、まるでバットでぶん殴られたように凹んだ状態で残っていた。
「なに、これ?」
「…さあ」