74話 子宝②
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「えっと、ラファエル…さん、でしょうか?」
「お忙しいところ申し訳ないです。貴方にお聞きしたいことがありまして…」
ラファエルと名乗るその男の差し出した手を、警戒したギラビィは掴まない。その男は、ギラビィの知るラファエルではなかったから。顔も全然違うし、性格も丁寧な感じだし、ただその無機質な雰囲気は人間とは異質のものだと直感した。
「失礼、感染症対策のため接触は極力控えてまして」
「それは申し訳ありませんでいた。…実は私、この村にあるとある貴重なモノを探してまして。貴方がご存知だと私の知人が知ってまして。それでお尋ねした次第でございまして」
感情が乏しそうな無機質な人だなと思ったが、握手してもらえなかったことに残念そうな雰囲気が感じ取れた。…しかし、この男の知人、と言われてもこの無機質な男と知り合ってそうな人間なんて皆目見当もつかない。というか村の警護職に就いたからといって、貴重な物がどこにあるかなんてわからないし、思い当たるのは役場の貴重品置き場くらいしかないが、そこに何があるのかそもそも知らない。
「はぁ…貴重な物ですか…何をお探しで」
「それは、この世界のどこにでもあって、でも一人一人が何よりも大事に思っている。でも中にはそれを望まず手に入れた結果、自ら捨てることも珍しくない。しかし…」
「…?」
「この村には珍しいことに、後者であるにも関わらずそれを捨てようとしないモノがいると。一体何故そう思うのでしょうか。何かきっと価値があるに違いないと、私は思いまして」
「一体、何を…」
無機質だと思っていた男の雰囲気が、一気に強欲に染まる。
「アカネさんはどこにいるんですかねぇ!?陵辱の果てに孕んだ忌み子を、なぜ捨てずに後生大事に抱えてるのか!きっと何か他のとは違う特別な価値があるお宝なんでしょうね!それを貰いに来たんですよ!」
「貴様!」
ラファエルの顔が崩壊する。仲からは人間ではない、かといって魔族でもなく、言うなれば魔獣に似た容貌が出現する。しかし魔獣との違いはその高度な知性だ。彼は、いやこいつは人語を、社会を知っている!
「キシャー!」
まるでカマキリのように左右に開いた大顎が唸りを上げる。突如の事態に役場にいた村民職員たちは避難に移り、さすまたを持った警備員たちがやって来る。しかし彼らはまるで魔獣の如き侵略者に恐れ、脚がすくんだ。幸いなことに恐怖カマキリ男は警備員やその他の人たちには目もくれず、ギラビィ一転狙いでその手のカマを繰り出す。
ガキン、とギラビィの剣がその一撃を弾くが、すかさず反対側のカマが迫る。回避のため後ろに飛びのいたギラビィに、そのまま距離をとられまいと恐怖カマキリ男も背を屈め前進する。カキンカキンと音を鳴らす左右に開いた口が、ギラビィの脚に噛みついた。
「っ…!」
瞬間、何かが吸い取られるような感覚に背筋が寒くなる。そして脚をとられ、転倒したギラビィがまずいと振り落とされるであるカマを警戒し剣でガードしようと構えるが、恐怖カマキリ男はそこから背を向けて逃げて行った。
「くっ、逃がさん!」
急いで立ち上がったギラビィだったが、背中から展開した羽を広げ空へと向かうそれを追うことは、もはやできなかった。が、その進行方向に嫌な予感がする。
「あっちはローシャ市…。アカネとアルがいる街…まさか…」