13話 魔族!地風将軍アーウィン
闇の中、一人の男が配下からの報せを受けカーテンを開ける。彼は朝が苦手な夜型の男。魔界の血を受け、闇の中にだけ生きる闇の一族。ダークストーカー、その一族の長。
「見つけたか」
彼の名はアーウィン。低血圧故に朝は目覚めが悪く、休日は4度寝くらいする男。今は目覚めにちょどいい14時頃。健やかな朝日(?)と共に良い知らせを耳にした。
「はいアーウィン様。イクスシェイド様のあとをつけたらトッシュがいましたぜ」
彼は配下に探らせていた。イクスシェイドの単独での動きに感じた違和感、それがまさに実を結んだ。裏切りの騎士、魔人騎士の身柄を発見したというのだ。
「ふむ。どんな話をしていたかはわかるか?」
「いえ…奴らの気配探知能力に察知されない距離を保つために遠目で確認しただけです」
魔術による通信で部下からの報告を聞きながらアーウィンは部下の姿を確認する。この魔術は音声だけでなく映像も飛ばすことができる超魔術である。魔神司祭パルパレオスの発明だ。報告を上げる部下は無傷だが、その他数名はあちこちに殴られたような傷痕が残っている。
「ふむ、その様子だと暗殺に失敗したようだな」
「はい…イクスシェイド様が帰った後に襲撃をかましたんですがね、さすがに強かったですわ」
「まぁ奴は魔王様のお気に入りだからな。人間のくせに魔神と同格の力を持っている。生きていただけ良しだ」
大規模な軍を動かすには兵站が足りない。しかしそれはアーウィンにとっては問題ない。アーウィンは目立たないように生きる影の一族、ダークストーカーである。その本分は潜入から暗殺まで裏方の任務である。軍単位で動かずとも十分にその本分は発揮できるのだ。
(しかし…イクスシェイドが魔王様を裏切るのはあり得ない。ならなぜ奴はトッシュを殺さなかった?弟子だからか?魔王様のお気に入りだからか?じゃあなぜ連れ戻さない?)
考えても仕方がない。まずは会って確認するとしよう。配下の持つビーコンを察知し発動する超魔法、門。これにより少数であれば長距離移動をすぐにこなすことができる。クロホーンの一軍が魔王城から王国に移動するには大規模な準備が必要だったが、アーウィン一人、さらに王国から禁戒山まで80kmほどの短距離ならばすぐに移動可能。彼はまず顔を洗いに洗面台に向かう…前に、まずトイレ。朝の一番搾りを出さなければ。もう朝じゃないけど。
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「死んだ…?」
「そう。それはひどい有様よ。守った人間に裏切られてね。さらに堕ちた聖女だなんて蔑まされてひどい話さね」
「…?」
トッシュが感じた違和感。堕ちた聖女と蔑まされていたというのはトッシュも知っている。情報通のダークストーカーで編成される魔王軍忍者軍団の仕入れた情報だ。一つ違う点は、死んだということ。僧侶サンはこの禁戒山で目撃情報も上がっている。僧侶サンが魔王と戦ったのは12歳の頃。生きているなら30歳だ。目の前にいるこのくたびれた年配の女性も30歳。もしかしたら…。
「なあ、それって…」
ここでトッシュは口を噤む。下手に突っ込んで機嫌を損ねて姿を消されたら困る。なにか理由があって隠しているのかもしれない。
「?…なんだい?」
「…いや、アンタはサンのことを知っているんかなって」
「まぁ、そうさね。とりあえず坊やはサンのことを知りたいようだし?どうだい今夜じっくり話さないかい?アタシが泊まってる宿に案内するよ」
「はぁ…じゃあお邪魔します」
トッシュの返事を聞き、マユはトッシュに背を見せ先を歩む。宿に案内するため。そして、ニチャア…という音が聞こえそうな笑みを隠すために。
18歳の少年に迫る魔手!トッシュは妖艶な魔女から逃れることができるか!?
(大丈夫かな…?)
トッシュの背に走る悪寒。しかし、あえてトッシュ、前へ往く!魔界に伝わるタイガーネストという故事がある。日本語にすると虎穴に入らずんば虎子を得ず。リスクに見合う収穫がきっとあるはず!
「おや?」
先導するマユが足を止める。その視線の先に佇む人の影。それはトッシュがさきほど階段上りの際に襲撃かましてきた刺客たち。魔王軍忍者軍団のダークストーカーたちだった。
「あいつらまた…」
トッシュがマユの前に出て追い払おうと拳を振り上げる。ダークストーカーたちはそそくさと道の両脇に逸れる。トッシュに秒でぶっ飛ばされた先ほどの経験からの学習だろうか、素直なのはいいことだと悦に入るトッシュだったが、それは誤り。彼らはトッシュの為に道を開けたのではない。その後方からやってきた見知った男。魔王軍での同僚、忍者軍団軍団長、ダークストーカー族統領、地風将軍アーウィンの道を作る為。
「久しぶりだなァ!裏切りモン!」
「あー、アーウィなんとかくんじゃないか」
「最後のンくらい言えやわざとか!俺の部下に素直に殺されていれば良かったものを。今度は俺が直々に殺してやる!」
「部下じゃ無理だってのは最初からわかってただろうにのう。人が悪い奴だなお前もほんと。最初からお前が来れば良かったのに」
「フン、弱体化した貴様に俺の拳は勿体ないと思っただけのことよ」
「うそつけ寝てただけだろ」
トッシュとアーウィンは仲が悪い。というよりトッシュと仲のいい魔族というのはほぼいないのだが。ギラビィくらいである、トッシュに普通に接してくれる魔族は。
「おやおやおや今度は本物の魔族かい?君みたいなパチモンじゃなくて」
トッシュを横目で見ながら言っている。この言葉にアーウィンも満足気な様子だ。
「そうだぞ女!俺こそ本物の魔族よ!魔王軍の軍団長、魔神アーウィン様だぞ!」
「本物の魔族(笑)。このおばさんは俺を魔族と間違えるほど見る目がないんだぞ。そんな言葉で喜ぶなよ」
「あんだってぇ!?」
「すんません…」
トッシュに怒声を上げるマユに、トッシュはびっくりして縮こまる。調子に乗りすぎたと反省する。
「ところでマユさん、あの人はね魔族じゃないんですよー」
「そうなのかい?」
「…!」
そのままアーウィンの出自を説明しようとしたトッシュ目掛けてアーウィンが一気に飛び出してきた。そのまま空中で一回転!天から振り下ろされる脚がトッシュの頭頂部へと落ちてくる!浴びせ下痢だ!
「ふん…」
トッシュはアーウィンの回転でその狙いを見切る。宙で回転することで前進する推進力を地へと振り下ろされる脚へと集中し威力を増幅させる。つまり推進力を失うのだ。トッシュが今立っている地点へ振り下ろされる蹴りをバックステップで回避し、トッシュはそのまま反撃に転じる。
「!?」
技を回避されたはずのアーウィンの顔に浮かぶ笑み。まるで見切られてたのはこっちの方だったと錯覚してしまうような余裕が、その笑みから感じられた。次の瞬間。錯覚ではなかったと理解した。
攻撃に転じる直前、後退したトッシュの立つ地面が突然爆発したのだ!その爆発によりトッシュは宙に浮きあげられる!
「八卦龍拳?」
マユの口から出たアーウィンの拳の名。アーウィンはなぜこのおばさんが知っているのか気になるがまずはトッシュの首が最優先。宙に浮かぶトッシュ目掛けて腰を落とし拳を突き出す!その場で出した拳が、離れたトッシュに打撃として迫る!
ヂッ!直撃するはずだったその打撃が、空中で体を捻ったトッシュにいなされ、掠り擦れた音が耳に届いた。そのトッシュの回避にアーウィンはギャミの報告を思い出す。
「神の一重…。本当にイクスシェイドの奥義を使えるとはな」
ギャミの鎌鼬アローをいなしたトッシュの絶対回避の技。それはイクスシェイドの極めた奥義。『神の一重』。その技はあらゆる攻撃をいなす。それを土壇場でトッシュが身に着けたという報告、にわかには信じられなかったが、ギャミの誇大報告でしかないと思っていたが、まさか事実だったとは。
「チッ!めんどくせぇ奴だ全く!」
「めんどくさい人はお前もだろアーウィン」
「…テメェ、いちいち俺のことを人人人人言うんじゃねぇ!」
「えー、だって嘘をついたらいけませんってイクスシェイド先生が言ってたしー」
「へぇ、つまりその子も人間なのかい?」
「そんなはっきり言ったらかわいそうでしょ、自称魔族さんなんだからあの人は」
「ぐぬぬ…!」
地団駄を踏むアーウィンを見ながらマユ姉貴は、アーウィンの見せた八卦龍拳について考える。八卦龍拳は王国が生まれる前、東西南北四国が戦乱を繰り広げていたかつてのこの四国大陸に伝わる気の扱いに長けた技である。東に位置する密林の国シャンバラから生まれたその技は現在でも伝承されており、マユもまた八卦龍拳の雷の技を身に着けている。そんなマユだからすぐにわかった。八卦龍拳の座学で勉強した八卦の歴史において、姿を消した一族がいる。当時シャンバラでは5つの氏族がシャンバラの統治者の座を巡り、その過程で敗れ、消えたギム一族。彼らは影に潜む忍者の一族。八卦龍拳の開祖たるその一族は、つまりは魔界に逃れ現在までの260年間血を繋いできたのだろう。
「しかし風と地、二つも身に着けるなんてすごいね」
「フン、やはり知っているのか。ならばわかるだろうこの凄さが!俺だけじゃないぞ!我が配下のこやつらも4人で計5つの流派を身に着けているのだ!」
アーウィン率いるダークストーカーの忍者軍団。その側近である4名はそれぞれも八卦の技を身に着けている。その側近の一番であるトッシュとの交戦を避けた唯一無傷の男もまた、二つの流派を身に着けている。
「なんだなんだ?アンタあの人の技知ってるの?」
(こいつ…!)
会話の横から首を突っ込むトッシュはマユに聞いてみる。どうやらマユも同じ流派を修めているようだ。
「アタシが使えるのは雷。普通の人は一つで精一杯だけどね、一人で二つも使えるんだからすごいよ」
「へー…これがねぇ」
「うお!?」
トッシュが地面を踏み込む。その動きにまさかと驚いたアーウィンは、次の瞬間爆裂した地面の衝撃を身に浴びた。が、それだけだ。アーウィンのように相手の身体を宙に浮かせるほどではない。
「なんだ、驚かせやがって。おまえは相手の技を見ただけで真似できるみたいだけどよ、精度が全然よ!」
「まぁ…3333段の階段を20分で登ったから疲れてんだよ。お前さんは相手の不意を突いたり相手の弱ってるとこを攻撃する卑怯が得意な人だから仕方ないし文句は言わないけどさぁ」
ギャミの嫌味にトッシュも嫌味で返す。アーウィンは先ほどまでと様子が変わりいたく淡泊な顔つきとなった。
「いい加減貴様の嫌味も慣れてきたわ。じゃあ明日正午正々堂々とタイマンだとでも言うと思ったか?ばかめ!貴様の言う通り俺の本分の暗殺闇討ちでやらせてもらう、気の休まる時が来ると思うなよ。せいぜい眠れぬ夜に苦しむがいい。それに貴様に八卦の技をパクられるのも嫌だしな」
そう言い残し、自らの足元の影に沈みゆくアーウィンたち。ダークストーカーというだけのことはある。本当に陰気な人たちだなと思う。
「それにしても負け惜しみの最後の部分が本音かもしれない。トッシュは見た技をある程度の精度で再現することができる。なぜかはわからないがきっと天性の才能なのだろう。そんな才能あふれるこのトッシュ様に怯えて真っ向勝負を避けるのは当然の帰結だ。あんな陰気な人たちがこの俺に正面から勝てるわけが…」
と、モノローグのように独り言を続けるトッシュの後頭部に迫る刃!死角からの一撃!これが直撃すれば脳幹を貫かれ即死!
パシィ!その刃、短刀よりさらに小型の投擲に向いた構造の刃物だろう、それがトッシュの手の中に納まった!視線は変えずに!死角からの刃を捉えたのだ!
「なにィ!」
死角の岩陰から上半身だけ出しながら驚愕するアーウィン。トッシュは思考しながら振り返る。
(ふふふ、単純なんだよ。俺は今が一番弱ってるなら狙うなら今でしょ!本当に…)
そこから先は、あえて口に出す。
「陰湿で単純な人だなぁー!」