72話 青春、思い出へと変わる日々②
モラトリアム。
王国の若者は学校で学び、そして社会へ巣立っていく。中学を卒業し、高校を卒業し、大学を卒業し、大学院を卒業し、皆それぞれのタイミングで。
なぜだ。なぜ社会へ出るタイミングに違いがあるのか。頭が悪いからか。頭が悪いから進学できず就職するしかないのか。無論、大学を卒業したら必ず成功するわけではないことは知っている。良い大学院を出たNEETもいれば、中卒で起業して大成功した者もいる。
でも、それでも。
不公平だ。
NEETは大学でブラブラして。就職したくないから院まで逃げて。
中卒社長は10代半ばの若さで社会の荒波で仕事に打ち込んで。
至った結果は中卒社長の方が圧倒的勝利なのは間違いないが、10代を学校でブラブラするというモラトリアムを中卒社長は知らない。俺は親父のように中卒で働きたくない。頭が悪くとも、王国には退学者収容キャンプと蔑称されるカス高がある。そこになら進学できる。そこでブラブラしてやる。
それだけじゃない。大学に行けばさらに4年(就職活動や卒論を除けば短くなるが)遊べる。俺は頭が悪いから進学できないが、頭が悪いから高校卒業を伸ばすことができる。高校で7年モラトリアムを過ごしてやる。家業を継ぐのは、それからだ。
4月1日生まれの頭が悪い俺は、高3になった18歳の4月1日についにカス高の番長に上り詰めた。
それから番長5年目の22歳の秋。王国一の進学校の1年坊にまさかの敗北!そいつの名はナイトウ。俺の最後の青春の年に泥を塗りつけた!
そして
やっと来たか・・この日が・・・・
この2か月の間、何度となくナイトウとの戦いを思い出したぞ。
俺の、ただ一度の…はいぼく!
進学校の1年坊に番長が敗れたのだ!
2か月の間、この辱めに耐えてきた。
「それもこれで終わりだァー!!!」
「やめろ撃つなァー!!」
神器トカレフをぶち込もうとする長老フジモトを、タイガとバーニィが絶叫して制止した。
「?」
「今撃ったら全員死ぬ!粉塵爆発する!」
「お前も死ぬぞ長老!」
キョトンとする長老にタイガとバーニィが手短に説明する。粉塵爆発、ある一定の濃度の可燃性の粉塵が大気などの気体中に浮遊した状態で、火花などにより引火して爆発を起こす現象である。
「…それはヤベェな」
さすがの長老も粉塵爆発は知っている。トカレフを胸にしまい、肉弾戦で決着をつけるべく歩を進める。長老の目には、小麦粉の粉塵の奥でうずくまる人影が見えていた。
「今の棚を倒すので最後の力を使い果たしたようだな…だが容赦はせん!死ねぃ!」
「まてぃ!」
「!」
背後からの呼びかけに長老は振り返ると、目の前に人間が投げ飛ばされたのが見えた。それはタイガとバーニィを制圧していた手下二人。つまり。
「あの制圧を解いたか…!」
「タイガ…ナイトウくんを頼む」
「…おぉ」
バーニィがゆっくりと長老へ歩み寄る。タイガはバーニィと長老が組み合った瞬間にナイトウのもとへ飛び出すべく身を構える。
「フゥン!よかろうまずは貴様から瞬殺だ!」
長老が拳を顔の前に構え、背を落とし走り出す!そのダッシュと同時にタイガもナイトウへ走り出す。すれ違うタイガの姿には気づいたが、今は後回し。被弾面積を減らしつつ顔をガードし、バーニィに必殺スマッシュを打ち込む!
「飛べェ!」
バーニィの目前でさらに腰を落としつつ拳を顔から離し、全身に力を込め、バーニィの顎へ向けて打ち放つ!必殺長老スマッシュ!
ゴッ!
強い衝撃が顎に入り、世界が反転した。天地がひっくり返り、一瞬状況がわからなかった。自分を見下ろす敵の姿を見て、ようやく理解した。
「俺が…倒された…」
長老の放ったスマッシュ、を掻い潜るように、バーニィのカウンターが長老の顎に打ち降ろされていた。
「…ヘッ、お前は…既にこいつらに負けてるんだよ…」
一瞬の決着を目に、ナイトウは笑う。神器トカレフされ封じれば、タイガとバーニィなら勝てる。一度勝った相手に負けるような奴らじゃないと、ナイトウは友達を信じていたから。
「ナイトウく…」
「コラー!なんばしよっかー!」
タイガがナイトウを起こそうと駆けよる瞬間、倉庫の入り口からおぢさんの怒号が響いた。
「やべ…!棚がぶっ倒れた音で…逃げるぞナイトウくん!」
バーニィも倉庫の入り口へ駆け出している。おぢさんはバーニィがなんとかするだろうから、タイガも遅れ菜様にナイトウと走る。
「クッソ…足が…」
「長老!すぐ行きますよ!」
長老も逃げようとするが、脚がふらついてうまく走れない。そんな長老を手下二人が支え、入り口へ向かって走り出す。
「ごめんおぢさん!」
バーニィがすれ違い様にボディーに一発ぶち込んで、おぢさんがうずくまる。ナイトウたちと、あとついでに長老たちが走り出すのを見届け、バーニィは財布から2000円出しておぢさんのポケットに突っ込んだ後に走り出す。このお金は、おぢさんのお腹を殴ったことに対するごめんなさいの気持ちだった。