12話 秘湯!ローシャ市温泉巡り
やっとヒロイン出せるぅー
魔王軍のローシャ市襲撃から1週間。トッシュはアル、アカネと旅館で宿泊していた。ローシャ市は温泉もある湯治スポットなのだ。アカネは王立労災病院を毎日受診しリハビリに励んでいる。手足の断端の傷は闇医者による手足の切断処置後、術による回復促進によりすぐに治癒しており、義手義足も完璧にマッチングし自在に動かせるスペシャルな一品(四品?)をアルが用意しているため、すぐにリハビリ開始となった。市に家を持っていないため泊まる場所をどうにかしなければならないが、もちろん宿泊費が問題になる。が、これはトッシュとアルが魔王軍のボス二匹を撃退したことをローシャ市が知り、費用を公費で負担してくれることになったのでクリア。さらにアカネの医療費も公費で負担してくれることになった。これはローシャ市の純粋な謝意ではない。魔軍と戦える戦力を街に確保するためでもある。
「はぁ~。アルよぉ~オメェのせいでもう戻れないんだけどー」
「まぁいいでしょ。トシの目的は親御さんの仇討ちでしょう。べつに個人でもできるしボクも手伝うよ」
「あーもーどうしたもんかねー。裏切り者だから情報集める同僚の協力なんて得られんしよー」
あの襲撃の後トッシュは温泉でアルに一通り愚痴った。が、過ぎ去ったことは仕方ない。一応アルの信頼を獲得でいたということだし探りが入れやすくなるから結果オーライだろう。それにどうせ『アイツ』が確認に来るのは間違いないだろうし。
アカネを一人にすることは不安なのでアルを残し、トッシュは一人ローシャ市を巡る。侵攻前に集めた情報によるとこのローシャ市にはかつての勇者の仲間の一人がいるらしい。その者ならば何か知っているかもしれないため、いい機会なので訪ねることにする。堕ちた聖女と蔑まされているかつての勇者の仲間、僧侶サンのもとへと。
ローシャ市は市街地を外れるとあっという間に辺境のド田舎と言った様相を見せてくる。実際王国の南の外れの辺境なのだ。労働者を集めた中央部以外は農業や林業などで細々と暮らしている。こういう言い方をすると中央部は栄えているように思えるかもしれないが実際は違う。中央部も人がある程度多いというだけでそんなに産業は充実していない。昔は炭鉱などで栄えていたのだが、資源が枯渇するとそうもいかない。
そんな人気のない山の中を歩むトッシュ、年季の入ったトンネルの中へと進む。ローシャ市のことはおろか人間社会のことをろくに知らないトッシュ、あまりも人の気配の無い雰囲気から道に迷ったかとすごい不安になる…地図を見る限りは間違っていないようだが。堕ちた聖女と言うくらいだ、世捨て人として人里を離れて過ごしているのかもしれない。が、それでも知らない道故にトッシュは不安になり、背後の気配に不安を打ち明けた。
「うーん、こっちで合ってるかなぁ…?」
「…いつから気付いていた?」
その問いかけに応える声。普段はあまり喋らない男がどうしてすんなり返事をしたのだろうか。それだけトッシュのことを気にかけているに違いないのだろう。トッシュに暗黒真拳を伝授した師であり、魔王の腹心、イクスシェイド。
「さっき。人が全くいないのに気配がするんだもん」
「…私が貴様に聞くことは一つだ。なぜ裏切った?」
「んー…そう聞かれたら俺の答えはこうだわ」
そう答えたトッシュは少し間を置いて、言葉を続ける。
『俺は裏切ってはいない』
その言葉にイクスシェイドはどう思ったのか。安堵か、疑問か。あるいはその両方か。いずれにせよ裏切ったのではないのならば確認しなければならない。なぜ戻らないのか、なぜ魔王軍と戦ったのか、なぜ聖拳に到達したのか。
「敵を騙すには味方からと言うだろ?俺やクロホーンを一蹴したあのアルって子、あいつはやばい。あいつの強さは単独で到達するものじゃない。俺がアンタに鍛えられたように、だ」
「あの少年の師がいる、と」
「そう。あの強さを持つ同門の兄弟弟子たちがいるなら、その強さを伝授する師匠がいるなら、魔王軍に対する最大の障壁だ。だから俺はアイツの信頼を得て、アイツの背後関係を調べる…問題はアイツ記憶喪失になってて簡単にはいかないんだけどな」
「…わかった。ならばサガや軍団長たちにも伝えておくことにしよう」
「いや、伝えるのは魔王イクス様にだけでいい。他の奴らが知ると不自然になるかもしれんからな」
敵を騙すなら味方を騙してこそだ。それに魔王軍は今は動けないのはわかっている。すぐに邪魔しに来ることは困難だ。あるとすれば魔王軍の幹部が単独で来るくらいだろうが、それもイクスシェイドが抑えてくれればいい。
「魔王軍はすぐには動けないだろ。不死の軍団以外は餌がいるからな。まずは王国首都の畑でも耕さないと。兵站は大事だぞ」
「では成果を期待しているぞ。あと不死の軍団長は新しい奴を迎えるからな」
「あー、ギャミじゃなければ誰でもいいよ。…あ!そうそう、ローシャ市の南にインサラウム村ってのがあるんだけど、そこ俺の領土だからな。荒らさないでくれよ」
「ふむ…ならギラビィでも置いておくか。アイツなら外見は人間とほぼ同じだしな。お前は一応裏切り者だからギラビィの領土としておけばいいだろう」
「おっけーおっけー。それで頼む。じゃ、俺は母ちゃんの仇を知ってそうなやつのとこ行くからまた今度な」
イクスシェイドを置いてトッシュは駆け出す。いつボロが出るかわからないから。一生懸命考えた言い訳がうまく通ってくれてよかった。クロホーンとギラビィが生きていたからできた言い訳だ。特にクロホーンに関してはまずい。クロホーンが死んでたらどうするつもりだったのかと聞かれたら本当にまずかった。一応アルは記憶喪失で弱体化しているからクロホーンなら大丈夫だと思った、という回答を用意してはいたが。
「しまった…聖拳のことを聞きそびれたぞ…まぁ、さっきのアイツからは光の力は感じなかったし、闇の力で抑え込めているなら大丈夫…か?」
そんなこんなで3時間後。トッシュはようやくたどり着いた。3333段の階段があるというローシャ市の寺院。僧たちが修行にやってくるここで、僧侶サンの姿が確認されたのだという。
3333段という王国で一番段数の多い階段で有名な寺院、サカ院がある禁戒山では僧たちが日々修行に励み、その疲れを麓の温泉で癒している。温泉の名はマッカーサーの湯。その効能は痛風、尿管結石、顎関節症、五十肩、運動音痴、くしゃみ、くじけそうな心、 痔など様々。サカ院を目指す山道を登り足腰がいっぱい疲れたトッシュ、ここでマッカーサーの湯に浸かろうとすると、温泉は麓だけではなく山頂にもあるという観光案内を聞く。麓から山頂まで20分で到達しその霊験あらたかな秘湯に浸かるならばたちまち困難を解決するという伝承があるという。ここはいっちょやってみっか!とトッシュは気合を入れ禁戒山登頂開始!
「間に合ったー!」
タイムは19分58秒!道中魔王軍の妨害にも遭遇したが見事到達!着衣を脱いで20分切りの記録保持者しか入れない秘湯へと案内される。この湯こそが本当のマッカーサーの湯である。山頂に走る霊脈から漏れ出た霊力の籠った温泉は、麓まで流れるに従って霊力が禁戒山に流れ落ち、麓ではすっかり出がらしである。しかしこの山頂から湧き出た湯は別!霊力の純度99.97%!着衣をすべて脱いで温泉へダイブ!
「きゃあ!」
「うおおお!」
この秘湯マッカーサーの湯!なんと混浴!トッシュはうっかり女性の豊満なお胸へ飛び込…めない!女性の見事な対空迎撃がトッシュの股間を直撃!そのままトッシュ、温泉へ撃沈!
「ちょっとなんなのさ!いきなり飛び込んできて変態かい!」
水中に沈むトッシュにその女性は叫ぶが、一向に浮かび上がる気配がない。濁り湯なので底でどうなっているかが見えないのだ。しばらく様子を見て、さすがにやばいと察し女性はトッシュを引き上げる。
「…気絶してるねぇ」
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「死ぬかと思った!死ぬかと思った!」
「悪かったよ、でも坊やも悪いんだからね。女の子にあんな真似したらダメさね」
「(女の子?)…失礼ですが、おいくつで?ぼく18歳」
「女性に年齢を聞くなんて失礼な奴さね。まぁ…同い年さね」
目線を逸らしながら答えるその女性、明らかに同い年ではない。何と言うか年季を感じさせる顔に刻まれた細かいシワ、くたびれた感を隠せない肌、ちょっと重力に逆らえなくなってきた頬。若く見積もっても20代後半である。
「…干支は何です?」
「!…ちょっと待て。干支なんて聞いてどうする気さね!」
「あっもういいです今ので察しました」
「クッ!あぁそうだよアタシはもう30だよ文句ある!」
「文句はないけどそう隠すから余計気になるだけっすよ。ていうかその歳であの階段を20分切りってすごいですね」
「ちょっと待て、その歳であの階段をじゃなくて女の子なのにあの階段を、だろお前!怒るぞ!」
人の気にしていることを弄るのは楽しいものである。温泉で裸の付き合いのせいだろうか、お互い初対面だというのに遠慮が無い。一回りも年上の女性を相手にトッシュはその包容力に甘え、女性は子供のように甘く接しているのかもしれない。
「そいやお名前聞いてませんでしたね?ぼくトッシュ」
「アタシはマユ。遠慮なくお姉さまと呼んでいいわよ坊や」
「えぇ…」
目線を逸らしながらマユと名乗る女性は、年齢こそ高めではあるが美しい顔立ちをしていた。若い頃はさぞ美人さんだったに違いない。トッシュは初めて目にする同族の女性の身体にドキドキが隠せなかった。それをごまかすために遠慮のない物言いをしているのだろう。自分の本心を悟られないようにマユの心を乱そうと。そんな童貞の狙いなど年配の女性はあっさり見抜いているのだが。
「で、君はなんでこんなとこまで来たんさね?こんな山奥にさ」
「まぁ、ちょっと探し者がありまして…」
「魔族がわざわざ人間の世界に探し物…ねぇ」
「!…今なんて!?」
いきなり飛び出した魔族と言う単語。トッシュは魔族ではない。由緒正しい人間である。少なくとも外見で魔族と誤認するような要素は皆無のはず。ならばなぜ魔族と誤解したのか?中身か?トッシュの中に宿る闇の力を感じての言葉かもしれない。相手の力を察知できる者はそうはいない。3333段を20分切りするほどの強者、ということ。警戒を強めるトッシュを諫めるように言葉を続ける。
「あぁ誤解しなくていいよ。アタシは魔族の敵じゃないし人間の味方でもない。好きにするといいよ」
「…じゃあ、一つ訂正させてもらいますよ。俺は魔族じゃない。幼少から魔界で育ったただの人間ですよ」
「へー。魔界でー。だからそんなに闇のパワーを持ってるのか」
「んで、探し者はかつての勇者の仲間だった僧侶サン。堕ちた聖女と呼ばれているとかでこの辺での目撃情報があるって聞いてまして」
「あーはいはい、僧侶サンねー。たしかにいたねー。元々ここで修業してたねー」
困難を解決するという秘湯の効能だろうか。いきなり手掛かりゲットか!?
「奴さん、もう死んでるよ」