69話 刃傷!復讐の切先①
週が明け、月曜日。休日は不思議なものですぐ終わるものである。月曜という大敵を迎え入れた人類は、出勤、登校という戦場への出立へと発つ。人類が求める祝福、週末を目指して。
「あー、だりー」
トッシュは朝が苦手である。血圧が低い。現在の平時はだいたい100/60くらいで推移している。あと夜が好きである。朝が嫌だから、寝るのがつい遅くなる。その逃避が翌朝の苦痛をより増強することはわかってはいる。それでも、寝つきが悪いのだ。
「この首の傷がまだ痛いし…」
先日の戦いでクラウスくんに一閃された首の傷…ではない。土曜の午後、トッシュはライゾウくんと一緒にクラウス宅へ訪問し、クラウスがこれまで撮影してきた女の子たちがレイプされている動画や画像を処分していたのだが、ライゾウにその際にやられてしまった。
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「ん…この子は…」
クラウス宅をガサ入れするトッシュとライゾウ。トッシュは探った本棚に隠された、奥にあるもう一つの本棚にあったアルバムをおもむろに開いた。そのアルバムに収められていた写真は、どこかで見たようなメガネをかけた女の子が男たちの下になっているもの。そんな女子の見られたくない写真を見たものだから、同じ女子としてライゾウは咄嗟に動く。
「見ちゃダメです」
自分の背後に立っていたライゾウの目とトッシュの目が合った。トッシュの体は前を向いたままなのに。ゴキリと鈍い音と同時に目と目があった瞬間、トッシュは急いでその傷を癒しにかかる。
「か…!は…!…ハァ!」
トッシュの視線をそらすために首をゴキリと回したライゾウ、勢い余って180度回してしまった。首の皮一枚どころか首自体は繋がっているのに危うく絶命するところだった。
「ライゾウくん!死ぬとこだったぞガチで!」
「ッスねトシさん。嫌なら下がっててください。女の子のこんな写真男が見たらダメです」
筋肉モリモリのひげ面のライゾウくんがトッシュにそう言った。股間には一般的な成人男性とは比較にならない逞しい男性器をぶら下げているライゾウくんが、トッシュにそう言った。しかし仕方がない。ライゾウくんはくノ一なのだから。
「…わかったよ。じゃ俺は尋問するわ。それ借りるよ」
「どぞ」
写真をシュレッダーにかけながらライゾウがトッシュに手渡したのは、ニンジャの秘薬。様々な効能を持つ秘薬があり、今回持ち出した秘薬の一つが、嘘がつけない秘薬である。通常使用される自白剤とは違い、少量であれば後遺症もないとても都合のいい薬だ。王国最強貴族超爵の末っ子を廃人にしてしまったらいろいろヤベェのだ。
「さて、クラウスくん。あの棚にあるので全部なのかな?女の子を脅迫するのに使った画像や動画は」
「…そうだよ」
「ほんと?」
「…本当だよ」
クラウスは少し目を逸らして、繰り返し答えた。まぁトッシュにはわかっている。これが嘘だということは。気配探知が得意なトッシュはクラウスの所作ですぐに真実が別にあることを突き止めている。が、使う必要はある。拷問よりも確実に、どこにあるのかを突き止めることまではさすがにできないのだから。
「せい」
「んぐぉ!」
トッシュはクラウスの口に液状の秘薬を突っ込む。突然のことで胃ではなく器官の方に入ってしまいクラウスは反射的にむせる。まぁ、体内に少量摂取されたので十分だろう。この後に誤嚥性肺炎になるかもしれないが。
「ばへ…」
「おぉ…こんななるのか」
ボーっとした表情に陥ったクラウス。口からは唾液がトロリと垂れてきてる。嘘がつけるほど頭が器用でなくなるのだろう。聞かれたことに正直に答えるしかなくなったクラウスに、トッシュは問いかける。
「お前が撮影してきたレイプの画像や動画はあれで全部か?」
「いいえ…」
「他のはどこにある?」
「う…」
そういえば『はい』か『いいえ』でしか答えられないらしい。それほど頭の回転数が落ちるとのことだ。飛行機で言うとV1に全然足りない程度。
「この部屋にあるのか?」
「いいえ…」
「このマンションのどこかにあるのか?」
「マンションの中にあるのかどうかは解釈がわかれるので判断しかねる…」
(むむむ。マンションのどこかという問いに、『はい』か『いいえ』で答えられない、答えにくいのだろうか。ということはことは、こうか!?)
ピコーン!トッシュの頭の回転がV1まで加速する。
「敷地内にあるのか?」
「はい…」
「庭にあるのか?」
「はい…」
ビンゴ。このアパートの敷地内、つまり庭。マンションの中とは言えないが、外とも言いにくい場所だ。どちらかというと外寄りな気はするが。
窓から庭を見下ろすトッシュ。闘気が残っていれば気を庭に浸透させ、八卦龍拳・地の真似で探ることもできるのだが、首の骨の治癒に全部使ってしまったのでもうできない。一つ一つ、聞いていくしかない。
「庭に埋めたのか?」
「はい…」
「あの木の根元か?」
「いいえ…」
「あの駐輪場のあたりか?」
「いいえ…」
「門のあたりか?」
「いいえ…」
「手下の詰め所のあたりか?」
「いいえ…」
むむむ。これは難しい。もしかしたら目印が無い場所に埋めたのかもしれない。そしてもう一つ。一か所ではないかもしれない。一か所に隠したものが全部と思わせる程度の賢しさは、クラウスにも備わっているだろう。
「隠したのは1か所か?」
「いいえ…」
「隠したのは2か所か?」
「いいえ…」
「隠したのは3か所か?」
「はい…」
なるほどなるほど。あとは念のために、これも確認しよう。
「このマンションの外に持ち出しているか?」
「いいえ…」
最悪、この庭をひっくり返せばいいということがわかった。ライゾウは正統派のくノ一であるため、気を使ったり魔力を使ったりはできない。八卦龍拳・地はトッシュがやるしかない。
「コントロールが難しいが、生命エネルギーを闘気に変換する!」
一歩間違えれば生命力が一気に無くなってしまいかねない危険な技術だが、学校の平和のためにやるしかない。生命力が尽きなければもう一つ持ってきたニンジャの秘薬で回復もできる。
「せーの!」
ズルゥ!と体から何か大事なものがぬけていく感覚、冷や汗と悪寒がトッシュの背筋に走る。
「…くっ!」
すぐに変換を中止したため、少ししか闘気にできなかったが、十分である。一気に生命力が抜けなかったので、むしろ満点といって差支えが無い。この少量の闘気を、庭に宿る霊気に混ぜ込む。自然エネルギーである霊気を外から操る八卦龍拳。その才能が無いトッシュは自分の闘気を混ぜ込むことで霊気の隷属化を図る。これがトッシュの八卦龍拳ならぬ劣化龍拳だ。
「ふんふんふん、あったあった。確かに3か所。塀の真下と、目印の無い庭のど真ん中と、隅の石畳の下…か。あんな石畳持ち上げるなんてさすがパワー系の貴族だなクラウスくんは」
ふと、トッシュの脳裏に邪な考えが過る。
(…持ってかえっちゃおうかな…)
その瞬間、トッシュの肩にポン、と軽く手が置かれた。
「トシさん、変なことは考えないでくださいね…」
ビクン!とトッシュの全身の毛穴がぶわっと開く。
「は、はい…」
ガクガク震えながら、トッシュはライゾウへ答えた。これは下手したら自分もライゾウにクラウスと同じ目に遭わされるかもしれないと、震えが起きる。あんなことはもう二度と体験したくない。ウニヒトデに触手を挿入され、射精させられたあの悪夢を思い出したトッシュは、素直に察知した3か所の土を活性化させ、埋められたブツを土に還した。