66話 悪童、許すまじ④
トッシュはディナーを嗜んだクラウスたちを背後から尾行する。万が一、予想した二か所以外にもヤリ部屋があるかもしれないからだ。もしかしたら野外でやる可能性もある。一番可能性が高い秘密クラブに二人で張りこまないのはそのためだ。
(けど、このルートだとあの秘密クラブに行きそうだな)
人通りの多い繁華街。おかげで尾行はやりやすい。万が一見失っても大丈夫。トッシュは気配探知が上手だ。一度察知した気配は探知を継続している限りり二度とは見失わないと自負している。ただ、継続していればの話で、例えば探知が一瞬途切れた場合は…この雑踏の中で特定の人物の気配を探るのは至難の技だろう。海の砂浜に落とした鍵が波に一瞬で飲み込まれるように、大量の気配に混ざって仕分けが困難になってしまう。
(まぁよほどのことが無い限り俺の探知は途切れない…!)
パキン、と甲高い音がトッシュの耳に届いたその時。トッシュがクラウスに張り付けていた気と、周囲に広げていた気が絶たれてしまう!
(なに!?)
見失わないよう急いで気を広げるトッシュだったが、目の前に立ちふさがる影が、トッシュの気を通さない!
(ジャミング!?やべえ見失う!)
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その頃、トッシュから送られた合図を確認したナイトウは、来たる決戦に備えトイレに籠る。じきにこちらに向かってくるクラウスとその手下たちからナツキを守るために、万全でなければならない。ならば腹の中にたまるものを出し切って、体を軽くしなければならない。
ジョバァ~と排泄したうんうんを流し、この秘密クラブ地下のヤリ部屋NO3体育館倉庫仕様のセットの一つ、跳び箱内に潜入しようとトイレの戸をガラっと開けたのと同時に、ヤリ部屋NO3体育館倉庫仕様の入り口もガチャリと開く。
(な!?早すぎ…!)
もう来たのかと迎撃態勢を構えるナイトウの目に映るのは、秘密クラブの従業員の姿だった。
「し、失礼しました!?もうお越しになられて…って、この部屋の予約はあと13分後のはず…。人数も8人…貴方は一体どちら様でしょうか…?」
威嚇するように低い声でナイトウに問いかける従業員。その手に持つ箒の中から白刃が煌めく。この秘密クラブは店の性質上素行の悪いお客様も少なくない。故に一部の従業員は武道を身に付けた武装従業員である。一流のお客であるクラウスともなれば、当然お店でも随一の使い手が迎えるのも当然だ。
(やべぇ!どうする!このまま武装従業員と戦えば騒ぎになってクラウスたちが余所に行くかもしれない!ならば止む得ない!)
箒から完全に抜いた仕込みソードを構え、じりじりと迫る武装従業員。ナイトウがとる手段は…逃走!
「うおおおお!」
武装従業員にナイトウは突っ込む!迎え撃つ武装従業員の刃を、ナイトウの鞄がガードする!不良であるナイトウは鞄に厚さ5mmの鉄板を仕込んでいる!念のため登校鞄から鉄板を入れ替えておいて正解だったと安堵する。仕込みソードはその性質上、通常の剣に比べて細く、耐久力が無い。武装従業員のパワーと、厚さ5mmの鉄板に挟まれた仕込みソードは当然パキンと折れてしまう。
「なに!」
鞄に鉄板が入っているとは思っていなかった武装従業員は、そのまま全速力で突っ込むナイトウの体当たりを受けて廊下へ倒れ込む。そのままナイトウはクラブから脱出する。
「クソ!者ども!出ませい!」
武装従業員の一声で同僚たちがナイトウを後から追うも、ナイトウは既に脱出済みである。トッシュは特殊な技術で潜入する技術を持っていたので、あとは合流して一緒に潜入するしかない。ナイトウはトッシュから預かったマジックアイテムの紐を引き抜き、トラブルが起きたことを伝えようとする。
「留学生!聞こえるか!?」
「ナイトウ!?すまん見失った!しばらく一人で時間を稼いでくれ!」
「え!?ちょ…俺も…」
「キィエエエエエエ!!!」
ナイトウが自分がしくじったことを伝える前に、トッシュから同じ内容の話を伝えられる。ナイトウはトッシュに現状の報告と相談をしようとするが、マジックアイテムから届く別の第三者の声、というより奇声がナイトウの声をかき消した。
バチ、っとマジックアイテムの通信が途切れる。どうやらあの奇声の主はトッシュを妨害しているようだ。そういえばクラウスには一級ソルジャーたちがボディーガードについていた。つまりはそういうことだろう。
「クソ!上等だ俺一人でやるしかねぇか!」
ナイトウは秘密クラブの入り口が見える場所に張りこむ。クラウスたちの姿を確認したら強行突破を図るつもりだ。
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「キィエエエエエエ!!!」
トッシュに向かって斬りかかる謎の剣士。その鋭い斬撃はトッシュのマジックアイテムを真っ二つに両断した。
「チッ!」
トッシュは距離を取る。その剣士はかなりの使い手なのは間違いない。しかも剣だけではない。トッシュの気配探知を寸断する気のジャミングし、騒ぎにならないようトッシュを抱えて建物の屋上まで飛び上がった膂力も持つ。それほどの強さを持つならば、すぐに殺そうとするのもできただろうが、あえてそうしなかったのは騒ぎになるのを嫌ってのことだろう。
(まぁ俺を殺そうとしても無理だけどね。…さっさとこいつを処理してすぐに秘密クラブに行かなければ…)
全力で聖拳を打ち込めば一瞬で終わるだろうが、まず間違いなくでかい爆発になるため大騒ぎになる。クラウスの犯行の現場に乗り込むためにも騒ぎになるのは避けたい。騒ぎに乗じてヤリ部屋を変えるかもしれないから。故にトッシュに求められるのは静かなる戦い。加えて、この剣士を殺すのではなく無力化。下手に殺人事件なんて起こしてしまったら、まぁ犯人だとバレるとは思ってないが万が一もある。もしそうなれば留学どころではない。
「秒で終わらせる…」
久々の戦いに少し高揚するトッシュに、剣士は吠える。
「クラウス坊ちゃんの青春を邪魔する悪童許すまじ!成敗してくれる!」