11話 忠儀!我が命、主君のために
6話をちょっと修正しました
彼はいじめられていました。彼だけではありません。彼のパパとママもいじめられていました。パパの種族とママの種族は対立していましたが、その対立する種族の中で愛し合う二人がいました。彼らは自分たちが対立する種の架け橋になろうと頑張りましたが、現実はそううまくいきません。彼らはそれぞれの一族において一般人にすぎません。一族の指導者であれば旗色も変わったかもしれませんが、一般人にすぎない彼らは双方の種族からいじめられたため人里離れた山奥で暮らすしかありません。
それからしばらくして、魔界全体を巻き込む大戦争が起こりました。もう20年以上昔のことです。魔界を統一した先代魔王は、魔族を区別しました。奪うものと奪われるもの。魔族は群れません。そんな魔族を団結させるため、ストレス解消のための最下層階級を作ったのです。当然孤立していた彼のパパとママ、その間に産まれたハーフの魔族である彼は奪われるものです。パパは戦争に動員され人間界で戦死しました。ママは病に倒れこの世を去りました。
彼はとても強かったです。それでも周囲から蔑まされ、決して認められることはありませんでした。魔王が勇者に敗れた後も変わりません。次代の魔王を決める骨肉の戦国時代へと突入し、とても強かった彼を恐れた近隣の魔族は彼を迫害しました。敵がいると普段纏まらない連中も団結するものです。パパの種族とママの種族が団結して彼を苛め抜いたのです。彼の一家は見事種族の架け橋となったのでした。
魔界に絶望した彼を救った男がいました。彼は迫害されている魔族たちを取りまとめ、魔界を統一するべく戦っていました。人間界からの移民の子孫、圧倒的な力を持つが故に魔王に警戒され滅ぼされた一族の子孫、弱小カルト宗教の指導者。奪われるものたちが男に従っていたのです。彼は思いました。この男なら魔界を変えてくれると。見事に魔界を統一した彼は、先代の魔王とは真逆の、力のある者を迫害しないクリーンな政策を実施したのでした。自らの側近である幹部に人間の、それも勇者の子を取り立てるほどです。彼は魔王のために戦います。死ぬのは怖いです。魔王に助けてもらった恩を返さずに死ぬなんて絶対に嫌です。それでも、どうしても勝てない相手が現れて、命を奪われるというのなら、彼はきっとこう言うでしょう。
「ならば魔王様のため!貴様だけでも連れていく!」
軍団長クロホーンはアルに勝てないのを悟り、相打ち覚悟で戦いを再開する。アルは生きていたのならば間違いなく魔王の障害になる。相打ち上等、せめて腕の2本3本だけでも奪ってみせる!そんなクロホーンの絶叫にも似た叫びから繰り出されるダークネスサンライズタックルをあっさり躱すアル。回避と同時に一発ついでに殴る。
「グッ!うおお!」
それでもクロホーンは方向を変え、アルに改めて突撃を慣行する。しかしアルはもう目の前から消えていた。これだ。この少年は気配を消すのが得意だ。その状態から繰り出される高速移動はただ速いのではなく察知が困難である。故に殴られてばかりだ。この移動術を【無拍子】と言う。名付けたのはトッシュだ。
「えー!それ名前ないのかよ!名前つけようぜかっこいいやつをよ!無拍子とかどうよ!この俺を翻弄した必殺技・無拍子だ!」
あの男と一緒にいるのは心地よかった。楽しかった。どこか、懐かしかった。トッシュは魔王軍だという。魔王軍がどういうものかは何となくわかる。おそらく自分はそのために生まれたのだから。だから、あの男が魔王軍に戻ったら敵になってしまう。それはだめだ。絶対に返さない。これからの人生にあの男が、トッシュの存在が必須なのだと、自分の根っこの部分が訴えている。だからこの魔族はここで絶対に始末する!その気持ちが、これまでにない感情がアルの中を満たした。
「そこかぁ!」
迂闊。殺気や戦意が無いからこそ察知が困難な無拍子、しかし今アルの中にはトッシュを渡さないという意思が籠っている。それはクロホーンに対する敵意になり、故にクロホーンはアルを一瞬早く察知しジョルトカウンターを打ち込んだ!
「…!」
そのまま殴り飛ばされたアル。体格差は歴然。ストロー級のアルに対しヘビー級のクロホーンのパンチは一発で大ダメージ!クロホーンの武器を壊していたから良かったものの、もし武器を持っていたら首がボディからグッバイ!していたところだ。
「グフフ…!ようやく捉えたぞ!」
「くっ…」
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二人の決戦を見守る二つの影があった。その影は双方とも、アルを知っている。アルの強さを知っている。
「ひいいいいい…あいつあの時のガキじゃねぇかァ~」
その一つは、山賊の拠点でアルを抉ろうとして腕を折られたラファエルくんだった。彼はどさくさに紛れて逃げ出し、アカネの手足の切除手術を施工した闇医者がいるローシャ市に逃げていたのだった。治療費は全額自己負担。でもまぁ逃げる最中山賊の死体の財布や洞窟の金目のものを持てる範囲で持ち出したから治療費は払える。とりあえずのんびり療養しようと思ったらまさかの百獣の軍団の襲撃だ。焦って一生懸命逃げてたらいつの間に軍団のボスが戦っているここに来ていた。ラファエルくんはいつもこうだ。行動の一つ一つが裏目に出てしまう。山賊になったのだって望んでなったわけではない。収入の良い仕事を見つけてやったら山賊の下請けで、真実を知った彼はそのまま抜け出すことができずに山賊にならざるを得なかった。まぁ、役得もあったが。
「魔王軍のボスと戦うなんてあいつやっぱやべぇよ~」
そんな風にビクビクしているラファエルくんのさらに後方の、建物の屋根の上にいるもう一つの影。
「魔王軍のボスなんぞに殴られるなんて、アイツやべぇな…」
その顔はアルにそっくりだった。
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「貰ったァ!」
クロホーンの長身から地上へ振り下ろされる必殺のスカイフックがアルに迫る!これが頭に直撃すれば急性硬膜下血腫間違いなし!なんとしてでも避けなければいけない!アルはダメージが残る肉体に鞭を打ち回避に移る。しかし思うように動かないその体をスカイフックが捉える。頭部は避けたが左鎖骨に直撃、ゴキリと嫌な音が聞こえた気がした。
アルはトッシュとのインサラウム村での話を思い出す。トッシュが言うにはどでかい爆発を起こす魔術をアルが使ったらしいがいまいち思い出せない。トッシュが命名した無拍子はアルにしてみれば必殺技でもなんでもないちょっとしたダッシュのようなものだから使い方などなくただ走るだけ。しかし魔術ともなればそうはいかない。複雑な術であればあるほど詠唱やら術式やら触媒やら魔法陣やらが必要である。トッシュが言うにはそういった予備動作の類は一切なかったそうだ。なればこそなおさらやり方がわからない。思い…出せない…!
「…ヘヘヘ、あのガキ敗けそうじゃねぇか…!て!やべぇよあのガキでも勝てないならだれが勝てるんだよぉ!」
観戦するラファエルくんはアルが負けたときのことを想像する。一気に魔獣たちがローシャ市を蹂躙するに違いない。古い言い伝えにあるローシャ市に封印されているらしい魔神を蘇らせたりするかもしれない。そんなことになればもう人間社会は終わりだ。
「安心しな。俺がいる」
後ろから聞こえた声に振り返るラファエルくんの瞳に写るのはあのときのガキ。自分の腕をぼっきり折りおったアルと瓜二つの少年だった。
「ひいいいいい!あのガキじゃねぇかァ!二匹もいるのかよォ!」
「失礼だね君は。俺をあんな不良品と一緒にしないでもらいたいね」
「じゃあさっさとやっつけてくれよ!あいつ敗けそうだぞォ!」
「えーやだよ。あいつが死んだら俺が行くからそれでいいだろ。君もそっちがいいんだろ?」
「えっ…う、うん…」
ラファエルくんはアルに恐怖を抱いている。願わば二度と会いたくない人間だ。ここで魔王軍のボスと相打ちになってくれれば一番である。それが望めないならば、アルが死んだあとクロホーンが死ぬパターン。それをやってくれるなら万々歳だ。
(それにしても赤い衝撃…なぜ魔術を使わない?いや、使えないのか?)
スカイフックを回避できずそのまま姿勢が崩れるアルに、クロホーンの追撃!そのまま地から飛び上がるアースアッパー!
デッ!アースアッパーがアルの顎を掠め摩擦の音が耳に届く。スカイフックを受け屈むような体制のアルのおアゴを砕くはずだったその一撃は不発!
「な…!」
アルは魔術が思い出せない。もしトッシュが言うような魔術を使えたらならば一瞬で逆転できるだろう。しかし今は使えないのだ。ならばどうするか?頑張って思い出すか?無理だ。アルはそんな無理に賭けるような、今できないことにすがるような貧弱な男ではない。できないならば別の手を考える。鎖骨が折れたのですごい痛い。体を動かすのもしんどい。辿り着いた結論は最低限の動きで最大限の一撃をかますということ。言うは易いが成すはムズい。それをやってみせる。
屈むアルはクロホーンの左アッパーが来るのを察知した。最大の好機と判断して威力を最優先した結果、とても分かりやすい予備動作が見えた。並の人間ならば回避できないかもしれないが、アルならば可能!
倒れる方向をクロホーンの左腕側に向け、そのまま重力に身を委ねる。クロホーンのアースアッパーが頬を掠めた。そのままアルはバランスを崩し倒れ…ない!右腕でクロホーンの左腕を掴み、右のヒザ蹴りを肘に繰り出す!そのままテコの原理でクロホーンの左腕の関節を逆パカ!わかりやすいテレフォンアッパーを繰り出したクロホーンの迂闊なことよ。
「グオオオオオ!」
勝利を確信したときほど人の精神は脆いものである。逆転の一手を繰り出されては気が滅入る。クロホーンは腕など惜しくはないと言いつつも一度確信した勝利からその決意を完全に失っていった。勝てるかもしれないという気のゆるみが命惜しさに繋がる。無理もない。できるならば誰だって死にたくないのだ。
「クッ!命と引き換えに貴様の腕でも貰いたかったがこれではそれすらも叶わぬか!ならば無駄死にすることこそ不忠の愚行!一先ずその首預けるぞ!」
クロホーンは翼を広げその場から飛び去った。同時に魔獣たちも撤退する。一先ず危機は去った。
「まじかよぉ~あいつ勝ちやがったよ~…アレ?そっくりさんがいねぇぞ?」
ラファエルくんは先ほどまでいたアルそっくりの少年がその場からいつ去ったのかわからない。同じ顔しているだけあって普通ではないようだ。ラファエルくんは急いで病院に戻る。腕の骨折は治癒に時間がかかるのだ。
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「やぁ、東方不敗だよ。良い知らせと悪い知らせがあるんだけどどっちから聞きたい」
空に向かって言葉を紡ぐアルと同じ顔の少年。その名、東方不敗はイタズラ気味に何者かと言葉を交わしているようだ。
『そうか…悪い知らせから聞くとしよう』
「えー…まずいい知らせから聞いた方がいいと思うけどなぁ~」
『いいから早く言え』
「あいー。まずは赤い衝撃が生きていたよ」
『ほう…で、いい知らせの方は?』
「あいつめっちゃ弱くなってるよ」
『そうか…赤い衝撃が連絡を寄越さないのならば好きにさせておけ。弱っているのならば魔王軍と潰し合ってくれるだろう。お前はすぐに戻れ。魔王軍の侵攻が本格的に始まったようだ』
「あいよー」