10話 聖拳!目覚めた勇気
「うぬれぇい!闘気も尽きてもはや一撃で死に直結するというのに無様に足掻くなぁ!俺はお前に…憧れていたァ!最後はかっこよく潔いく散れぇ!」
「すまん、その要望には応えられん!」
トッシュがゆっくりとギャミに歩み寄る。ギャミはすかさず後退し鎌鼬アローを構える。あとほんのちょっとのダメージで死ぬトッシュ相手に真っ向から付き合う必要などない。遠くからチクチク削ればいいのだ。
「なぁつ!」
後退して剣を上段に構えた途端、目前にせまるトッシュがいた。5mは離れていたはずなのに一瞬で詰めてきた。いや、たとえ超速で詰められようとギャミが見逃すはずがない。察知できなかったのだ。闘気も尽きたトッシュはもはやその辺の石ころ程度の弱き存在である。故に、石ころを一つ一つ注視する者などいない。空っぽゆえに、反応が遅れてしまった。
(これはあのときのガキの!)
(師よ、これが俺の答えだ)
トッシュが辿り着いた【それ】は相手に剣を振らせない、抜かせない、握らせない、突き詰めれば戦おうという気を起こさせないいう無刀の極み。ギャミを無駄に煽ってしまったがためにギャミはトッシュを斬ることに半生を捧げた。あの時、ギャミを怒らせなければトッシュは斬られることがなかった。
では剣を抜かれてしまってはどうするか?簡単なことだ。振らせなければ良い。剣の腕はギャミが上。ならば土俵に上がらせなければ良い。ギャミと超接近戦を挑む。この距離ならば剣は機能しない。剣の勝負にならない。
「くっ!うざったい!)
ギャミは距離を取るべきだろう。しかしあえて!トッシュに付き合い前に踏み込む!ギャミは柄頭を左で握ったまま、踏み込みと同時に右の掌で峰をトッシュに押しつける。もちろんただ押し当てても大した傷にはならない。剣は振ることで遠心力を生じさせ、その勢いで斬る武器。鎌鼬はそれを突き詰め遠くへと飛ばす技だ。そう、鎌鼬は遠距離の技。つまり鎌鼬の距離を悟り超接近線を挑む相手もいるだろう。そんなときのためのこの技がこの圧割りだ。刀を相手の胴体に押し付けそのまま左手を引くと同時に右手を押し込むテコの原理で相手を斬り裂く密着用の技だ。
トッシュは両手で刀を挟む。無刀取りをする絶好の機会ではあったが、余力のないトッシュに全力を出してるギャミから刀を取り上げるのは不利であるためだ。そのまま押し込まれる刀に逆らわず地面に倒れこむ。あえて逆らわず攻撃を受け流すその動き!これが先ほどの鎌鼬アローを回避せしめたのだ!そして今回も見事圧割りを受け流しそのまま右膝で金的!これが実に痛い!
「んごぉ!ひ、卑怯な…!」
卑怯、確かにそうだろう。しかしトッシュの辿り着いた真髄、それは生きていれば勝ちというある意味とても生き汚いように見える。いや、実際そうなのだ。真向からの勝負では勝てないのだからそれ以外の手段を用いる。しかしそれが実戦というもの。お行儀のよい道場剣法にはない生きることを最優先に考えた実戦剣法。新陰流は実戦から生き延びるために産まれた剣術だ。だから剣が無くとも抗う術として無刀取りがあり、暗黒真拳がある。無刀取りは相手の剣を奪い自らの剣とするいかにもその発祥に由来する技だ。だがそれが到達点ではない。無刀取りはあくまでも手段の一つに過ぎない。最終的に生き延びるために今までの人生の全てを用いる、それが極意なのだ。
「くぅ…なぁにが無闘流だ!急ごしらえの奥義なんかで勝てるほど俺のサンダー流刀殺法の歴史は甘くない!奥義とは基本ができてこそ!日々の積み重ねがなければただのハリボテよ!」
然り。土壇場での思いつきで生まれた奥義など薄っぺらいだけだ。新陰流の、サンダー流等殺法の、これまでの歴史の重みが、日々の研鑽が、奥義を奥義たらしめるのだ。無闘流。トッシュが名付けた奥義は、果たしてどちらか。実はこの無闘流、さきほどの二闘流とはさほと違いがない。ただ拳と剣の二闘だけでなく、いままでの全てを活かすだけである。無闘流の無とは無限の無。無限の手段で生きるために最後まであきらめないという姿勢、決意。ただそれだけの覚悟の有無だけが違っているだけだ。少なくとも二闘流に辿りついてからの数年、そしてそこに至るまでの暗黒新陰流、暗黒真拳の鍛錬、それらが中身に詰まっている。
「薄っぺらいかどうかは確かめてみろ。この技でな」
トッシュはアルとの戦いで受けた無拍子(殺気なく近寄る歩法)を実践した。アルとの戦いの経験も今のトッシュを作る要因だ。そして今から見せる技もそう。ギャミとの戦いもまた、トッシュをトッシュたらしめる重要な要素なのだ!ギャミから受けたこの真空の刃を、ギャミに返す!ありがとうギャミ!お前のおかげでまた強くなれた!
「ばかな!俺の鎌鼬アローを!」
空を切るトッシュの手刀、しかしそれは空振りではない。鎌鼬アローをやってみせた。ただの手刀と思ってバックステップで回避直後の無防備なギャミを風の剣が斬り裂いた!しかしそれがギャミの逆鱗に触れた!
「他人の極めた技の猿真似がお前の奥義か笑わせるなぁ!」
ギャミの鎌鼬ブレイク!しかしトッシュがアローを打ち込んだ距離だ。ブレイクの射程外。のはずだった。ギャミの狙いは地面!鎌鼬ブレイクが地面に炸裂しその衝撃を拡散させる!これは自らも衝撃に呑まれるもろ刃の剣!しかしこれは見切れなかったトッシュもまた吹き飛ばされてしまう。
(ぐ…ダメなのか…俺の全てを打ち込んでも、勝てないのか…?)
鎌鼬を受けたという経験から作り出した自分の鎌鼬。それでも、ギャミの鎌鼬の模倣にすぎない。あと一歩、決定打となる何かが足りない!今度こそ潰えそうな意識のなか、トッシュは懐かしい声を耳にする。それはもう思い出せないと思っていた声。忘れていたはずの、その声はトッシュにやさしく語り掛ける。
『トッシュ、貴方には平和な時代を生きてほしい。でも、いつか何かを守るために、何かを成しえるために力を欲するときが来るかもしれない。そんなとき、今からお母さんが言う言葉を思い出すのよ。きっとあなたの力に…ううん、これは貴方自身の力。光を目覚めさせる勇気の言葉よ。』
それは在りし日の母の声。いつか聞いた、勇気の言葉。母はやさしく力強くトッシュに言葉を続ける。
『さぁ、私のあとに続けて言うのよ。あの日貴方に伝えた勇気の言葉を!叫べ!』
(勇気の…言葉…!)
トッシュは空っぽだと思っていた体の中に光が満ちるのがわかった。これがジャスティスが伝えた勇者の力だとすぐに理解した。自らの全てを使うならば、この勇者の子という産まれもまたトッシュの重要な要素の一つ!自らの光を目覚めさせるその言葉!
【…瞬着!】
トッシュが衝撃波で吹き飛ばされ、地に落ちるまでのその数舜の間の出来事だった。宙に舞うトッシュの全身から光が満ち溢れる。これは光の闘気!体の奥から溢れる光がその体を癒し、空っぽだったその体を満たし、そして尚放出される光が実体化する!それはトッシュの両手に輝くガントレットを作り出す!その間わずか0.3秒!勇者ジャスティスの聖拳が今、その子トッシュに受け継がれた!
「ばかな!さっきまで死にそうなほど空っぽだったトッシュの中に…この溢れる光の力は!」
トッシュは勇者ジャスティスの血を受け継ぐ勇者の子である。その内なる光の力と拮抗させることで闇の闘気を成長させていた。しかし今は集気法により闇の闘気はほぼなし!栓をしていた闇がなくなったことで光の闘気に目覚めた!
「いくぞギャミ!今度こそ決着だぁ!」
「ええいしつこい!俺の全力で粉砕してくれる!」
ギャミの全力の真・鎌鼬アローがその剣から生み出される!その威力は過去最高だとギャミ自身も自画自賛したくなる最高のアローだ!そこに真・鎌鼬ブレイクを重ねる!ギャミの奥義の極み・重ね鎌鼬で今度こそトッシュ自身をぶった斬る!
自らに迫り来る真空の刃!対するはトッシュの閃光の拳!
「うおおおおおお!ライトアーム・ライトニング!」
トッシュが繰り出す聖拳は光輝く必殺の技!
「ブライトパンチ!」
ゴシカァンと甲高い心地の良い音を伴い飛び出す輝く拳が真・鎌鼬アローを相殺する!これで重ね鎌鼬は使えない!しかしギャミ自身はまだ止まらない!まだ真・鎌鼬ブレイクが残る!今のブライトパンチで右のガントレットは霧散!残るは左の聖拳!
「レフトアーム・レイジング!」
光の力を刃に変え!闇を斬り裂く勇気の剣!
「レイブレェェエド!」
荒れ狂う真空を纏う嵐の剣!真・鎌鼬ブレイク!猛烈な光を生み出す勇気の手刀!レイブレード!交錯する二人の男の勝負の行方は!?
バキィン!トッシュの左拳に纏う聖拳が砕ける。そして膝を付くトッシュ。その背が振り返ったギャミの目に映る。憧れた強者の、追い続けたライバルの、その背中。いつかきっと届いてみせると決意した、ギャミの人生の始まりと言ってもよい小さくも大きい背中。
「まだだ!」
勝負はまだ終わっていない!ギャミは怒声と共に気合を込める!追い続けたその背中に、今にも手が届きそうなその背中に、憧れていたトッシュに追いつく時!トッシュを超える時!ギャミの剣もまた折れていた。奥義の乱用で全身が悲鳴を上げており明日には間違いなく筋肉痛だ。だがそれはトッシュも同じ。闘気を全放出しすっからかんで立ち上がれないでいる。
「さらばだトッシュ!」
背後から容赦なく襲い掛かるギャミ!トッシュ絶対絶命か!?
「焦ったなギャミ!貴様の負けだ!」
トッシュはこれを待っていた。剣を失ったギャミは警戒心がマッハで攻撃に慎重になるかもしれない。あえて無防備な背中を晒すことでギャミの攻撃を誘ったのだ。
「こ、これはぁ!」
トッシュの無闘流は自らの経験をすべて己の技に変える。暗黒新陰流、暗黒真拳、アルの無拍子、ギャミの鎌鼬。あと一つ、トッシュの手札はある。不死の軍団長・魔人騎士トッシュの切り札…そう、スクラムクレイモア!
ギャミに砕かれたスクラムクレイモアの破片たち。その破片に残る最後の命を燃やし尽くし、トッシュはその手に剣を持つ!アルが見せた剣を義手義足に変換した華麗な生成とは程遠い、それは剣というよりは破片が集まってできたただのでこぼこした鈍器に過ぎない。この鈍器がギャミの顎にカウンター気味に炸裂!
「ぐえー!」
綺麗に顎に入ったその一撃はギャミの意識を一瞬で刈り取った。絶命はしていないだろうが、この勝負はトッシュの勝利。完全な一本。その敗北を悟りギャミの移動を手伝った怪鳥プロプスがギャミの身体を掴み飛び立つ。ギリギリの勝利だったため、トッシュはもはや動けない。去り行くギャミを見送り、決意を固める。決着は次回、今度戦うときは確実な勝利を掴んでみせる、と。
最後の役目を終え、トッシュの持つ鈍器は砕け散った。その破片は光を失い、完全に命を燃やし尽くした灰へと姿を変える。スクラムクレイモアは最後に持ち主を守り、散ったのだった。
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「グハァ!貴様ただの人間ではないな!」
「…さぁ。それを知りたいんだよね俺は」
百獣の軍団長クロホーンはアルの前に劣勢の模様だ。周囲の魔獣や亜人たちも困惑している。
「まぁアンタらを倒すことが目的らしいからな俺は。逃げられると思わないことだ」
謎の少年アルの圧倒的な強さの前にクロホーンはこのまま敗れるのか!?それとも魔王軍の軍団長の意地が勝負を覆すのか!?待て次回!