62話 復讐、生きる目的①
「折れたか…あの人の剣が…」
溶け往くゾンビジークを前に、風雷剣で折れた魔剣ファックソードを手に、ギラビィは少し過去を思い出す。すっかり思い出すことはなかった剣の師匠。裏暗黒新陰流を生み出した黒い騎士アッシュ。暗黒新陰流への復讐を誓い、そして敗れ、その復讐をアッシュに託した敗北者が生み出した魔剣。暗黒新陰流に上等切って突き立てた中指の如く沿ったその刀身は、通常の剣よりも切れ味を増し、裏暗黒新陰流に最適化された、アッシュの復讐の象徴。
「アカネdhang…アカネchang…」
一瞬我を忘れていたギラビィは、その不快な声で自分を取り戻す。
(む!まだ生きてる!)
駆け付けたギラビィの前で、ミサキはその残骸を石を使って叩き潰した。そしてこの場に倒れているもう一人の被害者。ミサキと一緒に中から飛び出ていた男が、こういったのをギラビィは聞いた。
「俺は被害者じゃない…加害者なんだ…」
・
・
・
インサラウム村にギラビィとミサキは戻ってきた。もう一人、その場にいた男も。ミサキはあの後一言も男と会話をしなかった。男は村に着いたときには意識を失っていた。どうやらあのメタルアームをダイナマイト臨界させるために生命エネルギーを消耗したためらしい。今は村のクリニックで治療を終え、休んでいる。
ミサキは村の高台で空を見ていた。辛い時や苦しい時はいつもここで空を見上げる。村にあのゾンビが来て数時間。今はきれいな星空が天に広がっている。大きく空に広がる天の河。その河の両岸には、1年に一回しか会うことが許されないロミオとジュリエットがいると伝えられている。いや、イザナミとイザナギだったか?ミサキは勉強が苦手なのでうまく思い出せない。
「やっぱりここにいましたか」
「ギラビィさん…」
ギラビィの声に、ミサキは起き上がる。
「あのゾンビが来る前もここにいましたからね」
「なんか、頭の中が整理できなくて…」
村のクリニックに搬送した男の荷物の中から、あの山賊が奴隷として売買した少女たちの書類があった。なぜそんなものを持っていたのかはわからないが、山賊の一味だったという証拠としては十分だろう。
「お姉ちゃんを傷つけた奴は許さない。そう思ってたし、そう思ってたからあのゾンビの頭も叩き潰したんだけど…」
「君はあの男が憎いので?」
「そりゃあね…殺してやりたいくらい」
「じゃあ、復讐しますか?」
「…それは、お姉ちゃんが決めることだと思う。傷つけられたのはお姉ちゃんだから…」
「ミサキさんも傷ついてるように思えますがね」
「…当たり前じゃん」
ギラビィは、すぐに言葉を返さない。何かを考えているようにミサキはギラビィをチラ見する。
「復讐は、やっても虚しいだけとか、やっても失ったものは戻らないとか、きれいごとを言うつもりはないですよ。現に僕も僕の友達も復讐のために生きてましたから」
「友達…トシさんのこと?」
「ええ。あの人は母を奪われた復讐のために生きてます。それともう一人、ギャミって子もいるんですが、この子も自分のプライドを傷つけたトッシュさんへ復讐するために生きてます」
「ギラビィさんも…?」
「ええ。僕の復讐ではないのですがね。僕の亡き師匠が果たせなかった復讐を、かわりにしないといけないんです。託された技とこの剣に誓って」
ギラビィが師匠アッシュの言葉を思い出す。
「ギラビィ…友を作れ。一人では復讐は果たせない。俺も奴らに囲まれてフクロにされて結局一太刀も浴びせることは叶わなんだ」
裏暗黒新陰流のたった一人に伝承者として暗黒新陰流にいどんだ結果は、暗黒新陰流のリンチによる報復であった。暗黒新陰流の伝承者とタイマンを張れる環境を作る協力者がいないことにはお話にならない。そのためにギラビィが作った友達二人が暗黒新陰流の使い手だというのは皮肉なものだ。
そうしてアッシュから託された技と剣だったが、その剣は先ほどの戦闘で折れてしまった。村の鍛冶屋さんに修理を頼んでみたが、その特殊な構造から修理はできないという。
(これは貴方が作った秘伝の剣ですからそこらじゃ修理なんてできないようです。…折れた刀身と柄にピンバイスで3.1mmの穴を開けて、3mm真鍮線と瞬着接着剤で見てくれだけでも直しときますか)
その折れた剣を見ているギラビィに、ミサキが一言、思ったことを言い放つ。
「…復讐を、しないと…『いけない』んですか…?」
その言葉に、ギラビィに電流が奔る。しないといけない。確かに自分はこういった。でも復讐ってのはそういうものじゃないはずだ。あのトッシュも絶対に人間に復讐してやるとギラギラしていたし、ギャミもトッシュをやっつけてやると常に燃えていた。だのに、自分はどうだ。どこか一歩引いた位置から、義務感でやらなきゃいけないんだなって自分に言い聞かせていた。ギラビィは、トッシュとギャミが持ち、自分が持っていないものに気が付いた。それは理由。復讐の理由。
「ハハハ、そうだな、おかしいな。復讐って、そんな義務感でするモンじゃないよな」
「…?」
復讐の象徴たるファックソードが折れたのは天啓だったのかもしれない。
(貴方には申し訳ないが、託された復讐はこの剣と共に眠らせます。許せないなら化けて出てきてください。また貴方に会ってみたいですし)
一人で勝手に納得して、クスクス笑うギラビィに異様な雰囲気にミサキはドン引きしながら、ギラビィの正気を確かめる。
「ギ、ギラビィさん…?」
「おっと、失礼。いえ、今の僕が言えるのはこれだけだなって思いまして。自分に嘘をつかず、悔いの無い判断を。どんな判断でも、僕は貴方を支持しますよ」
これはグランガイザスとの魔王城決戦の数日前の出来事。そして魔王城決戦は、新たな幕を開ける。
・
・
・
「アアアアアアア…ウグッ!ゴホ!ゴホ!ウゥグェホ!」
突如戦場に飛来したおとな勇者ジャスティスは絶叫の最中、突如むせる。炎の臭い染みついて。
「なんだかわからんが隙あり!喰らいなさい聖拳ダブルボンバー!」
こども勇者ジャスティスの両腕の聖拳を同時に打ち出す必殺技ダブルボンバーを、おとな勇者ジャスティスは、あっさりと弾く。その光の奔流は届かず、斜め上の上空へ飲み込まれていく。
そして、むせが治まるころ、おとな勇者ジャスティスの様子が変わったのがわかった。その動きは落ち着きを見せ、周囲を冷静に観察している様子だ。
「どうした…?こっち見てるのか…?」
その視線が、次第に自分だけに突き刺さるように向けられるのをトッシュは察したその直後だ。
「トッシュ…大きくなったねぇ…」
目は離さなかったのに。いつの間にか、一瞬でトッシュは目の前におとなジャスティスが立っていることに気が付く。その手は、トッシュの肩へ置かれていた。
「ジャス…ティス…?」
「母を…名前で呼ぶなんて…ひどい子だね…恨まれてもしょうがないか…」
周囲にいるトッシュの魔王軍の仲間たちは状況を理解する。今突如飛来したこの大人の女性が、トッシュの母ジャスティスだと。特に魔王イクスは確信している。先ほどまで、時が止まった封印を施されいたのを見ていた故に、年齢の辻褄が合わないことも納得できている。
そしてただ一人、納得できていないのがもう一人の勇者ジャスティス。10歳ちょっとの年齢に縮まった、このジャスティスは、子を奪われまいとおとなジャスティスへ立ち向かう。
「トッシュ!離れて!」
「うるさいね…全く」
しかしこどもジャスティスはあっさり弾かれ、サンが倒れている地点に飛ばされる。その衝撃でサンは、目を覚ました。
「なんでサンがあのときの姿のまま…いや、ちょっと歳はとってるか?…で、いるのかわからないけど、まぁ奴の仕業だろうがね…おや?どうしたんだいトッシュ?」
「…アンタ、本当に勇者ジャスティスか?俺の知ってるジャスティスとなんか違う…」
「泣かせるじゃないか…ちっさいころのことを今でも覚えているなんて…」
トッシュが言うのは4歳までの記憶ではなく、さきほどまでいた18年前の世界のジャスティスのことなのだが、めんどうなのでトッシュは突っ込まずに黙っている。というか4歳までの記憶なんてもうロクに残っていない。
「さぁトッシュ。失った時間を取り戻そうか…。まずは親子水入らずでさ…」
親子水入らずとか言われても、もう18歳のトッシュはお母さんと一緒に何かするってのが恥ずかしいお年頃である。母の手を払いのけて離れようとするトッシュに、続く母の言葉が耳に届く。
「人間どもに復讐しようか…」
「いや、やるなら一人で……………は?」
「おや、もう大人だから一緒は恥ずかしいか、寂しいな。でもせっかくだし一緒に人類皆殺しにし…」
その言葉を言い終える前に、トッシュは危険を察知して飛んで距離を取る。着地するのはこどもジャスティスとサンがいる地点だ。
「…お前は、そんな小さい子供が好きなのかい…母親として危機感を覚えるよ…」
冗談まじりに言うおとなジャスティスに、トッシュは問いただす。
「ちょっとちょっと!人間の勇者が言うこと!?それが!」
「……………そこの偽物の私は、記憶がないようだね。私が、あのあとどんなひどい目に遭わされたか…」
乱心したジャスティスに、サンも問いただす。サンはそのおとなジャスティスの姿が、自分の憧れた勇者ジャスティスが大人になった理想通りの、本物のジャスティスだとすぐ理解できた。それが故に、その姿に矛盾する言葉に。
「お姉さま!何を言ってるんですか!」
「サン…アンタ、私の前におなじ目に遭っておいて、よくもまぁ…」
サンも勇者量産計画による陵辱の被害者であり、サンの後に囚われたジャスティスは、なぜサンがそんなことを言うのかわからない。その疑問を、もう一人のサンが答えた。
「そいつはアンタの知るサンじゃないさね…アンタと同じ時代を生きたのはこのアタシさ」
「……すっかりアラサーね、サン」