61話 悲嘆、姉の傷①
黄昏が空を覆う。逢魔時とも呼ばれる昼と夜の狭間。宵闇が迫る、死者の時間のプロローグ。ミサキとギラビィらが住まうのどかな村に迫る災厄。冥府から蘇るそれはまさに死者の王。
「GAOOOOOOOON!」
王の咆哮は生者を恐怖に陥れる。数多のアンデッドを取り込み、その膨らんだ体積以上に際限なく拡大する憎しみを込めた怒りの叫び。ゴート山賊団社長ジークは死の間際の妄執に囚われている。それは奪われたくないという、全ての生物が持つ根源的な恐怖。本来彼にとって、それは大した価値の無い『モノ』だった。珍しいしなやかな、炎の様な赤い髪をした美しい女性だったが、好きなだけ遊んで飽きたら捨てるだけの、ただの消耗品。しかし、死の間際に『ソレ』を奪われるという恐怖が、死後アンデッドに覚醒した後の彼の正常な心を歪めてしまった。
「見つけた…!」
自警団に村民の避難を指示し、一人ジークに立ち向かおうとするギラビィと、ギラビィを見送るミサキは、その地の底から響く不気味な声を耳にした。もしくは耳ではなく魂に響いたのか。その直後、ミサキの足元から大量の触手じみたうじゅるうじゅるした腐臭を放つ物体が、ミサキを捕えるべくまるでモンゴリアンデスワームのごとく襲い掛かる。
「な!」
「ちょ…!うわああああああ!…むぐ!」
ミサキの四肢を掴み、クチを塞ぎ、腰、下腹部に遠慮なく絡みつき、ミサキがいた地点とジークがいた地点を直線で結ぶように地面が割れ、ミサキを絡めた触手が地割れから飛び出て来る。その根元はジークに繋がっていた。ジークはそのままズルズルとミサキを高速で引きずり連れ去ろうとする。
ジーク社長は既に目が腐り落ちている。しかし死者が持つネガティブ方面の霊的エナジーにより活動するアンデッドと化することで。生者のポジティブな霊的エナジーを察知することができるようになった。察知というよりは忌避と言った方が正しい。アンデッドは生者を憎む。そのポジティブなエナジーはアンデッドの過度のストレスとなり、胃に穴が開いたり胃酸が逆流したりするためだ。
なぜ本来はストレスになるはずの生者を手繰り寄せるのが、ギラビィにはわからないが、このまま連れ去られるわけにはいかない。急いでミサキを追いながら、触手を魔剣ファックソードで切り刻む。ギラビィの剣技に最適化させた形状の魔剣ファックソードは、通常の剣よりもするどい切れ味を誇るが、それでもジークの触手を切断するには至らない。
「くっ!野郎ミサキくんをどうするつもりだ!」
その答えはすぐにわかった。触手に全身を絡めとられたミサキは、そのままジークの腹部にずるんと吸い込まれてしまった。
「なにィ!」
それは捕食か誘拐か吸収か。定かではないがとにかく急いで救出をしなければならない。まるで目的は果たしたかのように踵を返して帰ろうとするジークにギラビィは立ちふさがる。
「すぐに返してもらいます…!裏暗黒新陰流・雷花閃!」