序章『終わりと始まり』2
そのあと…魔王・ルシファは、聖王・ミカエルから『人間』を造り出した理由を聞き――
「――という訳でね…ただ『負』を糧にする為だけに、彼らを造る訳にいかなかったから、兄さんを呼ばなかったんだよ…」
「分かった…ゼウスとの約束通り、他言はしない…我輩の胸の中にとどめておく」
「そうしてくれると、私も有り難いよ」
「それじゃあ、我輩は帰る」
「うん、またね。兄さん」
「ああ…またな。聖王」
と、魔界へ帰った。
しかし…そのあと、誰もが予想をしていない事が起きた。
「な、何者だ!?貴様は!」
魔界へ帰るなり、ルシファは黒い影に襲われたのだ。
『貴様に名乗る名はない…』
影はそう言うと――
『魔王よ…我に従え』
と彼へと黒い手をかざした。
その手からは、これまた黒い光が現れ、魔王を包み込む。
「なっ!?うわあぁぁぁぁぁ――っ…」
ルシファは、その光に包まれ、意識を失ってしまった。が――
『魔王よ…起きるが良い』
影の呼び掛けに、彼は答えるかのように起き上がる。
しかし、その瞳には光がなかった。希望という光が…
そして――
「――何でございましょうか?ご主人様」
と口にした。
そう…ルシファは、影の手中に堕ちたのだった…
☆・☆・☆
「なあ…その話、今日で何回目なんだ?」
ところが変わり…三〇〇〇年後の天界。ここは、東に位置する『青龍の塔』のすぐ横にある小さな家。
その家の中で、白銀の髪に左目金色・右目漆黒の少年は、老婆が語る物語に飽きたのか…疲れたような口調でそう言った。
「あのねぇ…ケイアス。これは知っておかなきゃいけない大事な…大事なお話なんじゃよ?」
「んな事分かってるけどさぁ…今日くらい勉強なんてやんなくて良いじゃん…俺の誕生日だぜ?一〇歳の…」
ケイアスという少年は、そう言いながら席を立とうとした。しかし――
「ん?あれ?」
立てれない…?
ケイアスは、それでも何度も立とうとした。だが、何も変化は無く、ただ座ったままで…その場から立てれてはいなかった。
良く見てみると、椅子にいつの間にか縄がしてあり、腕・腰・足首が固定されていた。
「ど、どうなってんだ!?お、おい!ばあば、どういう事か説明しろ!!」
ケイアスは戸惑いながら、ばあばと呼ぶ老婆へと聞いた。
「どういう事って…決まっとるじゃう…お前を逃がさない為じゃよ」
「は〜ぁ!?」
彼はますます理由が分からなかった。何故、自分を椅子に縛り付けているのかが…
だが、その答えはすぐに分かる事だった。
「今日は、大事なお客様が来られるのじゃ。お前に用でな」
「俺に…用?」
ケイアスが首を傾げていると、玄関の戸をノックする音が聞こえてきた。彼は、
「だ、誰かが来たんじゃねぇのか!?お…おい!これ、早くほどけよ!ばあば」
と叫ぶが、縄をほどかずにばあばは玄関に向かうと、静かに戸を開けた。
「だから、ほどけ――って…あれ?」
それと同時に、彼を縛っていた縄はいつの間にかなくなっており、手足は自由に動けるようになっていた。
(ま…まさか…)
ケイアスはふとある事を思い、一瞬冷や汗をかいた。
(俺の馬鹿!幻術に易々とかかんなよ!!)
そして、彼は心の中でそう叫んだ。
幻術とは本来――
『人の目をくらます、不思議な術。魔法。妖術。または、手品』
という。
まあ…この物語的に簡単に言うと、その場に本来全くないものを他者に見せる術――という事である。
果たして、ケイアスはどこで幻術にかかったのだろうか…?よ〜く考えてみよう。
この幕の初め…彼は、ばあばから三〇〇〇年前の話を聞いていた。恐らく幻術にかかったのはその時だろう。
彼がばあばの話を聞いている間は、お互い目が合っている時間が長く、いつ術をかけられてもおかしくない…
つまり…ケイアスは、知らず知らずのうちにばあばの幻術にかかり、先ほどまで体がほぼ金縛り状態だったのだ。
話は元に戻り――
「こんにちわ。クェス殿」
戸が開かれると、そこに立っていたのは、金髪に白い正装をした青年だった。
良く見れば、青年の後ろには茶髪の青年も居た。
因みに、ばあばの名はクェス=ブライアンッツといい、ケイアスの下の名もそうである。