序章『始まりと終わり』12
「ところで…三〇〇〇年もの間の記憶がないと言うのは、本当ですか?ルシファ」
「ああ、全くない。気がついたら、人間界に居た」
クロノスの問いに、ルシファさらりと返す。
「そうですか…それなら、こうするしか方法はないですね」
そう言うと、彼女は杖をルシファの前にかざした。
「何をする気だ…?クロノス」
「貴方の躯の時を巻き戻します」
「は~ぁ!?」
時空の女神の言葉に、彼は驚きの声を上げ、目を真ん丸くし…
「我輩の躯の時を巻き戻すだと!?」
と怒鳴るように言った。だが――
「はい。この件は、絶対に黒幕が居ます。しかも、その者はルシファ――貴方の顔を知っている筈…なら、尚更の事…躯のみ時を巻き戻し、記憶を探す旅へと出た方が良いと…わたくしとメグリスが、先程結論を出してました」
クロノスは、真っ直ぐな瞳をしたままそう言った。
「だ、だがなぁ…我輩は兎も角だ…ミカエルも知ってると思うが…?」
「勿論、ミカエルも一緒に出てもらいます」
「え!?ちょ、ちょっと!」
話を振られ、ミカエルは動揺を隠せずにいた。
「ク、クロノス様!わ、私までもですか!?」
「ええ。ちょうどケイアスの修行の旅への出発も近い事ですし…それが一番の方法だと、クェスからも意見がありましたから」
『…』
ケイアスの祖母であるクェスからの意見もだと言われると、二人は何も言えなくなっていた。
「お二方、異論はおありかな?」
『い、いえ…ないです』
むしろ…反論すら言えない。メグリスの問いに、二人は揃って首を横に振った。
「よろしい。では、これより巻き戻しの儀式を執り行います」
クロノスは、異論がないか確認すると、杖を振り魔方陣を描き始めた。
「アルベルト、あとの事は頼みますよ?」
「はい…心得ております」
儀式が始まったと同時に彼女に一礼すると、アルベルトはメグリスと共に空間へと溶けるように消えていった。
「では…呪文を唱えましょうか」
そして、時空の女神は唱え始める。時を巻き戻す呪文を…
しかし、その呪文は大きな代償が伴う。それを知るのは、彼女のみ――かもしれない。
☆・☆・☆
それから数時間後。人間界では既に夜を迎えていた。
店はもう店じまいをしており、人通りも全くない。そんな中…紅髪の少女が一人歩いていた。あの鈴である。
「あ!」
すると…彼女はふと立ち止まり、ある事を思い出す。
「しまった…宿をまだ決めてなかったんだった…」
そう、まだ泊まる場所を決めていなかったのだ。
「どうしよう…今からじゃどこも満室っぽいし…」
鈴は腕を組み悩み出す。
それもその筈…今は春。この時期ウィングでは、毎年恒例の花祭りが行われる事になっており、観光客が沢山押し寄せてくる為、宿はいつも予約で満室しており、他の用で訪れてきた者は野宿を余儀なくされる事が多いのだ。
「あ~ぁ、やだやだ…!あたし、野宿したくないのに~ぃ!!」
一人ただただ喚いていると…
「おろ?」
後ろから声がした。
「え?」
ふと振り向けば、そこに居たのは茶色の長髪の少年――龍稔だった。
「ア…アンタは、昼間のよろず屋…」
「よ…よろず屋って、お前なぁ…俺には、龍稔っていうちゃんとした名前があるんだが…」
「あら…ごめんなさい?あたし、アンタみたいな難しそうなの好きじゃないの」
「それ…嫌味か?」
鈴の言葉にイラッと来たのか…龍稔は眉をひそめ、トーンを少し落として聞く。
「馬鹿ね…冗談よ。あたしだって、同じようなもんだもの」
それを聞いて、彼女は鼻で笑うように言い、
「そんな事より…何でアンタがここに居る訳?もう夜じゃない」
と聞き返した。
「それはこっちの台詞だ…俺は、兄さんに頼まれて巡回してるだけだ」
「あっ、そう…あたしは寝る場所を探してるだけよ」
「で、見つかったのか?」
「全然…」
「だったら、俺の家に来いよ。『客人なら大歓迎!』って、俺の兄さんも言ってたし」
「い・や・よ。誰がアンタの家なんかに行くもんですか…あたしはあたしで決め――」
龍稔の誘いに断っていると、彼女の言葉を遮るかのように、後ろに大きな影が勢い良く降りてきた。