イケメンがままならない
「ねぇ、やっぱり隼汰くんってかっこいいね!」
「ね! ほんっとこの学校にして正解!」
女の子たちのひそひそ声が耳に届く。
「あ~やっぱり同じクラスがよかった!」
「そっちは体育合同だからイイじゃん! 私なんか関わるタイミングもないもん!」
「本当に目の保養というか高嶺の花! と思うしかないよね」
歩いているだけで、女の子たちの噂話という黄色い声がやまない。校門から生徒玄関までのたった数分の距離でここまで噂されるイケメン…。
「隼汰!おはよー!」
「はよ…」
そのイケメンとはこの俺、新井隼汰のことだ。
「ったく、今日もモテてんね~! 2年になってから増えたんじゃね?羨ましーよ、お前が」
俺の隣を歩きつつ「俺もおこぼれでモテないかなぁ~」なんて呑気に言っているのは、高校からの友達の小川豊。1年の時に名簿番号が前後だったことから仲が良くなった。気が合うのでずっとつるんでいる。俺からすると豊も十分イケメンなのだが、本人はそれを認めない。
「て言うか、数学の課題やった? マジでわかんなすぎて、答え全部写したわ~」
「まぁ、応用だったしな。豊、基礎問題は解けるっけ?」
「無理!」
「そりゃ応用なんて無理だな」
他愛もない話をしていると、チリチリという鈴の音と共にタタタッと駆け寄ってくる足音が聞こえた。
「豊くーん! と隼汰おはよ!」
「みっちゃん! おはよ!」
「はよ」
駆け寄ってきたのは俺の幼馴染の滝川深雪だった。幼馴染といえど、家が近所なわけではなく親同士が仲がいいので小さい頃からよく遊んでいるだけの仲だ。高校が一緒になってからやたらと絡まれる機会が増えた。
「隼汰は今日もモテてるね~! 女子からの視線が痛いったらないわ」
「深雪まで豊と同じこと言うなよ…」
「ごめんごめん、事実だからついね」
高校生になってから、こんな風に3人で登校するのが当たり前になっている。この関係性はきっと今後も続いていくのだろう。俺にとって貴重で大切な友達だ。
「そういえば、さ。俺、深雪ちゃんと付き合うことになった」
「なりました~」
…前言撤回だ。この2人、俺より青春を謳歌してやがる、許されん。
「いや、急にめでたすぎる。急すぎない? 急だよね? 急だって、マジで。え、今言う?…いやごめん、おめでとう」
「ありがと!隼汰ならそういってくれると思ってた!」
「うんうん。けど、焦りすぎじゃない?」
「いや、焦るだろ! ちょっと、…え? ガチ?」
「「ガチ」」
幸せいっぱいの2人が、幸せいっぱいに面舵いっぱい、息もぴったりに現実を教えてくれる。
知らんて!!! 俺! 知らんて!!!
そんな、あなた方が俺の知らないところで懇意にしてたなんて!
知らんて!!!
いつからだ? そんなことを考えながら教室に向かう。
華の17歳と言われる高校2年生。そんな若さ絶好調の今、俺に、彼女が…いない。前述の通りそこそこモテているのにも関わらず、高嶺の花だなんだと言われ女の子は誰も近寄ってこない。おいおいおい、こちとら万年彼女募集中だぞ! ずっと待ってるんだぞ! バラ色高校生活!
これは由々しき問題だ、到底看過することなどできない。ちなみに今思った言葉の意味は知らない。イケメンともてはやされていようと、ちょっと背伸びしてかっこよく見せたいという気持ちはその辺の男子と何ら変わりはないのだ。実に、実に健全な男子高校生なのだ。
実に健全な男子、新井隼汰。一世一代だ。高校生活は今しかない。
「ということで、お集まりいただきありがとうございます」
昼休み、空き教室に集まって机を寄せ合わせて3人で座る。もちろん、俺、豊、深雪の3人だ。
きっちりと廊下側の窓を閉めて、席に着いた。
「急にどうしたのよ」
「ちょっと報告が遅れたのは悪かったって」
「いや、それは本当におめでとう。心から思ってる」
2人はじゃあ一体この集合はなんなんだと言いたそうな顔をしている。
「青春してぇ~!!! 俺まじで青春したい!」
なんだ、またかという顔で「隼汰、いっつもそれだよな」とか「いい加減彼女作ればいいじゃん」とか言っている。そうだよ、いっつもそれだよ。
「簡単に彼女作れてたらね、俺だってこんな付き合いたてほやほやカップルに野暮な呼び出しなんてしないから。それぐらい切実だから俺の青春」
俺の願望を聞き慣れた2人は変わらずに呆れ顔だ。
残念ながら、校内で噂されるほどのイケメンだからと言って、何でもかんでも思い通りにいくわけじゃない。そして何より俺は高校デビューのイケメンだ。中学の時、野球部のやんちゃ坊主だった俺は、姉の影響で読んだ少女漫画のヒーローに憧れた。
主人公のピンチに必ず助けに来るのもカッコいいし、どんな形であれ主人公に対して深い愛情を向けていることが多い。そんな姿に憧れたのだ。俺も、誰かにとってそんな彼氏になりたいとそう思った。
そう思って努力した。俺を彼氏にしても彼女が恥ずかしい思いをしないように。彼女はいなかったけど。
無事、高校デビューを果たしたものの、激しいキャラ変や慣れないことに手間取り、気づいたら彼女ができにくい環境になっていた。本末転倒である。転がり落ちている。
「まぁ、隼汰が青春したがってるというか、彼女欲しがってるのは知ってるけど...。それ普通に自分から行かないのがダメなんじゃないの?」
「ぐっ…」
「みっちゃん、隼汰こう見えて奥手だからさ。高1の時は好きだった先輩いたけど結局何もできなかったし」
直球でダメな部分を指摘してくる彼女と優しくしっかりとダメなポイントを指摘してくる彼氏。どうやらこのカップルはバランスが取れていそうな気がする。バランス抜群カップルに言い返す言葉もなく、押し黙ってしまう。そんなダサい男、新井隼汰も愛してください。
「そうだ、2人はどうして付き合うことになったんだ?」
付きあったことは先ほど聞いたが、そういえばその経緯を知らなかった。2人は一度目を見合わせてから、深雪が経緯を語ろうと口を開いた。ちなみに俺は、目を見合わせるとか、そういうちょっとした動作にも、少女向け恋愛漫画の波動を勝手に感じてテンションが上がってしまう。幸せってコレじゃん?と思っている。
そして深雪は言った。
「私の一目ぼれとゴリ押し」
「ふーん」
ふーん、無理じゃね? そんなグイグイの女の子が俺の周りにいないから俺告白されてないってことだもんね?
「いや、聞いといてふーんはないでしょ!」
「しゅ、隼汰。ちゃんと俺も好きになってたからね?みっちゃんのこと。最初は隼汰のことが好きな女の子だろうなと思ってて、俺にも話しかけてくれて優しいなと思ってたら、気づいたら好きになってて…」
「え、豊くん! そう思っててくれたの!? 嬉しい!」
「そうだよ。あ、告白したのも俺からだし! ちゃんと!ね!」
「ふーん」
ふーーーん少女漫画じゃん? なにこれ? 俺って少女漫画のモブじゃん?
「いや、正直豊くんに一目惚れしたのは入学式のときなの。隼汰と一緒にいるところをあとで見かけて、このチャンス使うしかない! ってなって…。隼汰、友達でいてくれてほんっとにありがとう」
「ふーん」
俺、当て馬っていうか、マジいい仕事してね? 裏方の方が向いてるってわけ?
あまりにも完璧すぎる友人の恋愛模様にさすがに「ふーん」という言葉しか出ない。聞いてよかったけど、ちょっと聞かなきゃよかったとも思っている。正直、深雪が高校に入って俺に絡みだしたときは「俺のこと好きになっちゃったのか?」とか結構舞い上がってたし、思い返して恥ずかしさで死にそうになっている。誰か俺を異世界に連れて行ってくれ。
「中々ゴリ押しできる女の子も少ないだろうし、やっぱり隼汰が行くしかないよ」
「そ、そうだよ。きっかけはみっちゃんからだったけど、俺もみっちゃんと関わりたくて結構押してたし、自分から行くの大事だと思う」
「俺から行くっていってもさ」
そこで言葉に詰まった。「いっても?」と明らかに面白がっている口調で深雪が先を促してくる。
「いっても、俺」
「俺?」
「好きなタイプとかわからない」
「あ~」
「そういう感じか~」
空き教室に沈黙が訪れる。早めに弁当を食べ終えた男子たちが外のコートでバレーに興じている声が聞こえる。これも青春の一つだよね、そっち選ぼうかな? この沈黙がそんなことを思わせる。
否、俺は彼女という特別な存在と高校生活を謳歌したいのだ。そこはどうしても譲れない。
「じゃ、好きなタイプは好きになった人! とかでいいんじゃないの。今更悩むことでもないんじゃない?」
「それも結構あいまいじゃん? 好きになった人がタイプって言うヤツ多いけど、まず好きな人ということ自体が何? ってレベルだもん」
「いや、その状態で恋愛始めるの難易度高過ぎだろ」
「うん、そういう感じなら多分、タイプとかをちゃんと考えたほうが好きって気持ち育ちやすそうだよね」
「結局ふりだしじゃん」
「ふりだしだよ、思いっきり」
もはや、俺自身も彼女を作りたいんだか作りたくないんだかわからなくなっている。忘れるな、俺の高校生活はもう2年もないのだ。この瞬間にも俺の理想の高校生活は失われている。
3人で俺に彼女を作る方法を考える。三人寄れば文殊の知恵、素晴らしい案が出るはずなんだが、3人でうんうん唸っている。文殊の知恵を生み出すにはまだ早い3人組だったのかもしれない。
この無限につづく唸りの時間。そろそろ猫の唸り声のモノマネでも入れて空気を和らげようかと思っていたところ、深雪が沈黙を破った。
「そんなに彼女が欲しいなら私の友達紹介してもいいけどさ」
「え! ほんとに?」
「いいけど、俺が!っていう俺中心の考え方やめたら、いいよ」
「俺中心?」
そんなこと初めて言われた。
「いや、隼汰って俺はこうしたい!とかよく言うじゃん? それがぶつかっちゃうとお付き合いにならなさそうだなって思って、あんまり友達紹介するのもなって思ってて」
「シンプルに傷ついた」
「それはごめん」
でも確かに、そう言われると深雪の言う通りな気がしてきた。割とどんなときにも、俺はこうしたいとか理想はこう!だとか言うことが多い自覚はある。よく言えば自分を持っているというが、はっきり言えばめんどくせぇ頑固であるということに相違ない。
でも、せっかくこうして傷つけるのを覚悟して深雪が進言してくれたのだろう。この誘いを断るわけにはいかない。
「分かった、深雪。俺頑張ってみるからさ、頼む」
「いや、隼汰やめたほうがいい」
「なんで豊が止めるんだよ! さっきからずっと2人にバッサバッサと切り倒されてるんですが!」
深雪の友達を俺に紹介することをなぜか豊は止めてくる。割と俺も勇気振り絞ってお願いしたんだよね、ちょっと汲み取ってほしかった。いや、ダメダメこの俺中心がダメなんだ。そう思い直して豊に止めた理由を聞いてみる。
「なんでやめたほうがいいんだ?」
「普通に女の子と話したことないでしょ、隼汰」
「…深雪は女の子じゃん」
「みっちゃんは幼馴染だからノーカウントじゃん。それ以外は」
「ないよ! あんまり! せいぜい英語の授業の掛け合いで、駅行きたいんですけどどうしたらいいですか?って言われてGo straitって言ったぐらいしかないよ!」
「いや、それ含めちゃダメでしょ普通」
「そうだよね。それ含めないよね、普通」
それしかカウントできないのも理由がある。
シャイな中学坊主から、高嶺の花のイケメンに進化した俺には全然女の子と話す機会がなく、女の子から話しかけられても「うん」とか「はい」とか「ああ」とかクールぶった2文字会話しか成立させてないのが原因である。つまるところ自分のせいです。
「しょうがない、私の一番信頼できる友達を紹介するよ。彼女にとかじゃなくて、新しい友達として。それでどう?」
「うーん。それなら隼汰でもいけるかな?」
「ありがとうございます。深雪様本当に感謝してます。アイス奢ります」
「苦しゅうないがアイスはいらない。なんかアイスに釣られた感じになりたくない」
「ならんだろ」
「ならないと思うよ」
「じゃあ貰うわ」
そんな感じで深雪の友達を紹介してもらうことで話は落ち着き、昼休みも終わりに近づいてきたので、空き教室から出て解散した。廊下で移動しているとすれ違った女の子がまた噂をしている。噂するなら仲良くなろうよ、そんなことも言えないシャイボーイ隼汰を支えてくれる友人たち本当にありがとうございます。
新たな出会いに期待で胸を膨らませて午後の授業を受ける。心なしか、口数も普段より多い気がする。話しかけられても「わかった」とか「そうだね」とか4文字まで増えてるし。
放課後。待ちに待った放課後。野球少年は中学校で引退し、現在はバドミントン部の一員となっているが、今日は顧問が出張でいないのと体育館のスペースが取れなかったため休みになった。ちなみにバドミントン部を選んだのはなんかかっこいいからである。豊は同じバドミントン部で、深雪は活動日数が少ない料理部なので、2人とも今日の放課後の下校時間が合うのだ。
指定された校門前で豊と2人で深雪を待つ。少し落ち着かない。豊はそんな俺の様子に気づいたのかにやにやとしている。やめて欲しい。にやにやするならアドバイスをください、この浮足立ってしまう気持ちを静める方法を、とそう思ってしまう。
チリチリという鈴の音が聞こえてきた。深雪だ。
「ごめん! お待たせしました。途中で先生に捕まっちゃって」
「全然! みっちゃん今日もお疲れ様」
「うん、豊も俺も待ったって思ってない」
ちょっとかっこつけちゃった、俺ださ。
そう思いつつ、深雪の後ろに控えている女の子に目がいった。この子か。
「これが私の友達の古川実夏ちゃん!」
「古川です、今日はなんかお邪魔しちゃってすみません」
「全然! 寧ろありがとう! みっちゃんからの急なお誘いに乗ってくれて! 俺は豊って言います!」
「豊くん! 深雪ちゃんからいつも話聞いてます。深雪ちゃん本当に豊くんのこと大好きで、豊くんの話ばっかりしてますよ!」
豊はそれに対して「本当に?!嬉しいな~」と言って実夏ちゃんと盛り上がっている。コミュニケーション力が高い。そして俺はついていけていない。
それに気づいた深雪が盛り上がっている2人を遮って「こちらが私の幼馴染の新井隼汰くん!」と紹介してくれた。深謝。紹介に合わせて「新井隼汰です」と言って軽く会釈をする。
「実夏です。隼汰くんは面白い人なんだよ~って話もよく深雪ちゃんから聞いてます」
「はは、ありがとう」
はは、ありがとうってなに?! なんかもっと愛想のいい言葉言ってよ俺の口! 残念ながら、自分の口から出る言語ばっかりは外注はできないので、これが限界だ。ボキャブラリーの貧困が過ぎる。
そんなボキャ貧ボーイにもにこやかな表情もむけてくれる実夏ちゃん。既にかなり好きだ。さっきまで好きがわからないとか言ってたけど、これが好きという感情の萌芽で間違いないはずだ。
「とりあえず、帰ろうか。あ、私アイス食べたーい!」
深雪の合図にしたがって、帰りがてらアイスのお店によることが決定した。深雪が与えてくれたチャンスを無下にせず、ちょっとずつ会話を積み重ねなければ!
そんな俺の気持ちを知ってから知らずか(多分わかっている)、深雪と豊は俺たちに気を遣いつつも少し先を歩いてくれている。俺たちが会話を開始しやすいようにするための配慮なのだろう。
ありがとう、ほやほやカップル。すまん、でも話題が見つからない。腐ってもGo straitを会話にカウントしてしまう人間だ。何を話題にするのが最適なのかわからない。せいぜい「今日はいい天気だね~」とか「今日の授業どうだった」とかそんなことしか聞けない。そんなことでいいのか?会話って。
会話の正解がわからないまま2人並んで歩いていると、実夏ちゃんがスッと空を見上げてから俺の方を見て話しかけてきた。
「最近、いい天気の日多いですよね~」
ふーん、天気の話でいいんじゃん。
今日イチの収穫かもしれない。マジで他愛もない話をしていいんだ女の子でも。
「そうだね、過ごしやすくていいよね」
「そうそう、登下校とかが寒くないから嬉しくって」
「確かに」
再び訪れる沈黙。次こそ俺が話題振るぞ、振るぞ!
「隼汰くんは一番好きな季節はいつ?」
実夏ちゃん、いや実夏さん。本当にありがとう。「俺は今の季節が一番好きかも。桜きれいだし」と言いつつ次の話題を模索する。会話ってこんなに大変だったっけ?
「春か~! 私も春好きだよ!」
「ほんとに?」
「いや、でも一番好きなのは夏かも! 夏生まれだし、名前に夏入ってるし。何より野菜がおいしい!」
「確かに、夏は野菜おいしいね」
「でしょ! 特に夏野菜のカレー好き!特にピーマン!」
「え~俺はなすかも」
「なすもわかるけど、一番は譲れないな!」
え~~~なんか楽しいんですけど~~~。
結局、俺から話題振れてないけどめちゃくちゃ自然に会話できてる。そう思ってしまう。120%実夏ちゃんのコミュニケーション力の賜物だけど、便乗させてもらってめちゃくちゃ楽しい思いをしている。
豊も深雪も時折こちらをうかがっていたが、盛り上がっているのを見て安心した表情をしていた。ありがとう、今日俺は完全に成長しました。
アイス屋に辿り着いてアイスを選ぶ時も、中々盛り上がっていた。これってその内2人の思い出の地になるんじゃん?妄想ばかり捗ってやっぱり話題は振れない。俺がポンコツすぎて涙が出る。出て来てないけど。
「いやー今日は楽しかった〜!」
「じゃ、ここで解散にしようか。みっちゃんは俺が家まで俺送ってくよ」
「え〜豊くんありがとう!そうだ、実夏ちゃんは駅方面だったよね? 隼汰も駅方面だし送っていってあげたら?」
さりげなく俺たちが仲良くなれるようにサポートしてくれているのだろうか? さすが深雪様だ。そう思いつつ「どうする?送っていく?」と実夏ちゃんに聞いた。ここは聞かずに、俺が送っていくと押すべきだったか?やっちまったか?
と思ったのも束の間、「じゃあお願いしようかな」と言ってくれた。ちょっと気分がいいぞ...!
駅方面と深雪の家方面の分かれ道で、俺と実夏ちゃん、豊と深雪に分かれた。2人きりになって歩き出す、話題は相変わらずどうしていいかわからない。
…なんか…ドキドキする。つい先程『好き』という感情の萌芽を感じたためか、この状況をものすごく意識してしまう。どうにもこうにも、兎にも角にも恋愛初心者の俺には、この状況で胸を高鳴らすことしかできない。動いてくれ俺の口。
無言のまま数分、また実夏ちゃんが話題を振ってくれた。
「なんか今日は、隼汰くんの意外な一面が知れて面白かった!」
「意外な一面?」
「そうそう、隼汰くんってクールなイメージだから、友達に対しては結構柔らかいんだなって思ってビックリ!」
柔らかいどころか豊と深雪に対しては常にヘニャヘニャです。とは言えず「逆にそんなイメージ持たれてるのが意外」と嘘を言っておいた。さすがにクール(無口)というイメージ持たれていることくらいは自覚している。さすがに。
どうしてこんな良い子を深雪は紹介してくれたのだろう?紹介したくないと若干渋っていたのに、いざとなったらこんな素敵な子を連れ来てくれるなんて....。優しさMAXじゃん...。
深雪の優しさに心を温めていると、実夏ちゃんがふと思いついたように俺に質問を投げかけた。
「そうだ、隼汰くんってモテてるのにどうして彼女作らないの?」
「え?」
急にどうした!?急に!え!?俺の恋愛事情聞く!?聞いちゃって大丈夫?いや大丈夫か、危ないことはないけど、え?それ聞く!?...と内心盛り上がりまくっている中で出た「え?」である。これだからボキャブラリーのない男はよ!
実夏ちゃんはそんな俺の心の焦りを気に留めず、「隼汰くん、クールに見えて意外と喋ってくれるし、絶対女の子が放っておかないでしょ!」とか言っている。え〜脈あり?本当に好きの萌芽を大切にして良いの??
「周りの子がどう思ってるかは分からないけど、彼女がいないのは事実だからなぁ〜」
「うぅむ」
直球で彼女がいないアピールをした。やったぞ俺は。チラチラと実夏ちゃんの様子を伺う。当の実夏ちゃんは考え込んでしまったが。
ええい!ここは聞くしかない、実夏ちゃんに...!
「そういう実夏ちゃんはいないの?彼氏とか、好きな人とか」
「あぁ好きな人居るよ〜!」
言った〜!!! 「彼氏はいないけど...(と同時に意味深な視線)」とか「好きな人居るよ、目の前に」とか言われちゃったらどうする!? 盛大なゴールじゃん!
あれ? いや待って、え? 実夏ちゃんからの回答が爆速過ぎて妄想が後出しなっていた。
「え、居るの?」
「居るよぉ〜全然振り向いてくれないけど」
「誰か聞いても良い?」
「バド部の田中幸樹!」
すみません、俺が望んだ展開普通にありませんでした。しかも先輩じゃん、主将じゃん。キャプテン...。
「田中先輩が好きなんだ?」
「そうだよ〜家が近所でさ! 何とも思ってなかったけど、深雪ちゃんについてバド部の試合見に行ってるうちになんか...。初恋思い出しちゃって。」
「へぇ〜」
甘酸っぱいっすね。
「この間ダブルスの試合観に行った時も、観覧席に居る私に気づいて手を振ってくれたりして...。ペアの子に怒られてて、そういうマイペースなとこ変わってないなとか思ってたら、さ。」
そう言って実夏ちゃんははにかんだ。恋する乙女の愛らしい表情に思わず一瞬で恋の成就を願っている。さっきまで好きの萌芽とか言っててすみません。
ていうか、この間のダブルスの田中先輩のペア俺じゃん? 実夏ちゃんと俺すれ違い通信してるじゃん。アレならたまごがかえったり、進化してたりしてるよ、もう。
実夏ちゃんが田中先輩を好きな理由を、魂がこもっていない返答しながらきいているうちに駅に着いて「またね」と言って分かれた。また会って良いのか? 俺。
家に着いて爆速で豊に電話をかけた。本当は深雪に電話をかけるところだが、どうせ一緒に居るだろうと思ったのと、友人の彼女だと思うとなんか掛けるのにためらいが生まれたからだ。
「はい、どうしたー?」
「今深雪と居る? 代わって欲しい」
「はーいちょっと待って」
電話口の向こうから深雪の「別に私は用ないけど」と声がきこえてきた。やっぱり一緒にいたし、俺は用があるから掛けてるので出て下さい。早めに。
「もしもしー? どうしたの?」
「いや実夏ちゃん好きな人いるじゃん」
「え? 最初から彼女じゃなくて新しい友達として会う? って言ったじゃん」
うっ、そういえばそうだ。深雪は最初から実夏ちゃんを友達の1人として友達に紹介しただけに過ぎないのだ。それを勝手に勘違いして盛り上がっていただけだ。
「でも良い子だったでしょ! 田中先輩と繋いであげなよ」
「いや、幼なじみなら勝手に連絡取るだろ」
「違う違う! 試合の後とか引き合わせてあげて欲しいんだよ〜。いつもは私が豊くんのところ行ってる間、1人で待ってたからさ!」
あーそういうね、そういう魂胆ね。深雪のダメ押しの「お願い!」で分かった。きっと最初から2人の間を取り持つ為に、俺の協力が欲しかったのだろう。そういうことなら腹を括ろう。
深雪と豊のキューピッドに知らないうちになっていた俺に任せろ、実夏ちゃんと田中先輩のキューピッドにもなってやるって。
「任せろ、俺別に田中先輩とダブルスのペアなだけでそんなに喋ったことないけど、イケる気がして来た!」
「隼汰...!ありがとう...!」
そう言って通話を切った。
田中先輩仲良くなるところからスタートにはなるが、自分に親身になってくれる友のために頑張りたいと思う気持ちは本当である。
イケメンだからと言って何でもうまくいくとはいかない事を身をもって学んでいるだけで、案外高校生活も楽しめているかもしれない。そうポジティブに考えて田中先輩に初めてLINEをした。まず、一緒に練習しませんか、からだ。
昼休みの空き教室で隼汰に彼女を作る会に田中先輩と実夏ちゃんも加わって、ついに俺の青春がままなりそうになるのは、近い未来のお話。