クリスタルとシャンデリア
「本当にありがとう」
「君のことを想ってる」
「大事な存在だよ」
「大切にしたいんだ」
どんな言葉を伝えたって、女の子は決まって、曇りのない笑顔で「嘘なんでしょう?」と目の奥で訴えてくる。
本心を言えばいうほど伝わらない
本当に大事だと、本当に大切だと、本当に想っているのに。
伝えるほどに君は笑ってくれるのに
伝えるほどに君は僕じゃない遠くの何かを見ている
「ありがとう」と君は伝えてくれる。
「じゃあ、アフターしてくれるんだよね?」
笑顔のまま投げられた言葉に、心が冷めていく。
人と人との関係だと思っていたのに、君はわかってくれていると思っていたのに。
「あー今日はごめん、ちょっと用事が明日の朝からあるから無理なんだ。本当にごめんね。その代わり、明日か明後日同伴してよ」
自分の気持ちに関係なく、言い慣れた言葉達がすらすらと出てくる。
本心を素直に受け止めて欲しいだけだった。
こんなに人としての繋がりを求める瞬間はないのに、ことごとく裏切られる。分かっていていつも裏切られにいっているのかもしれないが。
この子ならの失敗を何度繰り返しても、この子ならと毎回考えてしまう。
代表には「そんな考えじゃ、いつか潰れるぞ。未来があるキャストだからこそ俺はお前の可能性を潰したくない、だから考え方を改めろ。ホスト続けるなら女の子を信じすぎたらダメだ」と釘を刺されたばかりだが、また信じてしまうのだ。僕はそればかりを繰り返している。
「同伴か〜。そうしたら、またお店に来なきゃいけないじゃん!お店の外で鈴沖に会いたいの!」
「お店の中の僕もお店の外の僕も変わらないよ?」
中であろうと外であろうと、女の子の前では鈴沖であることには変わりはないのだから、外で会いたいという女の子の希望は理解に苦しむ。
本当の僕を手に入れたいと望むなら、ここで人間としての繋がりを求めている僕に気づいてくれないと割りに合わないと思ってしまう。
求められる側の僕であるはずなのに、女の子と接しているうちに、開かない鍵がついたドアの内側でうずくまっている僕ごと愛してほしいと求めている。それが叶ったことは一度もない。
最初は手に入れられて嬉しかったはずの名声もいつの間にか当たり前になって、最後に求めているのが最初に捨てようとしていた愛なのだから本当に笑い話だ。
いくら笑ってくれてもいい。
どんなにバカにしたっていい。
鈴沖の奥の僕に会うのではなく、内側に引きこもってしまった僕ごと鈴沖を愛してほしいと思っているのは傲慢なのだろうな。
「鈴沖さんお願いしまーーす!」
「ああ、ごめん。呼ばれちゃったからまたあとで」
「ええー?また後できてね!絶対だからね!」
「分かってるって」といいながらも、席を離れることができて少しだけ心が軽い。自分が応えることが出来ないことを求められることの苦しさから解放されたことの喜びなのかもしれない。
「初回指名のお客様ダリアテーブルです」
「はーい」
初回指名なんて随分珍しいなと思いながら、ダリアテーブルに近づいていく。
多少は名の売れているホストとはいえ、初回の写真指名で呼ばれることは多々あれど、最初から指名してくれるのはなかなか珍しいのだ。
初回指名ということは、初回荒らしではないことは明確だが、指名動機が分からないので、きっとサブ担当とかにしたいというタイプの女の子だろうと勝手に想像を巡らせた。
「初めまして、鈴沖千晴と言います。名刺どうぞ」
「ありがとうございます」
実際にテーブルにいたのは、ホスト慣れしていなさそうな、いかにも昼職っぽい格好をした女の子だった。
直感で思った。これは、僕が信じてしまうタイプの女の子だと。
案の定話していくと、いい子だった。ホストに行き慣れていないところもいい。
この街での会話はリップサービスも多く、言葉の陰に「ここはホストなのだから」という前提が組み込まれていることがザラだ。
ホストだからといって、お金さえあれば何でもして良いわけではないし、誰でも枕してくれる訳でもない。
でも、ホストだからこそ、顔の可愛さ故に得することもないし、すごいタイプの子の気持ちのこもった10万だろうと、苦手な客の100万に勝ることは絶対にない。
そんな狂った社会だからこそ、世間の普通が喉から手が出るほど欲しくなる。
気持ちがほしい。
どうにかして、この子が僕の姫になってくれないかと画策していると、女の子が小さな声で、「あの、」と呟いた。
「シャンパンってどうやって注文するんですか?」
「シャンパン?!飲みたいの?」
時々こういう突飛な子は居るが、僕のお客さんでは初めてで素直に驚いてしまった。関係性ができていないのにシャンパンという単語が出るなんて。
「シャンパンを飲みたいというか、その、シャンパンが注文されると嬉しいっていうイメージがあって」
「そりゃ、嬉しいけど」
「じゃあ、お願いします」
女の子の圧に負け、シャンパンを入れてもらうことにした。
色々なシャンパンの種類、金額に付随するオプションなど、説明をしながらも余計なことばかり浮かんでくる。
果たして、純粋な心でシャンパンを入れようとしてくれているのか?だとしたらありがたい話だが、残念ながら高額会計の先のアフターという概念は今日の僕にはない。
もし、枕目当てだったらどうしよう、アフターが当たり前だという発想の持ち主だったとしたら?など、テンションの下がる妄想ばかり捗ってしまう。
「じゃあ、このシャンパンでオールコールでいいかな?」
「はい、よろしくお願いします」
「じゃあ注文してくるね」
そういって、僕は女の子の隣から離れた。
オールコールは久しぶりだ。普段はあまり自分の姫達におすすめしない。しかし、今回に限ってはどうしてもアフターが嫌なので、お店で存分に楽しんで貰えば回避できるのではという希望を持ってオールコールの良さを語り尽くし、無事に注文に至った。
「このシャンパン3本とオールコールお願いします」
「えっ、鈴沖さんがオールコール珍しいっすね!そうとうご希望だったんすか?」
「まあ、そんなところ。準備と全力のコール頼むよ」
「任せてください!」
それから程なくして、従業員はダリアテーブルに集合というアナウンスが入る。わらわらと従業員が集まり、シャンパンが登場したところでシャンパンコールがスタートした。
「なんとなんと!ダリアテーブルの素敵な姫より、シャンパン3本いただきましたー!」
若手の景気の良い掛け声からコールがスタートする。
久々のオールコールに気合いをを入れてくれているようで、いつもよりちょっとだけ圧がすごい。
反応はどうだろうか?と女の子を見ると、キラキラと楽しそうな目でコールを眺めていた。本当の初めてだとこんな反応なのかと少し面白く感じた。
15分ほどしてコールの全てが終わり、従業員はそれぞれの持ち場に戻っていった。
「オールコール、どうだった?」
「楽しかったです!」
さっきと変わらないキラキラとした目だった。
やっぱり気持ちがほしいと思った。この純粋を僕のものにしたいと思った。
「それは良かった」と言いながら女の子の頭へと手を伸ばす。
ぽんっと手を乗せると肩がビクリと震えた。
頭を撫でるように手を滑らせて、綺麗に巻かれた髪の毛を弄びながら女の子に視線を合わせる。キラキラとした目はいつの間にか不安の色に染まっていた。
「これから君のこともっと知っていきたいから、たくさんお店に来てくれると嬉しいんだけど、どれくらいの頻度でこれそうかな?」
「あんまり、お金がないので月1回か、頑張って2週間に1回くらいですかね」
提案してきた回数の少なさに顔をしかめてしまったが、僕は女の子が来ない言い訳の潰し方を知っている。手に入れたいと思ってしまったからには、潰して会いに来させるまでだ。
「もしかして、またシャンパン入れようと思ってくれてる?」
「それもありますが…」
「シャンパンなんてたまにで良いんだよ。何よりもまず君のことを知りたいんだ」
「そうなんですか?」
「うん、僕は君のことが知りたい」
「じゃあ、また来週に…」
「明日。明日も来てよ。僕は毎日でも君に会いたい」
「明日、ですか」
女の子はどうしようと考えながら、携帯のカレンダーを見始めた。
彼女の中で僕との次の予定が確定したのはこれで明白だ。
こうやって、少しずつ僕との予定を増やす。それが、お互いの関係性を築く1番早い方法だ。
「じゃあ、明日。遅くなっちゃうかもしれませんが」
「分かった。待ってるからね!」
不安げに揺れていた瞳は、僕とまっすぐ目を合わせてまた輝いていた。
ほらやっぱり、お店の外で会う必要性が僕には感じられない。
鈴沖を知るならここでの時間で十分知れるし向き合える。
鈴沖として出会ってしまったからには、どこまで行ってもホストと姫。
姫達はホストであることを本当は求めているくせに、僕を探し当てようとするんだから矛盾でいっぱいだ。
でも君はどんな姫になるんだろう?
LINEを交換して嬉しそうに笑う女の子を見てそんなことを思った。
「じゃあまた明日」
「はーい、明日楽しみにしてるね」
本当を失ってしまうこの街で。
それでも、いつかは鈴沖ごと僕を愛してくれる人が現れるんじゃないかと期待せずにはいられない。
それが、君だと良いのにな。
そう思いながらエレベーターに乗り込んだ女の子に手を振った。
ホストの話をどうしても書きたくて書きました