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止まった時間  作者: 吹雪猫徒
1/1

1話

 そのパーティーが発足したのは半年前、「タンク募集」の言葉とともにだった。

 旅の一行はそれらしく旅人に声をかけるも、敵の攻撃を最前線で受け止める防御役を担ってくれる物好きに出会うことはなかった。結果として、彼らはパーティーバランスが整わないまま、半年間も戦う羽目になった。

 前衛の二人による猛攻は、少数相手なら効果的であるものの、集団戦となれば死角が多すぎて勝ち目がない。一人のヒーラーにバフもデバフも任せきりなのも負担が大きすぎる。近距離から長距離まで全てをこなす優秀なガンナーとて、一人でカバーをしきるなど可能とは言い難い。

 それでも現在、彼らは最強に最も近い場所にいる。タンクの穴を埋めるために個人の能力を上げ続けた結果だ。タンク志願者が出てくる頃には、タンクが居なくても成り立つまでに成長していた。


 全ては、最強の座に君臨する者への復讐のためである。




 夜の街・蘭都には、国内のあらゆる美味が集められている。そのため、常に人通りが絶えることはなく、人混みゆえに昼夜問わずトラブルが頻発している。


「ねぇ、ちょっと」


 平淡な声があがるとともに、誰かの腕を誰かが掴む。

 掴んだ方は小柄な少女で、目深にかぶったフードの下からは爛々と獣めいた目を光らせている。


「あンだよ!こちとら忙しいんだ、なんなら売り飛ばしてやろうか、おじょーちゃぁん?」


 腕を掴まれたのは男。いかにもといったゴロツキで、言葉遣いも身なりも粗悪さが目立つ。

 男が怒声とともに撒き散らしたツバが付着し、少女は手に力を込める。同時に聞こえたミシッという音は、人の腕よりも傷んだベッドの方が似合っている。

 

「痛っっってえぇ!離せよっ!」


 男は振り解こうと腕をめちゃくちゃに動かすが、少女の掴む力が上がっていく

だけだ。

 少女の指が腕にめり込んでいるのかと錯覚する程の力に、男は軽くパニックに陥り始める。


「なぁおい、離せって言ってんだろ!ほら、なぁ、離してくれよ!そのきたねー顔をもっとズタズタにしてやるからさあ!」

「うるさい」

「んぶっっっっ!?」


 空いている方の手で取り出したナイフは、顔面を殴打されたことによって宙を舞う。勢いのまま後ろに倒れ込むが、少女はあれほど強く掴んでいた腕を離していた。石畳の地面で後頭部を強打すれば、鼻血を垂れ流したまま失神するのは当然であった。

 少女は泣きそうな顔で自らの両手に視線を落とした。殴った方の手には鼻血と唾液が付き、掴んでいた方の手には若干の血液と皮膚が付いている。


「うぅ、みんなどこ行ったの……? お腹空いたよ……」


 手を拭くついでに男の荷物を漁ってみるが、まともな物が入っていない。娼館の割引券と共に、包まれもせず入れられた食料など食べられない。

 男が騒いだせいでちらほらと向けられる奇異の視線がますます居た堪れない。これでは仲間を見てないか聞くことも出来ない。

 あまりの心細さに、大きな目から溢れそうな程涙が溜まっていく。


「ちょっと道きこうと思っただけなのに、なんであんなに怒ったのさ……!全部キミのせいだからね」


 空腹も迷子になったのも心細いのも全てを男のせいにして睨みつける。はらいせにもう一発くらい、と足を振り上げようとしたところで、


「ユキ!探したぞ!」


 聞き慣れた声で名前を呼ばれ、少女はバッと振り返った。既にガラの悪い男のことなど頭から抜けている。


「セン、遅いよっ!」

「悪い悪い。……なんだ、泣いてたのか」

「ないてないぃっ」

「そうだな。ほら、行くぞ」


 涙目で怒ってみせる少女・ユキに苦笑しながら、センと呼ばれた青年は手を差し出す。仕方ないなぁ、とでも言いたげな様子でその手を取るユキだが、笑ってしまうのを堪え切れない。

 仲の良い兄妹のように二人は連れ立って行き、やがて喧騒の中に消えていく。

 ゴロツキの男は、未だのびたままである。



「ユキってばまた迷子?」


 時刻は日没から数時間経ったあたり。表通りに連なる飲食店の一つで、高さの割に落ち着いた声があがった。

 眼鏡をかけた少女が、ニヤニヤと笑いながらユキに視線を向けた。揃いのパーカーを着ているのにずっと大人っぽい少女の意味深な表情を正面から見ていられず、耳まで真っ赤にしながらユキは抗議する。


「違うの!レイナちゃん、逸れたのはセンの方なんだよ?」

「え、そうなの? ちゃんとユキのこと見ててねって言ったのに」


 レイナはユキの隣に腰掛けるセンを見やる。ユキを探し回ったせいなのか、その肌は少し汗ばんでいた。

 当の本人はレイナの話の矛先が自分から逸れてホッとしているようで、センとしては気に入らない。話を合わせてくれ、と少し下から痛いほどの視線が飛んでくる。


「……あー、えっと、ちょっと腹が痛くて?」


 どうでしょう、とユキの顔色を伺えば眉をひそめて唇をキュッと結んでいる。六十点!もっとマシなのないの?というところだろうか。

 迷子になったのを誤魔化すのに協力してもらっている側だというのを忘れているようだ。そもそもレイナが本気で、ユキをセンが置いていったと思っているわけもないのだが。

 ならば何故自分は嘘をついているのか、という疑問はこの際置いておくのが正解だ。空腹のあまり、頼んだ料理が運ばれてくる前に癇癪を起こされたりなどしたら困るのだ。


「そっかー、大変だったんだねぇ。私はてっきり、ユキがセンに迎えに来て欲しくてわざとはぐれたのかと思っちゃった」

「なんっ!? ちが、え、っ、そんなことするわけないしっ!」

「えぇ〜? この前は『探してくれるのが嬉しくて』とか言ってたじゃん?」

「ああああああああああっ!!違うからっ!」


 ユキよりも一歳年上で、性格においても「おねえさん」であるレイナは、素直じゃない妹をからかって遊ぶのがたいそうお好きらしい。

 もう探してくれなくなったらどうするの!などと、小声だがしっかりと聞こえている会話を尻目に、センはもう一人のメンバーを待つ。少女二人と男一人では、正直居心地が悪い。

 そもそも彼はレイナと共に行動していたはずで、ならばこんなに遅れるはずもないのだが。そんな風に考えれば丁度影がさす。


「おい、お前ら少し静かにしろ」


 低い声で声をかけてレイナの隣に座ったこの男が、待ち人のリナトである。全員と揃いのパーカーと、それに不釣り合いすぎる、少女たちをゆうに超える大きさの剣が遅れた原因だろう。

 本人も宿に置いてくるべきだったと後悔しているのか、大きくため息をついている。全員の武装解除は危険だからといって、一番目立つ彼に武器を持たせたのは少し可哀想な話だった。


「で、収穫はあったのかよ?」

「そうねー……いつも通り商車団の護衛くらいかな」


 センたちはそもそも、この街で仕事と人を探していたのであった。商車というのは、旅の商人たちが商品とともに移動するための馬車のことだ。運ぶ物によって特徴の変わる商車は、それぞれで旅の日程も道程も大きく異なる。

 ギルドに所属している傭兵を雇うと異様なほど高くつくので、彼らのような一つのパーティー単位で動く傭兵は重宝される。センたちにとっても、傭兵を本業にしているわけではないにしろ、金の上の約束事に忠実な商人たちはビジネスパートナーとして最適である。

 

「他は?」

「やっぱり、『道化師』の情報はどこにも……」

「ううん。あるよ、あったよ。アイツ見た人、ちゃんと生きてる」

「なっ……!?」


 ゆっくりと吐き出されたユキの言葉に全員が息を飲む。いたって冷静に紡がれた言葉の下に埋められた感情は計り知れない。

 きゅ、と被ったフードを握りしめた手が震えているのを、センはやり切れない気持ちで見つめる。

 大きく息を吐き、掠れた声でユキは続けた。


「裏通りの占い師さんに伝言したんだって。『傷だらけの少年たちを最強の座にて待つ。復讐の意があるならば、我らがサーカスに招待しよう』って」

「それはいつ!場所は!?」

「……わからない」

「クソっ……!」

「なめやがって」


 ずっと存在すら掴めなかった旅の目的の、やっと掴んだ情報は、怒りを煽る材料にしかならなかった。強い憤りとトラウマを蘇らせようとも、彼らにとって前進であることに変わりはないが。


「奴らが生きてて、私たちを待ってる。それがわかった。だから、」


 痛みを伴う重い沈黙を破ったのは、レイナだ。苦しみを背負う笑顔は、教会で祀られている聖女のようで、彼らの心を長い間支えている。

 ふと緊張の糸が緩んだ時、

 ぐうぅぅぅ、きゅるるるるぅ。

 センの隣で、切ない音が響いた。腹を抱えたユキは、必死に赤い顔をレイナから背けている。


「だって、ご飯食べてないし……」

「とにかく今は、腹ごしらえってね!」

「お待ちどーさまっ!ご注文のオムライスとハンバーグとアザレアとステーキ、ペペロンチーノ、クラムチャウダー、ドリア、リゾット、パエリア、カニグラタン、それから林檎酒をお持ちしました!」


 タイミングよく大量の料理が運ばれてくれば、意識はそちらに向かう。彼らは若いのだ。

 

「「「「いただきます」」」」


 全員で声を揃えて挨拶をすれば、それからはもう宴である。オーダーのほとんどはユキとリナトのものだが、もちろん分け合いも取り合いも発生する。

 人並みにしか食べないレイナは、自らのパエリアのみを死守し、目の前のユキの食べっぷりを見て微笑んでいる。隣で黙々と食べるリナトを見てしまうと、こちらが胸焼けを起こすのだ。

 センも二人ほどではなくともよく食べる。そのため、ときおり隣と正面から伸びてくる腕から肉塊を守る技術が日に日に進歩していた。さらに、誤って鉄板に触ったユキが拗ねてしまうのも面倒なので、気を遣ってやりながらもリナトの略奪を防いでいる。食事は戦いである。


「ほんと、二人ともよく食べるよね」

「美味いメシは正義だからな」

「食べれるから食べときたいのーっ」

「お前らは人のを盗らないってマナーを身につけような?」


 周りのテーブルから驚いたような視線が向けられるなか、食事は進んでいく。途中、追加注文が二回ほど入り、絶対に笑顔を崩さない店員が、厨房で青ざめていたのを誰かが見ていた。

 ほとんど全員同じようなタイミングで食べ終わる。量が多くとも速度も早いユキとリナトは、本当に味わっているのか時々センは疑問に思う。

 食事が終わり、ユキは幸せそうな表情で余韻を噛みしめている。それに声をかけてから、リナトは再び仕事の確認に話を戻す。


「今度の依頼はいつ出発だ?」

「明日のお昼だよ」

「えっ?」

「ずいぶん急な話だな」

「来週あるギルド対戦に間に合わせたいんだって」

「てことは、目的地は凪都か。また大都市だな」


 ギルドランク審査大会、通称・ギルド対戦。その名の通り、ギルド対ギルドで行われる大会で、結果はそのままギルドランクに影響する。

 ギルドランクはSからDまであり、Sランクともなれば規模も所属人数も桁違いである。

 ギルド対戦は、様々な種目で行われ、その総合結果を元にギルドランクは決定される。一つのギルドからの参加者の上限は決まっているが、下限は無いため、設立して間もないギルドが二人ほどで出場するというケースも時々ある。

 その大会に関わっているのだとしたら、それなりの規模の商会である可能性が高い。出発が急だろうと、悪い話ではなかった。


「明日は早起き絶対だから、今日は早く寝ること!」

「了解でありますっ!」


 レイナの指示に元気いっぱい応えたのはユキのみ。男子二人は不満そうな顔をしている。


「は、や、く、ね、ま、しょ、う!」

「「……了解」」


 しかしながら、彼女の言葉は確かに正論であり、従うしかないのだっ。

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