決戦への備え
米と芋をお土産に、王都から逃げ帰ってきてから1週間が経過したその日。
豪華な椅子でふんぞり返る俺の前に、勇者国の住人全員が集まっていた。
息を飲むような雰囲気の中で1人の男が中央へと進み出て、ひざまずく。
ほんの少しだけ間をおいて周囲に視線を向けた俺は、出来るだけえらそうな声を絞り出した。
「勇者の名において、米の守り人の称号を与える」
「はっ!! 謹んでお受け致します」
「うむ。専用の畑は田圃と命名し、米は勇者国の要とする予定だ。
自分の仕事が国の未来を大きく左右すると心得よ」
「かっ、畏まりまして、ございます」
声は震え、襟から覗く首筋に汗が浮かび上がっている。
どう見ても俺の言葉に焦っているようだが、儀式を中断するわけにもいかない。
男の周囲を取り囲む観客たちを一別して場の緊張感を高め、静まり返る部屋の中でひとつ咳をした。
「先ほど渡した種籾は、勇者である俺自ら出向き、妹であるクロエと共に命がけで入手してきた宝だ。
我が命、おぬしに預けたぞ?」
「はっ、はひ」
「うむ。職務を全うせよ」
震え上がる男に心の中でわびながら、ふぅ、と小さく息を吐く。
王都から逃げ帰った当初は、敵の兵士が攻め込んでくるのでは!? などと、怯えていたのだが、幸いなことにそのような事態にはならなかった。
ダンジョンに住まうモンスターたちが攻めてきた兵を返り討ちにし続けた結果、敵は攻めてこなくなった。
大量の兵士を失ったことで兄弟の力関係が複雑になり、足の引っ張り合いが悪化したようだ。
得られたポイントはモンスターの強化に回したことで、ダンジョンは日に日に強くなっている。
食糧の問題は、米と芋があれば、ある程度は良くなるだろう。
なによりも、ここでしか食べられないものをみんなで食べて団結する。そっちの効果を早々に期待したい。
「残る問題は、次男の魔法だよな……」
いつものメンバーだけを部屋に残して、ため息を吐く。
サラ曰く、彼はどんな魔法でも一瞬にして無効化できるらしい。
それどころか、剣や弓の攻撃も防げると言う。
この世界の物にはすべて魔力が宿っており、その魔力をキャンセルすることで、弓や剣などの攻撃も消してしまうそうだ。
それゆえに、鉄壁の王子らしい。
俺のカラスと比べてしまえば、性能の違いにため息しか出てこない。
サラやアリスもそうだが、さすが王家と言うべきか。
「…………チートにはチートで対抗、か……」
「ちーと? 何の話だい??」
「いや、サラの付与魔法を使ったら対抗できるんじゃないかなー、と思ってさ。付与魔法を別の視点で使ってみたらどうかと思ったんだよ」
「別の始点? 詳しく聞かせてくれるかい?」
「可能性の話を追求するってだけかな。具体的なイメージはまだないけど、いろいろなことをしてみようぜ、って話」
そんな言葉を投げかけながら瞳を閉じて、王子たちの様子をながめる。
あちらは未だに足の引っ張り合いを続けているようで、この分ならそれなり猶予があるように思えた。
「焦らず、ゆっくりやりますか」
自分に言い聞かせるように言葉を紡げば、頼もしい仲間たちが、笑みを返してくれた。




