王都の偵察 5
勇者の発見から30分。
「追い詰めたって聞いたんだけど、どんな感じ?」
「報告いたします。敵は現在、あちらの倉庫で立てこもっております。周辺は完全に包囲しておりますが、勇者の遠距離魔法に阻まれ、身柄確保には至っておりません」
「なるほどねー、鬼ごっこは最終決戦かー、いやー、楽しいね」
第2王子の軍は、再び勇者達を追い詰めることに成功していた。
勇者が立てこもっているという建物を見詰めて、王子が笑う。
「それじゃぁ、勇者の顔を見てこようかな。
あのときは、遠くてあんまり見えなかったからね」
大盾を構えた兵士たちのすき間を抜けて、王子が無手のままに前へと進んでいく。
そしてついには最前列の兵士を押しのけて、1人だけで建物の前に立ちはだかった。
「勇者くん、居るー?」
友人の家でも訪ねるかのような軽い足取りに楽しそうな笑顔を浮かべて、テロリストに近付いていく。
そんな無謀とも言える第2王子の行動を周囲は誰もとめなかった。
勇者の立て篭もる倉庫から、パン、という魔法の音が聞こえる。
煮え前を飲まされ続けた見えない魔法がやって来ると、兵士たちが大盾を構えるものの、現場は静まりかえったまま。
何かが金属に当たるような音も、誰かの血が流れるようなこともなく、息をのむ人々の呼吸音だけが支配していた。
そんな中で、王子が両手を大きく広げて見せる。
「誰も僕にはキズをつけれないんだよ」
自信に満ちあふれた笑みが浮かんでいた。
鉄壁。それが第2王子の通り名である。
勇者が放った魔法は、王子に当たる直前に見えない壁にでも阻まれるかのように、跡形もなく消え去っていた。
魔法の範囲はかなり広く、周囲にいる兵士くらいなら普通に守れる。
ホッとしたような表情を浮かべた兵下たちが、『さずが王子だ』などと口々に噂していた。
そんな人々をかき分けて、親衛隊の隊長が駆け寄ってくる。
「王子。ちょっとやり過ぎでは?? お忍びの予定ですよね??」
「……あー、そうね。御忍びね。そういえば、そうなってたね。うーん。……まぁ、これで勇者は手も足もでないし。後は皆に任せてもいいかな。
……あ、でも、突撃の号令だけはやらせてよ。そのくらいならいいだろ?」
「……かしこまりました」
渋々頷いた親衛隊長を尻目に、王子は無邪気な笑顔を見せた。
敵の戦力は未知数とはいえ、あちらは子供が3人、こちらは成人が200人。
もし仮にこの中を抜け出したとしても、黒髪では門を抜けることは出来ず、高い塀を越えるにしても、昼間では相当に目立つ。
最早、こちらの勝ちは確定していた。
「王国の精鋭達よ。今君達の前には、勇者を語る不届き者が立て篭もっている。
たしかに、敵の魔法は強力だったが、いまや、その威力は見る影も――ん?」
演説の途中で突然言葉を区切った王子は、徐に手を伸ばし、蔵の方から飛んできた何かをその手で受け止めた。
そして、ゆっくりと手を開き、その中に握られてた物を周囲に見えるように高く掲げて見せる。
「あー、もぉー、演説中に攻撃するとか、普通ありえないでしょ。ここからが見せ場だったのになー、あーぁ、しらけたー。
……えーっと、勇者だなんて言ってるけど、攻撃が効かないからって石を投げてくるような人間だよ?
どう考えても偽者でしょ。癇癪を起こして小石を投げるなんて、子供だよ、子供。そう思わない?
第2王子の名で約束しよう。あそこにいる偽勇者を捕まえたら、その者には貴族の称号を与える。……まぁ、どの席になるかは、その者次第だけどね。
それじゃ、全員の首を僕の前に持ってきて。突撃ーー!!」
「おぉぉおぉぉぉぉおぉぉぉぉおぉ」
ある貴族曰く、貴族と平民では、人間とゴブリンくらいの差がある。そんな言葉が飛び出すほど、貴族はどんな場面でも優遇されていた。
夢のような褒美を前にした平民達は、我先にと蔵の中に流れ込む。。
そんな平民共を眺めて溜息を吐き出した親衛隊長が、無邪気に笑う王子に苦言を呈す。
「……よろしいのですか?
私の記憶違いでなければ、情報提供者である店の者に、助命を約束していたと思うのですが……」
「んー? あぁ、そんなこともあったねー。
けど、いいんじゃない? だって、僕、どの子が助命対象か知らないし。
それにあれだよ? あの男、身内だって言ってたでしょ? なら、連座で死刑だよね。それを情報のお礼に助けるってことで、良いんじゃないかな」
「…………そうですね。畏まりました」
平民の命など、所詮その程度の物であり、死刑囚との約束など、1枚の紙よりも軽い。
「報告いたします。
突入部隊より、報告が着ております」
「おっ、早いねー。勇者の首は?」
それから5分後、王子のもとに予想外の成果が届いた。
蔵の中に人影はなく、怪しげな穴があるだけだったと。




