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小さな村で2

 クロエに付き添われて街を出てから4時間。


 小さな背中に守られながら、大木に囲まれた獣道を必死に進んでいた。


「お兄ちゃん。目的の村はもうすぐだから頑張ってね」


「……は、は、は、……ぉ、おうよ」


 クロエの背中には、自分の荷物がぎっしり詰まったリュックサックが背負われ、頭の上には相棒のスライムが帽子の様に乗っかり、右手には、保存食は一杯あったほうがいいよね、と言って、街を出る直前に購入した硬いパンが詰まった袋がさげられている。


「あっ!! 木の実だ!! お兄ちゃん、先行ってるね」


「え? いや、ちょ……」


 大きな罪悪感は感じていたが、いつも通りのクロエの様子が俺の心を少しだけ軽くしてくれている気がした。


(ついてきてもらって良かったかもな……)


 村までの道が険しいのも、自分に与えられた罰のようで、なんとも言いがたい気分にしてくれる。


 そうして感情を持て余しながら進めば、不意に周囲の木々が開けた。


「到着したよ」


 入り口には1メートル程度の柵があり、その根元には膝丈くらいまで土が固められていた。


 その姿はアリスが魔法で作ったかのようで、胸の中に苦い思いが流れ込んでくる。


(プレゼントに持って帰った、土魔法の魔玉。使ってくれてたんだな)


 魔力の少ない住人たちが、日々の生活の中で少しずつ大きくしていった結果なのだろう。


 だがその土も、今後は増えることはない。


「……行くか」


「うん」


 村の中は静まりかえり、周囲から聞こえてくる木々のざわめきだけがそこにあった。


 作物が植えられた畑に、扉が開いたままの家。


 時間がそのときのまま、とまっていた。


「……これか?」


「うん」


 村の入口から5分ほど。

 村の中央だと思われるその場所には、大小様々な丸太が立てられていた。


 この国では、人が亡くなると丸太を切り倒し、その下に遺体を埋める。

 丸太の大きさは年齢と地位を現すらしい。


「…………」


 そんな丸太が全部で36本。

 ここで暮らした人達を表したそれらを前に、俺は目を閉じ、手を合わせる。

 そして、風に揺れる木々の音を聞きながら、無心で頭を下げた。


「……お兄ちゃん。お供え物していい?」


「…………あぁ、頼む」


「うん」 


 冥福を祈り、ゆっくりと目を開くと、心配そうに俺の顔を覗き込んでいたクロエと目が合った。


「私達の戦いに巻き込んじゃってごめんね」


 街から持参したパンを1つ1つ供えていく。


 今にも崩れそうなクロエの瞳は、夕暮れの光りに照らされて、どこか儚げな印象を受けた。


「……お兄ちゃんは? もういいの?」


「あぁ、十分祈らせてもらったよ」


「そっか、なら良かった。それじゃ、帰り支度始めるね」


 そう言って、クロエは供えたパンを回収し始めた。


 不思議そうに眺めるおれに、クロエが悲しげに微笑んでくれる。


「ここに置いていくと、お墓が荒らされちゃうからね。お供え物を食べ物にしたのは私の我侭、かな」


 パンを握るクロエの手が、静かに震えていた。


「私が生まれた村って、作物が育ち難い場所だったんだよね。ずっと食べ物がなくて、それでもお父さんとお母さんと、3人で生きれるだけの食料は取れてたんだ。


 でも、あの年はダメだった。


 日照りだったみたいでね。全然雨が降らなくて。

 村に住んでた人が、1人減って、2人減って、その代わりに丸太が増えて。


 気がついたら、数人だけになっちゃってたんだよね」


 声が絶えてしまった村。そこにあるのは言わぬお墓だけ。


「この村は食べ物がなくなって潰れた訳じゃないってわかってるんだけどね。

 それでもお墓しかない村って聞くと、どうしてもそのときの記憶がさ……」


 ゆえに、食料を持って付いてきたのだとクロエは言う。


「お父さんもお母さんも、私の前からいなくなる直前まで、ごはんを食べる私の姿を見るのが好きって言ってくれたんだよね。

 だから、奴隷の身であっても、こうしてお腹一杯ご飯を食べさせてくれるお兄ちゃんにはすごく感謝してるんだ」


 土の中で眠るお父さんとお母さんも、笑顔で居てくれると思うの、そういって、クロエは悲しい笑顔を浮かべた。


 恐らくは、自分達の食べ物をクロエに譲っていたのだろう。そして、食べている姿を見て、ニコニコと笑っていたのだろう。


「……王子達との戦いが終わったら、美味しいものを持ってお墓参りにいこうな」


 そんな俺の呟きにも似た言葉に対し、クロエはしっかりと頷いてくれた。

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