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お買い物

 異世界生活2日目の朝は、クロエに抱きつかれた状態で目を覚ました。


 驚きの声を上げなかった自分を褒めてやりたい。


 何をするでもなく、カーテンから漏れる朝の光りで照らされた少女の顔を眺めていると、彼女がゆっくりと目を開いた。


「……おはよ。……おにいちゃん」


 目を擦りながら挨拶する彼女は、まだまだ眠そうに見える。


 異世界から召喚された俺ほどではないにせよ、彼女も生きる環境が一変していた。


 その小さな体が抱える疲れは、一晩寝たくらいでは取りきれないだろう。


「今日は姫様の服を買いに行くからな。

 準備を整えたら、早々に出発するぞ」


「あいー……」


 なんとも気の抜けた返事だった。


 優しい兄としてはゆっくり寝かせてあげたいのだが、仕事をしなくては死が待っている。


 心を鬼にすることも大事だろう。


 ぷにぷにのほっぺを両手で引っ張ってみた。


「うぶぅ、おにぃひゃん、いはいー」


「今日の仕事はそんなに時間はかからないから、終わった後でゆっくりと寝たらいい。今は頑張って起きてくれ」


「あーい」


 重たい瞼と必死に戦うクロエの手を引き、中庭に設置してあった井戸の水で顔を洗った。


 本格的に目を覚ましてから、宿を後にする。


「クロエ、この街で1番良い服を扱う店に案内してくれないか?」


「えーっと、王家御用達のお店でいい?

 中に入ったことはないけど、たぶんそこが1番だと思うよ?」


「あぁ、問題ないよ。案内よろしく」


「うん、まかせて。こっちだよ」


 嬉しそうに微笑むクロエに腕をとられて、通りを進む。


 まだまだ早い時間だと言うのに、道端では数多くの露天が開いていた。


「そういえば、朝飯がまだだったな。

 クロエ、なにかよさそうな……、あー、うん、ちょっと良さそうな物買ってくるから、少しだけ待っていてくれ」


 朝飯の選択をクロエに任せようと思ったが、屋台に並ぶ物を眺めて気が変わった。


 屋台の売り場には、食パンやサンドイッチなど、比較的大丈夫そうな物と、虹色の木の実や青い塊などのダメそうな物が混雑していたのだ。


 クロエが購入して来たならば、あのエメラルドグリーンに輝く炒め物も口に運ぶ事が出来ると思うが、進んで食べたいとは思わない。


「うん。待ってる」


 ぐるっと辺りの屋台を見渡して、材料がわかる物をピックアップしていく。

 その中からバナナジュースのようなものを2つ注文すると、木の器に入れられて出てきた。


「アルフェルストジュース!! これ美味しいよね」


 嬉しそうにクロエが笑う。

 小さく口を付けたクロエが、幸せそうに頬を押さえた。


「ん~、美味しい!!」


 そんな彼女を眺めながら、木の器を傾ける。


 初めに感じたのは濃厚なバナナの香りと甘み。

 日本で飲んだバナナジュースよりも、格段に美味しい気がした。


「クロエ、残りも飲むか?」


「いいの!?」


「あぁ、全部飲んでいいぞ」


「うん!!」


 だけど、木の器というのが馴れないのか、どうにも口に合わない。


 ぬるいのもちょっとだけつらかった。


 空になった容器をおばちゃんに返却して大通りを進むと、程なくしてクロエの足が止まった。


 どうやら服屋に到着したらしい。


 目の前にある入口は重厚な開き戸で、側には執事を思わせる衣装を身に纏った男性が佇んでいる。


「いらっしゃいませ。弊社に御用でしょうか?」


 どこか値踏みするような視線を向けられたが、王家の家紋を見せると即座に中へと案内された。


 店の中はコンビニ程度の広さで、中央にポツンと2組のソファーと机が置かれていた。


 部屋の隅にはつぼや絵画が置かれ、天井からはシャンデリアが吊り下げられている。


 高級な店であることは十分に伝わってくるのだが、肝心の服の姿は一切ない。


 怪しまれない程度に店内を見渡していた俺に対して、店主らしき男が深々と頭を下げた。


「ようこそ御越しくださいました。洋服商人をさせて頂いております、アレクと申します。

 本日はどのようなお召し物を御求めですか?」


 どうやら服屋であっているようだ。


「女性用を3着と男性用を1着。

 サイズ調整不要で、汚れ防止と体温調整の魔法がかけられた物を貰いたい。

 それと、なんだが。実は、姫様が我侭を申されてな。出来る限り急ぎで手に入れたいのだが、出来るか?」


「はい、可能でございます。4着であれば、40分程度の時間お付き合い頂ければ、仕上げてご覧にいれます。

 サイズフリーと汚れ防止に体温調整であれば、4着で金貨4枚で如何でしょう」


 40分待てってことは、今から作るのか?


 服ってそんなに早く作れたっけか?

 オーダーメイドの服って、何と無く1週間以上待たされるイメージなんだがな。


「わかった。よろしく頼む」


 魔法の服を作ってくれなどどいうオーダーに、あっさりと頷いて見せた商人が、執事服に何かを命じる。


 程なくして薄い緑に見える手のひらサイズの球体が5つ、俺達の前に運ばれてきた。


「こちらの魔石に手を置いて頂けますか?」


 不安げな内心を悟られないように、出来るだけ堂々とした態度で玉に触れる。


 ガラスのような手触りで、ヒンヤリとした冷気が伝わってくる。


 冷蔵庫に入れた大きめのビー玉、って感じだった。


「目を閉じて、お求めになりたい服の形を思い浮かべてください。

 出来上がってからの微調整も可能ですが、細部まで出来る限りを想像して頂けると幸いです」


 良くわからないが想像しろと言われたので、とりあえず男物の服を想像した。


 長袖のTシャツに、パーカー、下はジーパンでいいだろ。


 そんなことを考えていると、手に当たっていたひんやりとした感覚がなくなった。


「はい。もう目を開けていただいて結構ですよ」


 恐る恐る目を開けば、机の上に、想像通りの服が横たわっていた。


 俺の想像を元に、商人が魔法で作り出したのだろうか。


 さすがは魔法の世界、何でもありだ。


「お疲れでなければ続けて、残りの3着も御協力願えればと思うのですが、よろしいでしょうか?」


「あぁ、構わない。

 この玉に手を載せれば良いんだな?」


 その後、妄想力をフルに活用して、クロエの服を仕上げ、サラ、そして今後仲間になる予定の女性用に取り掛かる。


 クロエの場合はすぐ側に居たので、さほど苦労せずに仕上げることが出来た


 だが、サラの方はスムーズにとはいかず、3人目に至っては、かなりの時間が必要だった。


 それでも何とか女性物の服を妄想に委ねて搾り出し、ほっと一息ついていると、背後から声をかけられた。


「お兄ちゃん、着替えおわったよ」


 急ぐ気持ちを抑え、ゆっくりと振り向けば、俺の妄想衣装に身を包んだクロエがそこに立っていた。


「どうかな?

 変じゃない?」


 服を見せ付けるように、クロエはその場で一周回って見せた。


 ゴスロリを少しだけ清楚に改造した自信作。


 タイトルを付けるなら、無邪気な黒い天使で良いと思う。


「似合ってるぞ。さすがは、俺の妹って感じだ」


「そうかな。ふふ、ありがとう、お兄ちゃん」


 可憐な笑顔に、思わず頭に手が伸びた。


 クロエの可愛らしさをより引き出した俺の妄想力をほめたいと思う。


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