おくすり 3
「ミリアー、勇者がー、勇者の呪いが俺をいじめるよー」
「あらあら、それは大変ねー。
それでー? なにがあったのー?」
「勇者は主人公だからダメなんだよーー」
「んー、そうなんだー。
それは大変だったわねー」
そういって、俺に同意しながらも、ミリアはサラの方へと視線を向ける。
「……いや、それがね。ボク達が訪ねていったときはかなり良い雰囲気だったんだ。
どうやらそれを壊してしまったために取り乱しているという訳だよ」
「んー、なるほどねー。
それでアリスちゃんも御機嫌斜めなんだー」
「……べ、べつに、アリスは機嫌悪くなんてないし。
それに、いい雰囲気なんかじゃなかったんだからね」
「あらー、こっちも重症のようねー。
けど、困ったわねー。早急に対策を考えないといけないのだけれど……」
事の起こりは、俺がアリスに拘束され、住宅地へと連行された直後にさかのぼるらしい。
情けない姿をさらしながら通路へと消えていった俺を見届けたサラたちは、その場に留まり、井戸端会議へと洒落込んだ。
もちろん、議題は俺についてだ。
「ハルキは平和な国で生まれ育ったと聞いているよ。今回のことはかなり辛かったようだね」
「そうねー。隠そうと強がっている所が痛々しかったわねー。
だけど、ハルくんも立派な男の子だし、アリスちゃんに癒して貰ったらすぐに元気になるわよ」
初めての徴兵から帰宅し、疲労困憊な男は彼女や妻が責任をもって癒す。
それが、この世界での慣わしだ。
もちろん、そこには確かな愛が存在する。
疲れているのは、帰りを待っていた女達も同様なのだ。
「そうだね。まぁ、もしアリスの手に負えないようなら、ボクも癒してあげるつもりだよ」
「ふふふ、そうねー。だけど、そのときはわたしも参加させてくださいねー。わたしも妻なんですからー」
「たしかにそうだね。それじゃぁ2人で、……いや、クロエとノアも参加するかい?」
「うん、するー」
「え? わたしたちもですか? 妻じゃないはずですが??」
「たしかに厳密に言うとそうなんだけど、まぁ、いいんじゃないかな?
どうも、ボクが見る限り、ハルキの中じゃ、義妹も妻も区別していないように感じるからね。問題はないと思うよ」
「……うーん、わかった。あたしも参加したいです」
「ふふ、そうすると、アリスちゃんが寂しがりますし、みんなでってことにするのがいいんじゃないかしらー?」
「たしかにそうだね。ボクもその意見に賛成させてもらうよ。
ハルキの体力がもつか、ってことなんだけど。まぁ、そこは彼の頑張り次第ってところかな」
「さんせー!! みんな一緒だね!!」
「私も異論はないですよ」
「ふふふ、決まりのようですねー」
女が3人で姦しいとはよく言ったもので、ハルキが居なくなった部屋の中では、女性陣が色恋沙汰に花を咲かせていた。
ただ、その内容はかなり危険なもので、その場に居合わせたリアム達は、全身全霊で聞こえないフリを続けている。
まず、女性の艶笑話に男性が参加するのは不可能に近い。
そして今回の場合、勇者と姫、すなわち支配階級の後継者づくりに関わる問題なのだ。
どう考えても、関わらないのが身のためであろう。
「そうと決まれば、可愛い下着を作らなきゃね。
もちろん、みんなの分も作るから、要望聞くよー」
「はいはーい。私も、精力がつく物作るー。
すっぽん鍋とー、うなぎとー、あとは何がいいかなー?」
「そうねー。いろいろと準備した方がいいわねー。
それじゃぁわたしは、手錠と目隠しを作ろうかしらー」
そんな言葉を聴いた瞬間、リアム達に動揺が走った。
しかし、彼等には、息を殺して見守ることしか出来ない。
そんな彼等の思いが天に届いたのか、サラが男たちの意見を代弁する。
「……ミリア。その辺の道具はまだ早いと進言させて貰うよ」
「あら、そぉ? うーん、サラちゃんがそういうなら、今回はやめておこうかしら」
「……こう言ってはなんだが、その手の物は、ミリアに似合わない気がするのだが」
「ちがうのよ。ノアちゃんって昔から、初体験は手錠で両手を縛りたいな、って言ってたの。だから、ノアちゃんのためにって――」
「ちょ、お姉ちゃん。そんな恥かしいこと言わないでよ。
それに、お姉ちゃんも初めてでしょ」
「そうねー。わたしも初めてはお外が良かったのだけど、洞窟内って一応お外なのかしら?」
「……興味本位から訪ねるのだが、キミ達姉妹はどこからそのような知識を得たのか教えてくれないかい?」
「ん? 同業者のお姉さん達だよ?
露天でお客様が居ない時に教えてくれたんだー」
「……やはり艶ごとは商人に聞くのが1番良いのか?」
「もちろんだよ。商人の武器は情報だからねー」
「なるほど、だとすれば、2人はかなりの床上手なようだな。
次の機会に、色々と教えてくれないか?」
「いいですよ? けど、知識だけで実際にしたことないから、どうなるかわかりませんが」
たとえこのような会話が繰り広げられていようとも、聞こえないフリをしなければ、厄介ごとが降り注いでくる。
初体験でそれはどうよ?
え? サラ様がそっち側に寄ってくの!?
などと呟いたりしてはいけない。
ただ、リアムたちにはハルキから任された仕事がある。
そのために姫たちの会話が1段落したタイミングを見計らって、リアムが有らん限りの勇気を振り絞った。
「あのー、姫様方。パーティーの準備を始めたいと思うのですが、よろしいですか?」
「おっと、そうだったね。ボクとした事が楽しいおしゃべりに夢中になって忘れていたよ。
それじゃ、始めようか」
「「「イエッサー」」」
どうやら無事にリアムたちの願いは届いたようだ。
そしてサラの指示に従い動き始めた矢先、ふとした拍子にまほうつかいたちの亡骸が目に留まった。
『体調が良くなってから埋葬するよ。それまで魔法で管理してほしい』
うわごとのようにそう口にしたハルキの意思を尊重して、丁重に安置してあった亡骸に違和感を感じる。
「たしか7人じゃなかったか?」
「1、2、3、4、5、6…………」
確かに敵の数は7人だったはずだ。それが6人に減っている。
考えられることは、他に敵が居てそいつが遺体を持ち去った。もしくは転移の魔法が事前に掛けられていたなどだ。
いずれにしても、勇者国にとって良い結果に繋がるものではないことだけは確かだ。
「どうやらハルキの指示を仰がないといけない事態のようだね。
みんなはここに待機してて貰えるかな?
それと、クロエ。魔力はあるかい?」
「うん。大丈夫」
「なら、すぐにハルキの所へ行くとしよう。
疲れているところ悪いが、お願い出来るかな?」
「はーい。それじゃ行くよー」
そして、サラが部屋の中に侵入した。




