侵入者5
「お兄ちゃん、準備おわったよー」
「おぅ、サンキュー。他の部屋と同じような雰囲気になってるよな?」
「うん。アリスちゃんとスラちゃん達が頑張ってくれたー」
クロエに中部屋を作ってもらってから1時間ほど。
石スライムやアリスの土魔法などで、部屋の中に岩を設置した。
他の部屋と見分けは付かなくなり、俺達が隠れる場所も用意できた。
「うっし、準備完了だな。
それじゃぁ腹ごしらえしながら敵の到着を待つぞ。敵の疲労を誘う作戦なのに、俺達が疲れてたら意味ないからな。ゆで卵って用意できるか?」
「んゅ? ゆで卵? 大丈夫だけど、ゆで卵でいいの?」
「あぁ、よろしくな」
「あーい」
手早く食べれて、香りの出にくいもの。
敵のリーダーの髪型と相まって、ほかに思い浮かばなかった。
敵の侵攻スピードを考えると茹でてる時間は十分あると思うし、大丈夫だろ。
ってか、俺は思うんですよ。
何で卵に殻ってあるんですかね?
殻さえなければ、ゆで卵が世界最強だと思うんですよね。
え? ポーチドエッグ? いや、あれはなんか違うんですよねー。なんか、水っぽい?
そんな事を思いながらクロエが用意してくれたゆで卵の殻と格闘していると、隣にいるミリアが手元をのぞき込んできた。
「ハルくん、殻剥き苦手なの?」
「うぐ……。いや、あの、……はい」
この世界において卵は貴重品らしく、初めてゆで卵をした時は、クロエが泣きながら食べていた事を覚えている。
ただし、ダンジョン内に鶏の魔物が発生するようになってからは毎日のように卵を手に入れれるようになったため、日本と同じような手軽さで食べれるようになった。
そして今となっては、俺よりも彼女たちの方が殻を剥くのが上手ほどだ。
お兄ちゃん殻剥くの上手だね、なんて言われてた頃もあったっけな……。
「ハルくんは、変なところで不器用なのよねー。
はい、お姉ちゃんが剥いたの食べるー?」
「……ありがとうございます」
結局、見かねたミリアお姉ちゃんがくれました。……情け無い。
味は日本に居た頃食べたものよりも濃厚で、口いっぱいに黄身の旨みが広がる。
「ふふふ、美味しいー?」
「……あぁ、ありがとな」
「いえいえ、どういたしましてー」
完全に子供扱いされているが、ミリアの楽しそうな顔を見ていると、それでもいっか、なんて思えてくる。
「あみゅ、おぃひいですね」
「あっ、ちょっとノア。それアリスのじゃない、返しなさいよね!!」
「えー、いいじゃないですか、ちょっとくらい」
「何がちょっとよ。1個丸まる持って行ってるじゃないの!!」
テーブルの上には何十個と卵が乗っているのに、ノアとアリスが1つの卵を取り合っている。
姦しくはあるものの、みんなすごく良い笑顔だ。
もしかすると、この卵が俺達の最後の晩餐になるかもしれない。
ずっとこの時間が続けばいいと本気で思った。
実現しない夢であるとわかっていながら。
「敵が最後の部屋に差し掛かった。いま手に持ってる卵を食べ終えたら移動するぞ。
……残りの卵は、戦闘が終わった後で、みんなで食べるぞ、いいな?」
「うん」「任せときなさい」「了解したよ」
「わかりました」「あらあら、良いわねー」
なんとも纏まらない返答だが、それも俺達らしさだろう。
魔法使いが相手だと言うのに、誰の顔にもおびえた表情は浮かんでいなかった。
「作戦を開始する。クロエ」
「あーい。魔力さん、距離を縮めて欲しいな。お願いね」
気の抜ける魔法詠唱が終わり、体全体が強い光りに包まれた。
気が付けば、ついさっき作った中部屋の岩影。
俺の居場所だった。
「ありがとな。クロエは予定通り、次の行動の準備をしていてくれ。
タイミングはカラスに突っつかせるから」
「うん、……お兄ちゃん、無理しちゃだめだよ?」
「あぁ、わかってる。そっちもな」
「うん、……それじゃ、いくね」
小声での会話を終えたクロエが、光りに包まれて消える。
カラスの目で確認した限り、この岩の向こう側に居る敵に目立った動きはない。
(さぁ、始めますかね)
心を落ち着かせて、岩の隙間から敵の様子をうかがう。
わかっていた事だが、そこに7人の男がいた。
(狙うのは、移動魔法の男から……)
改良に改良を重ねた銃の先端を岩陰から出して、上部に取り付けたスコープをのぞいた。
中央にある十字の中心を目標と重なるように、ゆっくりと銃を動かしていく。
自分でわかるほど心臓が大きく脈打ち、手先の震えが銃に伝わっていた。
(大丈夫だ。落ち着け。あれは敵だ。敵なんだ。
俺達の幸せを奪う敵なんだ!!)
クロエが苦しんでもいいのか?
サラが辛い思いをしてもいいのか?
アリスが泣いてもいいのか?
ミリアと会えなくなってもいいのか?
ノアが笑えなくなってもいいのか?
良いわけがないだろ!!
薄れる手足の感覚を無理やり押さえ込み、引き金をひく。
15メートルほど前方で、赤い液体が流れ出した。




