にごり湯
「ふぃー。生き返るー。
やっぱ風呂はいいよなー」
怪我をしてから2週間が過ぎ、日課となったクロエとの戦闘訓練を終えた俺は、湯船に身を預けてくつろいでいた。
先日、新人たちに、
「頑張ってるようだし、何か欲しいものある?」
と聞いたら、
「お風呂を頂きたく思います」
などと言われたため、その日のうちに新人たちのお風呂を設置した。
その影響で、
「アンタは勇者なんだから、兵士たちより大きな風呂に入りなさいよね」
と言うことになり、俺達の方の風呂も拡張されていた。
浴槽のサイズは20人が一度に入れる程度。顔を上げれば富士山の絵が見える。
湯船を出れば、20個のシャワーが並んでいた。
どうみても銭湯である。
クロエ曰く、お兄ちゃんに喜んで欲しいって思いながら作ったー、とのこと。
お姫様2人にも高評価だったから問題はないが、どことなく不思議な気分になる。
「ってかさー。クロエってチートキャラだよな。
至近距離から発射した銃弾避けるとか、絶対バグでしょ?」
そんな大きな風呂に入って行うことは、先の訓練の反省会。
ミリアと相談して銃の改良を続けているが、俺の弾丸はことごとく切り捨てられていた。
「やっぱ、あっちが勇者だよな……」
しみじみと言葉を吐き出して、天井を見上げる。
すると、隣から凛とした声が聞こえてきた。
「そうだね。ボクの目から見ても、彼女は非常に優秀に見えるよ」
慌てて振り向けば、サラの大きな瞳が見えた。
その周辺には、普段よりも多めの肌色が俺の視界を埋めている。
ここは風呂場で、湯船の中。
俺もサラも、服は身につけていない。
「……あー、サラ。ちょっと聞きたいことがあるんだが、良いか?」
「ん? なんだい?
何でも聞いてくれてかまわないよ」
「あー、じゃぁ、お言葉に甘えて。
えっとだな。なんでここにいるんだ?」
「ん? それはどういう意味だい? 質問の意図がわからないよ」
波立つように真っ白な腕を泳がせて、サラがふぅ……、と安堵の息を吐く。
湯船の暖かさに溶け出すような笑みを浮かべていた。
どうやら焦っているのは俺だけらしい。
「サラはいつここへ?」
「ついさっきだね。キミが難しい顔をして目を閉じていた時だよ」
周囲が見えなくなるほど、クロエ対策に没頭していたのだろうか。
サラのお胸様が、少しばかり浮かんでいるように見えた。
「服着ていないよな?」
「その通りだね。お風呂は裸で入る物だと記憶していたんだが、違ったかい?」
「いや、俺がいるんだから、裸で入って来たらダメだろ。ってか、そもそも入って来たらダメだろ」
そんな俺の心の叫びに、サラが不思議そうに首を傾げた。
「どうしてだい?」
「え?」
「ボクたちは夫婦だと記憶しているよ。
夫婦が仲良くお風呂に入ることはいけないことなのかい?」
「いや、いけなくはないが……」
「なら問題ないじゃないか」
お湯の心地良さに目を細めながら、サラが胸を張った。
「あ、いえ、そうではなくてですね。
なんと言いましょうか。私の理性がですね……」
いろいろとギリギリだった。
一番重要な部分は見えていないが、危うい場面が何度かあった。
だが、それすらも気にしないとばかりに、サラが背伸びをする。
「大丈夫だよ。男性が行為に及びたいと思うことは、自然なことだと記憶しているよ」
「えーっとですね……」
「経験はないが知識だけはあるからね。
ボクはキミを満足させてあげれるよ」
挑戦的な表情を見せて、サラが微笑んだ。
その妖艶さに慌てて背を向ければ、サラが身を寄せてくる。
「こうすれば、キミはよろこぶのだよね?」
サラの白い腕が俺に吸い付き、強く抱きしめられた。
柔らかいものが背中に当たる。
ふにゃんと形を変形させ、むにむにと張り付いた。
「悪くない反応だね。自分の体に自信はなかったのだが、安心したよ。
それじゃぁ、次のステップを試してみようか」
「いや、まて、これ以上は本当に――」
「ボクはそのつもりだから安心してくれて構わないよ」
焦る俺をしり目に、サラの右手が次第に下がって行く。
そして、
「お兄ちゃん!!!!」
扉が開かれ、クロエが大声と共に現れた。
「「…………」」
「ふぇ? サラお姉ちゃん??」
洗い場で立ち止まったクロエが、キョトンと首を傾げる。
サラが慌てて離れていった。
「く、クロエじゃないか。どうしたんだい? 何か急な用事かな?」
普段の雰囲気とは程遠いほど、サラが動揺していた。
そんなサラの様子に首を傾げたクロエだったが、頭から追い出すようにプルプルと首を振る。
「あのね!! ダンジョンに侵入者だよ!!」
普段よりも強い口調で、クロエがそう叫んだ。
早まる鼓動を感じながら、ダンジョン内にいるカラスの目を借りる。
「…………あー、ほんとだ。そこそこいるな。作戦を考えるから、みんなを会議室に集めといてくれ」
「うん!!」
そう言い残して、クロエが走り去っていった。
これでまた、サラと二人きり。
「……ボクが、先に出るよ」
「はい。了解しました」
さて、このむなしい気持ちは、愚かな侵入者共に向けるとしよう。
どんなやつだろうと、許すきはない。




