岩のある部屋3
「ハルくん。動いちゃダメよ!!」
普段よりもすこしだけ強い口調と共にミリアの手から矢が放たれ、ニワトリに突き刺さった。
「っぁー!!」
その矢から数秒だけ遅れて、ノアの短剣がニワトリの首を撥ね上げる。
肉と卵、そして小さな魔玉が俺の腹の上に残り、ぽとん、っと地面へと落ちた。
「ぅぐ……」
そんな成果物と運命を共にするかのように、俺の体も地面へと崩れ落ちる。
立っているつもりだったのだが、体が言うことを聞いてくれなかった。
「兄様!!」「ハルくん!!」
叫びながら近寄ってきた2人と共に腹を眺めれば、次から次へと血が流れ出していた。
どう見ても重傷だった。
ミリアの顔が引きつり、ノアの瞳に涙が浮かぶ。
「だ、っぅぐ、……だ――」
「喋らなくていいから!!」
そんな悲しそうな2人を少しでも安心させようかと思ったが、言葉が出なかった。
一瞬だけ目を閉じたミリアが、ふぅー……、と息を吐く。
「ノアちゃん。清潔な布って、もってないかしら?」
「清潔な布? 布、布、布、……」
ノアが慌ててポケットをひっくり返すが、布の姿はなかった。
どうしよう。
そう思った矢先、ノアの手がニワトリが落とした小さな魔玉に触れた。
「え……??」
魔玉から淡い光が漏れ出し、ノアの手の中に真っ白な布が姿を見せた。
「……っ!! お姉ちゃん、これ!!」
「え? 今のは……、それよりも止血よね。
ハルくん。ちょっと痛いかもだけど、ごめんね」
布を両手に握り絞めたミリアが、俺の側にひざまずく。
傷口に布が当てられ、ミリアの白い手が覆った。
「ぅぐっ!!」
「大丈夫よ。ちょっとだけ我慢してね」
傷口に圧迫感を感じ、痛みが全身を駆け巡る。
胃がせり上がるような気持ちの悪さまでもが、俺を苦しめる。
「大丈夫よ。ハルくんは絶対に死なないからね」
腹に感じていた圧力が少しだけ弱まり、ミリアの手が額の汗を拭ってくれた。
「ノアちゃん。移動の魔玉を使って住居に移動してね。3人まとめて、行けるかしら?」
「大丈夫……。絶対成功させる!!」
ノアの祈りが周囲に響き、俺の体が光に包まれた。
浮遊感が全身を襲い、強烈な痛みが全身を駆け巡る。
そして、俺の意識が、どこか遠くに飛んでいった。
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目を開くと、馴染み深い天井が見えた。
どうやら自室にいるらしい。
「うぐぅ」
いつもの様に体を起こそうとしたが、そこで腹に痛みを覚えた。
隣から凛とした声が下りてくる。
「まだ起き上がらない方が良いと進言させて貰うよ。
それにしても、ボクの予想よりかなり早いお目覚めだね。これはみんなの頑張りのおかげと考えるのが妥当なところかな」
声のする方へ目を向けると、俺のベットのそばで、椅子に腰掛けたサラの姿があった。
「とりあえず、キミが起きたことをみんなに伝えてくるから、その場から動かないでくれるかい?」
「……あぁ、わかったよ」
状況の理解が追いつかないまま、サラの言葉を了承する。
そしてそのまま部屋を出て行こうとしたサラだったが、急に何かを思い出したかのように立ち止まり、俺の方に向き直った。
「その前に言うべきことがあったようだね。
お帰り。キミが大事に至らなくて良かったと心から思っているよ」
そんな言葉を残して、サラが部屋を出て行った。
(えーっと? たしか敵の攻撃をくらって、移動中に気絶したんだったか?
サラの奴、俺の方を見て、かなり安心したような表情をしてたし、予想より早いお目覚めって言ってたし、それなりの時間、気絶してたってことか?
だとすると、皆に心配と負担をかけてしまったな……)
呆然と天井を眺めながらそんなことを考えていると、ドアがものすごい勢いで開いた。
何もかもを蹴飛ばすようにして、アリスが俺の側に駆け寄ってくる。
「ほんとに、目覚めてる。良かった……」
そう小さくつぶやいて、ホッとした表情を浮かべてくれた。
だがそれも一瞬だけのこと。
「ねぇ、ダーリン!! 戦闘中に怪我するなんてどういうことよ!! アリスに断りもなく、怪我なんてしないでよね!!」
腰に手を当てて頬を膨らませたアリスが、そんな言葉を投げてきた。
「……あぁ。心配かけて悪かったな」
「べ、べつに、心配なんてしてないわよ。それになによ、こんなのかすり傷じゃない。こんな程度で気絶なんてしないでよね!!」
アリスの小さな手が、俺の腹部に触れる。
口から出てくる言葉とは裏腹に、優しい手つきで腹をなでてくれた。
「そうだな。次からは気を抜かない。約束するよ」
「……ふん、そうして頂戴!!」
そうしてアリスとの話が纏まりを見せた頃、開かれたままになっていた扉からクロエが顔を出した。
「おはよう、お兄ちゃん。肉をいーっぱい、食べよう!! すぐに元気になるよ!!」
手にはこんがりと焼かれた肉の塊がある。
ほかほかと立ちこめる湯気が、香ばしい香りを運んでくれた。。
「あぁ、ありがとうな」
現状で肉を食べるなど無理だが、とりあえずはひとくちだけ食べることにする。
「はい、あーん」
小さく切り分けた肉をクロエが口の中に放り込んでくれた。
「私ね。これからずっとお兄ちゃんの側にいる!! 絶対、離れないからね」
「……あぁ、ほんとに、悪かったな」
やっぱりと言うべきか。クロエにも多大なる心配をかけてしまったらしい。
その後、新入り達も含めたダンジョンの住民全員が俺の部屋に集まるという事態に発展したのだが、もう少しだけ寝かせてほしいと伝えて、その日は解散となった。




