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穴入り勇者

「キミは玉座で待っているべきだと進言させて貰うよ」


 肉運びの指示を出すサラに近付けば、そんな言葉で追い出されてしまった。


 次に向かったのは、アリスの持ち場。


『何でこんな所にいるのよ。ダーリンは高みの見物してなさいよね』


『ここは大丈夫だよ、お兄ちゃん』


『あらー、ありがとー。だけど、ハルくんのお仕事はないわねー』


『兄様が一緒だと、兵士たちが緊張しちゃうんだよね。見てても良いけど、参加はダメだと思うよ?』


 どこへ行っても、言われるのは同じような言葉。


 行く当てのなくなった俺は、地面に絵を描いてました。


 そして2時間。


 部屋の片隅でひとりさみしく体育座りをしていれば、凛々しい声が飛んできた。


「うかない顔をしているように見えるのだが、ボクの気のせいかな?」


 視線を上げれば、土のお盆を持つサラの姿がある。


 お盆の上には、パンと肉たっぷりのスープ。


 みんなで協力して、食事の準備を終えたのだろう。

 俺以外のみんなで……。


「この上なく元気だが?」


「そうなのかい?? ……まぁ、いいさ。キミがそう言うのなら、信じてあげるよ。

 キミの分の料理を貰って来たんだ。暖かいうちに食べないかな?」


「あぁ、いただくよ」


 体育座りの俺に寄り添うように、サラが隣に座ってくれた。


 ほんの少しだけ、寂しさが遠ざかる。


「あらー? ハルくんはどうしたのー?」


「何があったのかは定かじゃないんだが、ボクがここに来た時からずっと御覧の表情だね」


「あら、そうなのー。辛いことでもあったのかしらー?」


 次第にいつものメンバーが集まり始めた


 そんな矢先、


「ハルくん、こっち向いてね。はい、あーん」


 大きな肉が載ったスプーンが、突然目の前に現れた。


 かけ声はお馴染みの、あーん、である。


 周囲にいるメンバーも戸惑った顔を見せている。


「なにがどうして、あーん、になったのか、聞いてもいいか?」


「あれー? ハルくんは、あーん、嫌い?」


「いや、嫌いってわけじゃないんだが……」


 好き嫌い以前に、あーんをされたことがない。


 そんな俺の戸惑いをよそに、ミリアが身を乗り出して来た。


「いいじゃない。ほら、あーん」


「あ、いや、それが、だな……」


 さすがにこの歳で、あーん、はないだろう。


 そう思っていると、ミリアがハッと目を開いた。


「そっかー。ちょっとまってねー」


 スプーンを自分の口元に近付けたミリアが、髪をかきあげて、ふうふう、と息を吹く。


「もう熱くないよー。はい、あーん」


 俺の前に、スプーンが戻ってきた。


 ミリアの目がマジだ。これはたぶん、あーん、をしないと終わらないのだろう。


 明確に拒否をすれば、またみんなにいらない子扱いされる気もした。


「……あ、あーん」


 スプーンが近付き、唇に触れる。

 程よく煮込まれた肉が、口の中で溶けた。


「どぅ? おいしいでしょ?」


 美味しさよりも、恥ずかしさが先に来る。


「……ぁ、あぁ、おいしいよ」


 だが、花のように微笑むミリアを前に、そんなことは言えなかった。


「ふふ、そうでしょー。

 ノアちゃんも風邪とかで元気がないときは、あーん、ってしてあげるとよろこぶのよねー」


「ちょ!! お姉ちゃん!! ……昔の話、そう、ちっちゃい頃の話よ」


「えー? 昔って、ついこのあい――」


「あーー!! あーーー!! あーーー!!」


 まさかの流れ弾に、ノアが顔を赤くする。


「それからねー」


「わー、わーー、わーーー!!!!」


 突然始まったミリア主催の暴露大会に、ノアが必死の抵抗を見せていた。


 そんな矢先、


 不意に左の肩を叩かれた。


「ダーリン。あーん、って、しなさいよね」


「……へ?」


 その先にあったのは、肉がのるスプーンと真っ赤なアリスの顔。


「お前もか……」


 思わず口を出た言葉に、アリスが頬を膨らませた。


「な、なによ。アリスが、あーん、ってやってもいいじゃない。

 それともなに? アリスの、あーん、じゃ食べれないって訳!?」


「いや、そうじゃないが……」


「なによ、だったらいいじゃない。

 アンタは黙って、あーん、しなさいよね!!」


 黙ったら、あーん、は出来ない気がするが、そこはスルーすべきだな。


 ミリアが良くてアリスはダメだと、問題になるか……。


「あいよ、了解。ほれ、あーん」


「初めから素直にそうしなさいよね。まったく。……ぁ、あーん」


 プルプルと震えるスプーンが近付いて来る。


 首筋まで真っ赤になったアリスが、少しだけ目を伏せた。


「…………どうなのよ?」


「あぁ、おいしいよ、ありがとな」


 言葉と共に髪をなでれば、アリスが俺から目を背けた。


「……ふん、アリスがしてあげてるんだから当然よ。

 ……もうひとくち食べるなら、特別にアリスが――」


「あー、アリス。申し訳ないとは思うんだが、次はボクに代わって貰っても構わないかな?」


 そう言って、次はサラがスプーンを差し出してきた。


「……平等にって話だったし、しょうがないわね」


「ありがとう、恩に着るよ」


 どうやら、そういう話になったらしい。


「ハルキ。あーん、ってしてくれるかい?」


「……あーん」


 そして、サラのスープも口に収める。


「ボクの予想以上に楽しいね。

 子育てをしているお母さんの気分だよ」


 どうやら俺は子供役らしい。


 勿論、嫁3人がしたのに妹2人が黙っているはずもない。


 クロエとノアからも、あーん、と言ってスープをもらった。


 5人の美少女からスープを貰う。

 その様子は、周囲から見るとどのように写るだろう?


「おい、見てみろよ。

 勇者様が、あーん、ってして貰ってるぞ」


「おぉ、本当だ。

 あんなに可愛くて綺麗な人達を5人も娶るなんて、すげーよな」


 改めて確認するが、俺たちが飯を食べている場所の周囲には、100人近くの兵士がいる。


「しかもあれ、妹が2人混じってるんだろ

? さすが勇者様だよな」


「ほんと、さすが勇者様だよ。うらやましい!!」


「俺も勇者に生まれたら、綺麗な人とお知り合いになれたのかなぁ」


「ばーか。水面で自分の顔を見て来いよ」


「……俺、生まれ変わったら、顔が良い勇者になりたい」


「……そうだな。俺も、来世に賭けるよ」


 勇者(おれ)のすごさがみんなに伝わったようだ。


 ……穴があったら入りたく思う。

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