勇者の力 2
「勝手な憶測なのだが、理解したと認識して構わないかい??」
姿が見えないサラの声に、准男爵がうなずいた。
「それはよかったよ。ただし、1つだけ注意点があるね。油はわかりやすい脅しでしかないんだ。
君たちをこのまま放置すれば、いずれ全滅すると思わないかい??」
出口は遠くに見える穴、ただ1つ。
水も食料も2日分の予備がある程度だった。
絶望を顔ににじませる人々の中をカラスが優雅に羽ばたく。
「そんな君たちに朗報があるんだ。取引をしないかい??」
「取引、だと??」
「そう。ボクたちの言うことを聞いてくれるのなら、命を助けてあげるよ。どうだい? お買い得だとは思わないかな?」
ふざけるな!! 准男爵がそんな言葉を叫ぼうとした瞬間、一般兵たちが沸き立った。
「助けてくれー!!」「死にたくない!! 嫁が、子供が!!」
「黙れクズどもが!! 勝手に騒ぐな!! 処刑にするぞ!!」
准男爵がどれだけ叫ぼうとも、男たちの訴えはとまらなかった。
殺生権はすでにサラのもとにある。
准男爵に従う者などいるはずもない。
(これは、まずいな……)
目だけを動かして周囲を見渡した兵士長が、額に大粒の汗を浮かべる。
准男爵が怒鳴れば怒鳴るほど、事態は悪化しているように思う。
そんな最中、勇者側が次なる手を打ってきた。
「ここで君たちに勇者の力をお見せするよ。上を見てごらん」
サラの言葉に引かれて、カラスまでもが上を見上げた。
開いた大穴が光に包まれ、みるみるうちに塞がっていく。
驚きの声を上げる暇もないままに、もとの天井が姿を見せた。
「……へや??」
誰からとなくつぶやきが漏れる。
足下にあった土はいつのまにか消えており、新しく出来た天井からは淡い光が降り注いでいた。
家具や調度品などはないが、大きな部屋以外の何物でもない。
「これが勇者の力だよ。信じてもらえたかい?」
天井の大穴を塞ぎ、人々に気取られることなく土を消し去る。
いつのまにか部屋を作る。
常人では不可能な、それこそ勇者レベルの魔法だった。
実際はポイントで修復機能を購入しただけなのだが、気付く者などいるはずもない。
一般兵たちがざわめく中で、サラがパチンと指を鳴らした。
「これが勇者の力だね。ボクたちは勇者と共に国を立て直そうと思っているんだ。手を貸してはもらえないだろうか?
賛同してくれるのなら、君たちの命も、生まれ育ったその村も守ると勇者に誓おう」
「……ぉ、ぉぉぉぉおおおおおお!!!!」
部屋の中が、歓喜の声であふれた。
王位の争いも、勇者がいれば終わるだろう。
勇者がいれば、苦しい生活が変わるかも知れない。
誰しもが胸を熱くした。
「まず初めに、そこにいる魔王の手先を捕えなければならないね。准男爵と兵士長を縛り上げてくれるかい?」
「なんだと!? そんなことが許されるはずがないだろ!!」
吠える准男爵を尻目に、太いロープを咥えたカラスが下りてくる。
ロープを握った男たちが、鋭い視線を准男爵と兵士長に向けた。
そんな男たちを兵士長がにらみ返す。
「……がはっ!!」
剣を構えた兵士長の腹部に、どこからともなく現れた土の塊がぶつかった。
追い打ちをかけるかのように、天井から油が降り注ぐ。
「無駄な抵抗はやめた方がいいと警告するよ。君たちは今、勇者の手のひらの上にいるんだ。反撃など出来るはずもないと思わないかい??」
腹を押さえる兵士長に、輪を作ったロープが投げられた。
避けようとする兵士長の視界をカラスが覆い、スライムが体当たりをして動きを止める。
「逆賊めが!! クズどももまとめて処刑だぁ!!」
兵士長と男爵が、芋虫のように地面に転がった。
ついでとばかりに、正規兵にも縄をかけられていく。
カラスとスライムの目が光る中で、20人の兵士たちが動きを封じられた。
「これにて魔は滅びたね。ありがとう、感謝するよ」
残された一般兵たちが、ホッと息を吐き出す。
地面に落ちてきたカラスに向けて、膝を折った。
「お腹をすかせているだろう。すぐに食事を用意するよ」
そんな言葉と共に、固く閉ざされていた扉が開く。
その向こうから山盛りの肉を抱えた少女が顔を出した。
「さっき、本陣に突撃してきた……」
その顔に見え覚えのある者がうろたえるが、少女は気にもとめずに中央へと歩み出る。
「おにいちゃ、じゃなかった。勇者様はもうちょっとお仕事があるから、先に食べてていいんだってー。焼き肉だよ、焼き肉!!」
戸惑う兵士たちを余所に、満開の笑みを浮かべた少女が肉を焼き始める。
殺伐としていた部屋の中に、幸せな香りが広がった。
「さてと、それじゃぁ、お世話になった長男様にご挨拶をしましょうかね」
そして新たな作戦が動き出す。




