勇者の力
円形を保ったまま落ちてくる天井を横目に、俺たちは急いで部屋を脱出した。
勢い良く扉を閉めて、アリスに土魔法で塞いでもらう。
カラスの目を通して地上を見れば、穴の縁から顔を出すクロエの姿があった。
穴の中では、100人近い男たちが落下の痛みにうなっている。
土の下敷きになったものは、……いないみたいだな。
「お疲れさま。なんとかなったぞ」
ホッと息を吐き出して、ねぎらいの言葉と共に仲間たちの顔を見渡す。
誰しもが、充実した笑みを浮かべていた。
――そんな矢先、不意にミリアの体が揺れ動く。
「ちょっ、お姉ちゃん!?」
倒れ込んでくる体を受け止めたノアが、慌ててミリアの顔をのぞき込んだ。
ホッとした表情を浮かべて、顔だけを向けてくる。
「あー、兄様。お姉ちゃんが魔力の使いすぎで気絶しました」
「そうか……。頑張ってくれて助かったよ」
そんな言葉と共に、ノアの髪をなでてやった。
ミリアの方は、目を覚ました後の方がいいだろう。
ついでとばかりに、サラとアリスの髪にも手を伸ばす。
「2人にも助けられた。ありがとう」
顔を近付けて笑みを見せれば、2人が笑ってくれた。
「うっし、最後の仕上げだな」
「そうだね。言葉の方は任せてくれて構わないよ」
「あぁ、よろしくな」
目を閉じて意識を集める。
気合いを込めて、カラスを羽ばたかせた。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
討伐隊が部屋の崩落に巻き込まれてから数分。
穴の中に落ちた兵士たちは、少しばかりの冷静さを取り戻していた。
「おい、大丈夫か??」
「ぁ、あぁ……。ちょっと腰を打っただけだ。安静にしてれば問題ない」
「そうか、それはよかった」
誰しもが生きていたことを神に感謝し、落ちてきた大穴を見上げている。
高さは4メートルくらいだろうか?
とてもじゃないが、登れる気がしなかった。
「くずども!! 良くもこんな目にあわせてくれたな!! 即刻打ち首だ!! さっさと地上にあげよ!!」
准男爵が叫び声を響かせているが、誰も相手にしない。
兵士長でさえも、自分のことで精一杯だった。
そんな兵士たちのもとに、1羽のカラスが下りてくる。
「おい、あれ!!」
「っ!!」
カラスの姿を視界に入れた兵士たちが、先ほどの情景を思い出して息をのんだ。
一瞬にして静まりかえった穴の中に、凛とした女性の声が響く。
「ボクの記憶に君達を招待した覚えはないのだが、一応は挨拶をさせてもらうよ。
ようこそ、ボク達の城へ」
カラスが話しているかのような場景に、一般兵がざわめいた。
そんな中、准男爵が突然に姿勢を正す。
「サラ王女!!」
驚きを含んだ叫び声が放たれ、一般兵たちに緊張が電波していく。
討伐対象であるとは聞かされていたが、一般兵からすれば雲の上の存在だ。
1人、また1人と、膝を折り、頭を地面にこすり付けていった。
そして気が付けば、准男爵と兵士長だけが頭を上げている。
「話しやすくて助かるよ。おっと、ボクの自己紹介がまだだったね。王国の第4王女で、現在は勇者の妻をしている者だよ」
自信に満ちた声が響き、カラスが大きく羽ばたいた。
そんなサラの声に、准男爵の顔がゆがむ。
「何が勇者だ。逆賊め!! 今すく姿を見せろ!!」
贅肉を揺らしながら、准男爵が吠える。
ゆっくりと高度を下げたカラスが、准男爵の周りを飛んだ。
「キミは状況把握が苦手なようだね。よりわかりやすくしてあげるよ」
パチンと指を鳴らす音が周囲に響き、穴のふちに茶色いスライムが並ぶ。
どこからともなく現れた数羽のカラスが、スライムたちに魔玉を与えていった。
「なんだ、これは!?」
魔玉を取り込んだスライムが、口から透明な液体を吹き出す。
小さな滝のように、兵士の上へと降り注いだ。
「我にこのような仕打ち、ただで済むと思うなよ!!」
全身に液体を浴びた准男爵が、顔を赤くしてカラスをにらむ。
その隣でたたずむ兵士長が、液体の感触を確かめて、顔をゆがめた。
「!! 油か!?」
「その通りだよ」
穴の中に、サラの楽しげな声がけ響く。
「みんなで仲良く燃えるかい?」
油の雨が止み、数羽のカラスが下りてくる。
その口には、燃え盛るたいまつがあった。
「ボクが命令すれば、キミ達は一瞬にして丸焼きになる。理解してくれたかな?」
抑揚をなくしたサラの声に、准男爵が黙り込む。
全身を包む液体と周囲を回るたいまつを見比べて、ガタガタとふるえだした。




